11
「ウハー! 涼しいぞー!」
ラビリスがアイス売り場のケースに頭を突っ込み、
「やめてよ恥ずかしい!」
羽沙がそれを抱きかかえて引っ張り出している。
それを微笑ましく見ている黒スーツの美女二人。
……他人のふりをしたい。
普段利用しているスーパーなだけに目立ちたくないのに。
ガイドさんは店の入り口のフードコートで一人、コーヒーを飲んで待っている。
「おい天太、先に行くでない」
さっさと食糧を集めに回ろうとしたらラビリスに服の裾を掴まれた。
「この建物は快適じゃのう。涼しいし良い匂いがするぞ」
「そりゃ良かったな。さっさと買うもの買って帰るぞ」
「あそこに大量に魚が置いてあるぞ!」
俺を無視して鮮魚コーナーに駆けて行ってしまった。
「姫様は私が見ている。紗矢は天太たちと回ってくれ」
「はーい」
指示を残して、セリカさんはラビリスを追いかけた。
「紗矢さんはラビリスと一緒じゃなくていいの?」
「ガイドさんが結界を張っていても絶対安全とは言えないからね」
俺たちを守るために一緒にいてくれるのか。
こんなところで襲われるとは想像もつかないが、気遣いは嬉しい。
「スーツ着てるってことはさ、紗矢さんたちは前にもこっちの世界に来たことがあるんだ?」
俺の持つカゴに野菜を入れながら羽沙。
「今回で三回目かな。私は姫様の親衛隊だから長期滞在はしないけど、前回は人手が足りなくて、物資調達の手伝いをしに来たよ」
「え!? じゃあ違う世界の人たちがいっぱいこっちにいるってこと?」
「いるねー。アルカディアの派遣員以外にも、大きな国なら、百人以上は派遣員を常時滞在させてるんじゃないかな」
「いつからいるの?」
「え? わかんない。ずっと昔からでしょ? 少なくとも数百年前かな」
彼女には普通のことかもしれないが、俺たちは驚くばかりだ。
「何の目的で来てるんだ?」
俺の質問に、少し考えて紗矢さんは口を開いた。
その間にも少しずつ移動して、ヒョイヒョイと羽沙が食材を取っている。
「異文化の情報収集と、さっき言った物資調達が主な目的だね。こっちには科学があるでしょ、その発展で私たちの世界にはない技術があって、一番恩恵を受けてるのが薬だね。こっちでは簡単に治せる病気でも、私たちのところではその薬がなくてすごく苦しんでる人たちがいる。そういう人たちの為に情報を集めて、こっちで薬を手に入れて向こうに運んだり、それを研究したりしてるんだよ」
「じゃあじゃあ、あたしたちの世界の誰かも、そっちに行ったりしてるの?」
ヒョイっとカレーのルーがカゴに入れられる。
「それはないよ。こっちから一方的に行き来してるだけで……なんて言えばいいかな。干渉しないように干渉してるって言えばわかる?」
わからん。
そう言えば、こっちの人間を連れて行くのは厳罰処分になるとか言ってたな。
「要は、私たちの世界の存在を知られないように活動しようねってこと」
「俺たちにバレてんじゃん!」
アハハと俺のツッコミを笑い飛ばす紗矢さん。
「天太君が誰かに別の世界があって、そこでは魔法を使う人間がいるなんて話しても、信じる人なんている? こっちではそういう空想のお話がたくさんあるけど、実在する事を証明するのはほぼ不可能だよね」
確かに。学校の奴らにラビリスたちの事を話しても、誰も信じてくれないだろう。
俺には羽沙以外にも幼馴染がいるが、そいつらに話しても絶対信じてくれないだろうな。
「それに姫様がドレスを着ていても、コスプレしてる女の子としか思わないでしょ? セリカさんが鎧を着ていたとしても痛い人にしか見られないよ」
正にその通りだった。
ラビリスを見て驚いてる人はいる。けどそこから別の世界の人間だなんて連想する人はいないだろう。
「ただ一つ、私たちには絶対に守らなきゃならないルールがあるんだな」
人差し指を立て、紗矢さんの声色がトーンダウン。
「普段なら誰かに見られたり写真を撮られたっていいんだけど、魔法を使ってるところを映像として記録されるのは絶対にダメ。もしそれをされたら、何が何でもそれを奪って破壊しなきゃならない。映像は大衆に曝される可能性があるし、私たちの世界に感づく人も現れるかもしれないからね」
「写真はいいの?」
羽沙の質問に、写真は大丈夫と紗矢さん。
「理由はわからないんだけど、魔法を写真で撮っても写らないんだよね。例えば私が火の玉を出したとするでしょ」
言って手のひらをひっくり返す。
「「出せるの!?」」
俺と羽沙の声がハモり、
「出せないよ? 魔術師じゃないし」
紗矢さんはあっけらかんと答えた。
お姫様であるラビリスは魔法を使える様なことを言ってたのに、紗矢さんは魔術師じゃないから使えないという。
魔法を使える基準がわからんな。
「例えばの話だよ。いくら激写されても魔法の実体は写らないことが証明されてるから、気を付けるのは映像だけってこと。だから二人もカメラで私たちを撮る時は気を付けてね」
もしかしたら記念撮影とか言って羽沙が撮りそうだけど、動画で撮るようなことはまずしないだろう。
そうこうしているうちに、カゴが段々と重くなり、
「よし、これでいいかな」
羽沙が食後のプリンを入れたところでレジに並び、買い物は終了した。
■ ■ ■ ■ ■
夕日に照らされて川面がキラキラ光っている。
まだ外を歩きたいと言うラビリスに付き合い、荷物を一旦家に置き、俺たち六人は土手の上を散歩していた。
また襲われるんじゃないかと心配になったが、こっちの世界に居る限り、外だろうが屋内だろうが危険度は変わらないと、もっと不安になるようなことを言われた。
何よりも単独行動をしないということが重要らしい。
この時間のこの場所は、たまに犬の散歩をしてる人が通るくらいで、あまり周りの目を気にすることなくゆっくりしていられた。
それでもすれ違う人たちの注目を集めてしまうのは仕方がない。
完全にお姫様ご一行だからな。
「のう、天太よ」
川面に視線を残したまま、不意にラビリスが問いかけてきた。
「ここに住む者たちは裕福に思えるのだが、実はそうでもないのかのう?」
「どういうことだ?」
ラビリスの横顔はどこか寂しそうだった。
「住むところもあれば、食料も豊富じゃ。だというのに、あまり満たされず悩んでおるような奴が住人の中に何人かおった。むしろ、不安を抱えてる様な者が多かった気がするぞ」
「さっきの買い物の時のことを言ってるのか?」
「うむ」
……うーん、いきなりなにを言い出すんだこいつは。
「姫様、こちらの世界……この国では我々から見て裕福に見えるこの環境が普通なのです。であるならば、我々の覚えぬ不安や心配事も持ちえましょう。衣食住が満足であっても幸せとは限りません」
セリカさんの意見に、
「……うむ、そうであったな」
何かを思い出したかのように頷いたラビリス。
「……ねえ、なんなのこの会話」
「俺に訊くな」
俺と羽沙にはわからない何かがあるんだと思っておこう。
そこに紗矢さんのフォローが入った。
「まだ小さいけどアルカディアのお姫様だからね、庶民がどういう気持ちで生活してるのか敏感に感じ取っちゃうんだよね」
「国が違うのに?」
「人の気持ちを読み取るのに国とか関係ないよ」
「まだあんなに小さいのにな」
「だからたまに誤魔化しが効かないから困っちゃうんだよねー」
セリカさんと話してるラビリスに聞こえないように、紗矢さんは苦笑した。
話の流れ的にもタイミングがいい。俺は気になってた事を訊いてみることにした。
「こっちの世界にラビリスを連れ出すのはマズイ事なんだよね?」
「うん、そうだね」
「それなのに、よくアイツはこっちに来ようなんて思ったな」
「そうしないと婚約が成立しちゃうかもしれないし」
「いや、そういうことじゃなく」
婚約は確かに避けたいだろうが、俺が聞きたいのはそこじゃない。
「こっちに来たら紗矢さんとセリカさんに迷惑どころの話じゃ済まなそうな事を言ってたのに」
「厳罰ね」
そう、それだ。
「いくら婚約を避けたいからって、二人が厳罰を受けることが分かっていて、アイツがこっちに来たいなんて言うとは思えないんだけど。俺の印象だと、むしろ反対しそうだ」
「へー」
紗矢さんは少し嬉しそうに笑った。
「よくわかったね。会って間もないのに、天太君てば姫様の事よくわかってるぅ」
ツンツンと指で肩をつついてくる。
「今回の件は私たちがやろうって決めたことなんだ。
姫様の夢が失われそうな事になって、バァバに相談して……バァバってのは姫様の教育係のお婆ちゃんね。婚約をさせない為にはそれなりの事をしなきゃならなくて、じゃあ異世界の男とキスをさせようって案を出したのもバァバなんだよね」
「……教育係の言うこととは思えないな」
「あはは、まーそうだよね。私たちも最初は驚いたけど、でもやっぱりそれくらいしなきゃダメなのはわかってたから、すぐに姫様に伝えたんだけど……天太君の想像通り、姫様には大反対されちゃったんだ」
こっちで会った人たちが不安そうだったと表情を曇らせる奴だ、自分の為とはいえ、紗矢さんたちの処遇を考えないで行動するわけがない。
「なんとか説得して、サッと終わらせて、サッと帰る予定だったんだけど、こんな事になっちゃった」
予想外だよと苦笑しているが、予想外なのはこっちだ。
でも今更そんな文句を言ってもしかたがない。
「ラビリスって友達多いほう?」
何かを思いついたのか、突然羽沙が話題を変えてきた。
「うーん、羽沙ちゃんの想像する友達は姫様にはいないかな。城内に同年代の子供はいないし、いたとしても家臣だから気を遣われるだろうしね」
「ふーん」
それがあいつにとって普通なのかもしれないけど、ちょっと可哀そうだな。
「ねえラビリス」
羽沙はラビリスの隣に移動する。
流れてきに、友達になろうよとでも言うのかな?
「世界中を見て回りたいって言ってたじゃん?」
「うむ、そうじゃが」
「それで何がしたいの? 言葉通りの観光がしたいの?」
俺たちは二人の会話に耳を傾ける。
「よくぞ訊いた」
ふふふ、と夕日で光る髪を揺らして笑った。
「観光もよいがの、それ以外にも大きな目的がある! それはこやつらの様な家来を見つけ出すことじゃ!」
バッと大きな動作で、セリカさんと紗矢さんを指さすラビリス。ガイドさんは入ってないようだ。
初耳なのか、二人とも「?」マークを浮かべている。
「姫様、詳しく」
紗矢さんが先を促す。
「うむ。わらわは王女だというのに、おぬしらはまったくもって敬おうとはせんじゃろ」
「あ、気づいてました?」
「いえ、姫様そんなことはっ!」
ペロッと舌を出す紗矢さんと、慌てるセリカさん。
「いや、むしろそれでいいのじゃ。それでもわらわを大事にしてくれている事は充分に伝わっておる。つまりなにが言いたいかというとじゃな、わらわの様な王族の子供には、身分や利害などを考えずに、対等に話せる相手が極端に少ない。十歳にもなってようやく気付いたわ」
十歳でそれに気づくか? とも考えたが、そういう環境に置かれれば嫌でも気づいてしまうのかもな。
「城下に下りて同い年の者に会うても、周りの大人がわらわを見ると恐縮して普通に遊ばせてもらえんしのう」
子供とはいえ一国のお姫様だからな、大人が気を遣うのもわかる気がする。
「だから家来であっても、セリカや紗矢のように物怖じせず話をしてもらえると嬉しい」
「だって私たち、姫様のこと王女だと思ってませんし」
「なに!?」
紗矢さんのカミングアウトに、もともと大きいラビリスの目がもっと大きく見開いた。
「ね、セリカさんもそうですよね?」
「おい! 私まで巻き込むな」
否定しないということは、ラビリスを王女扱いはしていても、内心は別というところか。
「じゃっ、じゃあ! おぬしらはわらわを何だと思っておるのじゃ!」
興奮気味のラビリスに対し、紗矢さんは余裕の表情だ。
「んー、妹かな」
「おぬしとは血がつながっておらんわ!」
「そういうのは関係ないですよ。私は姫様が生まれた時から面倒みてるし、そういう感情が芽生えちゃっただけです。だから、家族みたいに姫様のことすごく大事です」
紗矢さんの言葉はストレートで、ラビリスは「お、おう」と顔を赤くしてどもってしまう。
「セリカさんは姫様のことを自分の娘みたいに思ってるんですよね?」
「なっ! バカ紗矢! そんな無礼なことがあるわけなかろう! 私は――」
「そうなのか?」
ラビリスにじーっと見つめられ、うっ、とセリカさんは言葉に詰まる。
「いえ、あの……えっと、ですね……申し訳ありません」
結局認めてしまった。
「なんじゃお前ら、わらわをそんなふうにな……わらわは王女だというのに……そんなこと言われたら嬉しいじゃないか」
照れながら笑うラビリスを見て、二人も照れくさそうに微笑んだ。
どうやら、こういう会話を今までしたことがなかったようだ。
「ちなみにガイドはわらわのことをどう思っとるのだ?」
「手の掛かる子供」
「……お、おう」
ラビリスに対して遠慮はしていないということは伝わってきた。
「つまり、フランクに接してくれる人たちと出会いたいと?」
羽沙の問いに「うむ」とラビリスは頷いた。
「わらわの子供も、こやつらの様な者に守ってもらいたいからのう」
「え?」
予想しなかった回答に俺たちは目を丸くした。
「子供ってお前、自分の家来じゃねーのかよ?」
ちゅーと言うだけで顔を赤くする奴が、自分の子供がどうとか話が飛びすぎだろ。
「なにを言うておる。わらわはこやつらがいてくれるだけで充分じゃ」
「……姫様」
思いがけない言葉に感極まったのか、セリカさんの表情が崩れ、紗矢さんがハンカチを渡していた。
「なるほど、未来のお子様の家来探しですか。楽しそうですね」
紗矢さんも本当に嬉しそうだ。
「ローズ様も姫様を身籠られる前から、我々を親衛隊にと声を掛けてくださった。世界を巡り、姫様と共にお子様の親衛隊に相応しい者を探すのも悪くないかもしれんな」
悪くないどころか、セリカさんは大賛成のようだ。
「こっちの世界は見て回ったりしないの?」
「したいが、今はそんなことは言ってられん。これ以上こやつらの負担が増えぬよう、できるだけ早く城に戻らねば……」
やはりラビリスは自分のことより、セリカさんたちのことを気にかけている。
「じゃあさ、またこっちに遊びに来た時の為に、あたしと友達になろうよ。お姫様とかあたしには関係ないし、気を遣わなくていいからさ」
「……な、なんじゃと?」
突然の羽沙の提案にちょっと驚いている。
羽沙が俺に目配せをしてきたので、のってやることにした。
「なら俺とも友達になろうぜ。同い年じゃなくても気にしないだろ?」
「お……おお、いいのかのぅ?」
大きな瞳が、セリカさんと紗矢さんにどうしたらいいのかわからない、というような視線を送る。
「ご友人を作るのに良いも悪いもありません」
「こやつらと遊びたくなったら、こっちの世界に来ても構わんのじゃな!?」
「そっ、それは……たまになら、なんとか」
「大丈夫です。私たちがなんとかします」
「おおお!」
ラビリスは今日一番の笑顔を俺たちに向けた。
「と、いうわけなんですけど」
紗矢さんはイタズラっぽい笑顔をガイドさんに向け、
「……俺はなにも聞いてない」
ガイドさんは顔を背けた。
ラビリスをこっちの世界に連れてくると厳罰処分とか言ってたしな、この三人をまともに相手してたらそれだけで重労働だとでも言わんばかりの顔だ。
「はい、握手」
羽沙が手を差し出すと、小さな手が握り返し、俺の手も掴んでラビリスは嬉しそうに笑った。
年相応の笑顔で、自然と俺たちも笑顔になる。
夕日を背景にカァーとカラスが鳴いている。
俺たちは温かい気持ちで帰路についた。
■ ■ ■ ■ ■
その帰り道、紗矢は天太に聞こえないように羽沙に話しかけた。
天太はラビリスと何かを話しながら前を歩いている。声量を少し抑えれば聞かれることもないだろう。
「ねえねえ、羽沙ちゃんと天太君てどういう関係?」
「もう話したでしょ」
三人には、天太と自分は幼馴染で、数年前まで一緒に暮らしていた事を伝えてある。
それ以上なにが知りたいのだろうかと羽沙は眉を寄せた。
「あ、違う違う、探りを入れようとかそんなんじゃなくて、ただの好奇心。夫婦でも恋人でもなくて、幼馴染にしては雰囲気が親密だなーって思って」
「ふぅん」
周りからはそう見えるのかと、羽沙は改めて自覚する。
付き合ってるんじゃないかと噂されたのは一度や二度ではない。
「羽沙ちゃんて天太君のこと好き? 友達とか家族みたいじゃなくて、男として」
「好きよ」
「…………」
照れたり言いよどんだり、そんな反応を紗矢は期待していたのだが、迷うことなく羽沙は即答した。
「あたしが好きなこと、天太も知ってると思うし」
「付き合わないの?」
「たぶんアイツもあたしのこと嫌いじゃないと思うけど、付き合うとかは、まだ……」
「へー……そうなんだ。なんか、我慢してるの?」
グイグイくるなーとは思ったが、嫌な感じでもないので羽沙は正直に答えた。
「我慢とは違うと思う。付き合ってるって言えればそりゃ嬉しいけど、たぶん今とそんなに変わらないと思うし」
なにせ天太の家に自由に入れて、自分の部屋もあるのだ。
すでに親密な状態で、付き合ったとしても今とそれほど変わらないだろう。
「天太君も羽沙ちゃんのこと悪くないと思ってるなら、羽沙ちゃん的に彼氏ですって言えたほうがよくない? 中途半端なところで止まってるように見えるなー」
そんなの言われるまでもなく、ずっと前からわかってると羽沙はため息を吐いた。
「あたしたちの事情だから、紗矢さんには関係ないでしょ」
興味だけで訊いてくる人にこれ以上話すことはないと、ここで終わらせようと思ったが――
「天太君、親しい人をつくるのが怖いのかな?」
その言葉に羽沙は驚いた。
自分が天太に感じていたことと、同じ印象だったからだ。
「その顔を見るに、正解?」
「ちょっと人の事情に踏み込み過ぎだと思うけど?」
他人から見ても天太の心の病と言うべきものは分かりやすいのか確かめたかったが、口から出た言葉は違った。
「二人が姫様の友達になってくれたからさ、放っておけなくなっちゃったんだよね」
「もし友達になってなかったら、こんなこと訊いてこなかったってこと?」
「うん」
わかりやすい。
「私たちが願うのは、姫様の健やかな成長と幸せ。それを成すには周りの人たちも同じような幸福がなくちゃいけないんだよね。言ってることわかる?」
すごくよくわかると内心呟き、羽沙は真剣に頷いた。
天太が父親を亡くし、両親を失った悲しみを支えると決めた時に強く思ったこと。
天太を支えるなら、自分たちが不幸になっちゃダメだ。天太が笑えるときに、一緒に笑える気持ちと環境じゃなきゃダメだ。
それを言い出したのは姉の紅音だが、羽沙もその通りだと思った。
「羽沙ちゃんたちも色んな悩みを抱えてるだろうけどさ、私たちで解決できることなら、なんとかしてあげたいって思っちゃうわけよ」
「ひいては、ラビリスのためになるから?」
「そそ」
本当にわかりやすくて羽沙は思わず笑ってしまう。
しかしそういうところが気軽に相談してみようという気にさせてくれる。
「さっき紗矢さんが言ったことがズバリ正解なんだけど」
「親しい人をつくるのが怖い?」
「……うん。友達とかはいいみたいなんだけど」
「一歩踏み込んだ人間関係をつくるのが怖いのかな? そこれそ恋人とか」
「そうだと思う。あたしが気持ちを伝えようとすると、すごく怯えたような表情になるから」
迷惑とか拒否の反応ではなく、怯えなのだ。
「単純に羽沙ちゃんが怖いんじゃないの?」
「真剣に話してるんだけど?」
「そうだよねー、羽沙ちゃんが怖いなら、あんな自然体じゃいられないもんね」
「今までそんなこと言ってくる人はいなかったから、気づいてるのはあたしだけかと思ってたんだけど……」
「羽沙ちゃんのご両親やお姉さんが気づいてないなら、天太君のその事に気づいてるのは羽沙ちゃんだけなんじゃない?」
「でも紗矢さんは気づいたよね?」
「私はそういう人をたくさん見てきたから、なんとなく分かっちゃうのかも。自分に関わると不幸になると思い込んじゃって、他人と距離を置いてた人たちを子供の頃から見てたから」
「…………」
どう返していいのか言葉に詰まる羽沙。
「私が子供の頃は、まだ前王がアルカディアを支配してた時代だったし、あんまり他人と親しくできなかったんだ」
「仲良くしてるだけでも文句言われるの?」
「何かしらの疑いを掛けられただけで、親しい人間も処罰されるから」
「そんな横暴な!」
「そういう国だったの。だからみんな人間関係を広めようとしないし、あんまり自分に関わってほしくないって人も多かったな」
「……天太も、そういう人たちみたいに見えるの?」
「見えると言うか、そう感じると言うか」
言葉で表すには難しい感覚で、紗矢は苦笑して誤魔化す。
「天太君の場合は、ご両親を失った痛みが癒えなくて、無自覚に自己防衛してるんじゃないかなーって思う。羽沙ちゃんが恋人になったとして、もし羽沙ちゃんが死んじゃうような事が起こったら、天太君の心はきっと耐えられない」
「そんなの……」
起こらないなんて言いきれないけど、どうしようもない。
「もちろん今の関係で、羽沙ちゃんに何かあっても天太君はすごく心配すると思う。けど、家族を失う恐怖に天太君は立て続けに襲われてるから、今以上に親密になって、もしまた突然いなくなったらとか考えちゃって、恋人をつくるのが怖いんじゃないかな?」
だから羽沙の気持ちがわかっていても、それ以上踏み込まれるのが怖くて怯えてしまっているのだろうか?
その仮説を思いつき、紗矢は一人頷く。
「なるほど、そういう事なら二人が付き合ってないのも納得だわ」
「どうすればいいと思う?」
「うん?」
「あたし、これからどうしていけばいいかな?」
「天太君とのこと?」
「うん」
「うー……ん。わかんない」
「…………」
何か自分では考えもつかないようなアドバイスを貰えるのかと思いきや、あっさり首を振られ、羽沙の目が半開きになる。
「そんな目で見ないで」
「すごくいいことを教えてくれるんじゃないかって期待した」
「期待させちゃったかー」
紗矢は悪びれもなく笑った。
「でも二人のことを知ってるのと知らないとでは大違い。今はなにもしてあげられないけど、手助けできることがあったら協力するよ、絶対に」
「別の世界に住んでるのに?」
「姫様と違って、私はそこそこ自由に行き来できるから」
「……そーですか。じゃ、その時はよろしく」
話し損だったかなと、羽沙はがっくりとうなだれた。




