Top of the world
舞台に立つ事を生き甲斐にしてからというもの、私の生活はがらりと変わった。
楽しいからって、アマチュア劇団員はそれだけではやっていけない。
いくつもアルバイトをしながら生活費と活動費を稼ぎ、空いた時間は練習に励んだ。
人数が少なくて色んな仕事を全員がやらねばならず、気が狂うほどリボンを編んでビーズを縫い付け、ミシンが壊れたと言って暗幕を徹夜で手で繕ったり、具合が悪くなるくらいペンキまみれになって作った巨大パネルに押し潰されて怪我をしようとも、公演のチケットが捌けなければ赤字。
空っぽの客席で踏んだ舞台もあった。
落っこちたり、装置に挟まったり、感電したり、体調不良を我慢し過ぎて入院したり、時に世の為人の為にその身を危険に晒した事もあった。
けれどやっぱり生きていたし、充実していた。
楽しかった。
お腹が空き過ぎて死にそうになっても、眠すぎて死にそうになっても、体がぼろぼろになって文字通り死にそうになっても、人恋しくて死にそうになる事や心が死ぬ事は無かった。
死にたいと思う事すら無かった。
出来ない事が恥ずかしい事では無くなったし、知らない事があると言う事は知る喜びに繋がった。
身も心も健康な人間は、そもそもそう簡単に「しにたい」なんて思わないのだ。
十代の私は、大人びているように見えるだけで知らない事だらけだったし、わからない事が怖いくせに「わからない」と誰にも言えなくて、すまして平気な顔をしておきながら肝も器も小さかった。
実際に見て聞いて覚えていた世界はとても狭くて、でもそれが全てだったから色んな事に恐怖を感じていた。
それが今では本当に色んな世界を見て、経験をして、たくさんの事を学んだおかげに、ちょっとやそっとじゃへこたれない強さを手に入れられたと思う。
毎日全力で食べて寝て、好きな事をして好きな事を言って、泣いたり笑ったりしている今の私は、あの頃の私が見たらよっぽど子供っぽくて恥ずかしくって、目も当てられないかもしれないけれど、お陰様で色んな所がだいぶ肥えた私の毎日は幸せで満ち溢れていた。
私の思い描いていた二十代は全然大人じゃ無かったし、成人したって出来ない事は山積みで、自分で稼いで自分で使えるお金の余裕も無くて、手に入らない物の方が多かった。
だから私は、もっと大人になって、もっと幸せになりたかった。
それから、私の小さな劇団はみるみる人を増やし、お客さんをつけて、日本を代表する総合エンターテインメント企業『Royal works』グループの傘下に入った。
私の周りには同じ方向を向いて歩く人がたくさん居て、私の背中を任せるに値する、十分すぎるほど立派な人間をたくさん集めたキングは、堂々とその一番前で笑っていた。
彼は、本当に王様だったのだ。
私の背中を押す事をやめた訳では無く、声をかけたら振り向ける所にいつも居て、ちゃんと同じ方向を向いてくれている。
分かると思うけど、そんなに近くに王様が居るという事は、私にもそこそこ地位と権力が与えられていると言う事だ。
そして私が見極め、見出した天才達も。
キングはこれをずーっと待っていた。
私が自分で未来を決めた時から、叶えてやれる力を持っていながら私のさせたいようにさせて来た。
そして私が自分自身で生きる力を身につけて、十分に翼を大きくしたところで、それが武器だと教えてくれた。
私は好意に敏感で、人に好かれるものが感覚的に分かるらしい。
多くの人に備わっている能力ではあるけれど、人一倍敏感な私はそれを使いこなすことが出来る。
だからこそ、誰かの「好き」を生み出す事が出来る。
そんな能力が本当に有るなら、確かにエンターテイメントの世界では引く手数多で、そりゃあ人気者になれるはずなのだから、手元に置いて損はない。
私が好きだと思ったものはみんな好きで、欲しいと思うとみんな欲しい。
分かってたし、当たり前の事だと思っていたけれど、私のその目が欲しかったキングは一番最初にそれが才能だと気付いて導いてくれた。
私を餌にする事で、もっと大きな魚が釣れる事もちゃんと見抜いて、大事に大事にしてきてくれた。
私はそれに気付いても、絶望も軽蔑もせずただ納得して、それどころかますますキングの事を信頼して、安心して甘えられるようになった。
そんな私を見つけてここまで来たキングもやはり、互いに見込んで見込まれた極上のエンターテイナーなんだと思う。
今や後ろを振り向けば、端っこが見えないくらい遠くまで同じ夢に向かう人達がいるけれど、ちょっと手を伸ばして触れる所にある手を繋いでいけば、どこまでだって手が届く。
相変わらず、とっても居心地が良い。
人の目に触れ、人から興味を持たれる事で、少なからず敵もいたし、叩き落とす為に私の過去を暴いて晒し上げた人も居たけれど、ちっとも気にしていない。
それどころか、美談にしてやったわ。
地獄の底から、この長い長い大階段を裸足で駆け上がった私の事を、人は「シンデレラ」と呼ぶ。
色んな呼び名と色んな顔があるのは生まれ持っての私の特技で、女優は天職だったと思う。
今も女優を辞めては居ないけれど、時にはステージを降り、スカウトマンとしてときめきを探しに出掛けたりもしている。
凪子の目がハートになったら、そいつは売れるとお墨付き。
衣装を作り、よその分までスケジュールを組み、電話番だの営業だのを引き受けて裏方を走り回っては、寮と言う名の(社長を追い出して空きを作った)元社長宅に新人を住まわせて世話を焼き、送迎から機材搬入まで大小問わず車を走らせ、各種レッスンの講師までしてしまうので、一体自分が誰なのか時々分からなくなりそうになるけれど、私は私の道を歩けて居ると思う。
まだまだたくさんの人に迷惑をかけて、心配をかけて、世話を焼かれて守られてはいても、少しづつ違う誰かに返しながら与えられるようになっていると思う。
いつか、あの日私を救ってくれたあの人のように、誰かの帰る場所になりたいと、そんな尽きない夢をまだ見ている。




