Don’t Worry Be happy
帰宅したソレイユは、見た事が無い程の大繁盛だった。
比較的近所に住んでいるソレイユの家族達まで手伝い、知っているような知らないような顔があちこちで笑い声をあげ、グラスを傾け合っている様子は、クリスマスパーティーを彷彿とさせた。
街をあげて『アンナ』を探した、その有志のお疲れ様会だそうだ。
本来ならば私も何か手伝うべきなのだろうが、恥ずかしいやら情けないやらで、一刻も早く人目に触れない所へ隠れたかった。
私を車で迎えに来たティファニーさんは、最後に帰宅したマスターと一通り店中に挨拶した後、再び出掛けて行った。
ここに入り切らなかった『有志』のもとへ行くのだ。
「リュウ、アンナのことよろしくね」
出掛ける前、無抵抗な私をぬいぐるみのように抱いて、ご機嫌にしている大男にそう言いつけたティファニーさんは、なんだか楽しそうだった。
リュウはちゃんと、高木医院の前の広い道を怒られながら渡り切った。
その後、私が頭突きをして下唇を切ったので、〝無事〟とは言えないけれど。
対して信用を落とし過ぎた私はといえば、
死んだ事になっていた。
私が店に戻ると、目を真っ赤に腫らしたヴィヴィとルイが飛びついてきて、拍手と歓声に包まれる中、誰もが奇跡を喜んだ。
無くしたと思っていた私のローファーは、マリアンナから程近い橋の上で見つかったらしい。
きちんと両足揃えられ、綺麗な形で川の方を向いていた。
ただでさえ、お互い無愛想なここ数日を経た後である。
そんなものを見つけてしまったら、過保護で大袈裟なティファニーさんが大人しくしていられるはずが無い事くらい、そこまで話を聞けば十分解ってしまった。
ティファニーさんはソレイユに飛んで帰り「アンナを探して」と泣きついて、ソレイユから街中にそれは伝達された。
やけに登場が早かったリュウはエルメスに言われて来た訳ではなく、ティファニーさんからの一報を受けて捜索をしていた所、偶然あの時、高木医院前で私を見つけただけだった。
「アンナが居なくなった」と突然知らされた仕事終わり。
なにもかも放り出し、声を枯らしてへとへとになるまで、がむしゃらに街中走り回っていた。
ただ、生きていて欲しいと願って。
私のせいでそんなに目にあっていたなんてつゆ知らず、つい私はその場の感情に任せて暴力と暴言で出迎えてしまった。
自分の事など棚に上げ、どんなに危険な事をしてくれたのか、それによって私がどんな覚悟をしたのか、こんこんと聞かせてやりたかった。
それなのにリュウは、口から血を流しながら、笑っていた。
体はへとへとのぼろぼろ、喉はからからで、酸欠になりかけておかしな呼吸音をたてていた。
文句のひとつも言い返せばいいのに、私を守ってくれたハルキとユウキには心からの感謝を述べ、切れた下唇を私に見せつけようと意地悪な顔を近づけて、私がきゃんきゃん吠えるのを嬉しそうに聞いていた。
日頃の私の行いと、皆の優しさと愛が生んだ、とてつもなく大きな勘違いのすれ違い。
「ごめんなさい」
それしか、まだ言えていない。
頭を下げるために出て行ったマスターの代わりに、色んな人が働いていた。
彼らはもう、全部聞いているようだった。
情報はすぐに共有されてしまう。
それは初めてここに来たその日から身をもって知っていたのに、どうして私は誰も分かってくれないだなんて思っていたのだろう。
目で見て聞いて、私がこそこそしている事さえ知っていて、秘密にしたい事さえも「秘密にしておく」という情報ごと共有される。
この街に居ては、私はもう人の波に紛れる事どころか、ひとりにだってなれないのだろう。
こうなってしまったら、きっと嘘も隠し事もできなくて、悪い事なんか出来ないだろう。
いつだって正直に、胸を張れる事をして生きていかないと、格好悪くて居られない。
私には、何かあったら困る人がたくさんいて、知らない内に迷惑をかけ、勝手に心配されている。
全員に頭を下げて歩くのは、きっと大変な事だろう。
私は、頭を下げに行った二人が帰って来たら、深々と心を込めて感謝しようと思った。
マスターとティファニーさんを見送ってから、リュウと二人、部屋に篭って、これまでの事やこれからの事を話し合った。
もちろん言いにくい事もあったけれど、誤解を生んでいたであろう事、私の想いや望んでいた事、全て真実を話した。
リュウはきちんと私の話を聞き、その上で言いたい事も言って、私もそれに答えた。
怒っても呆れても、文句を言って泣かれても、ここにいる人たちは、私の味方でいてくれる。
ずっとそう言ってくれていたのに、私が信じてあげられなかった。
自分みたいな人間が愛されるなんて事がまず信じられなくて、本当に愛してくれている人が怖くて応えられなかった。
なんて、馬鹿な話だろう。
すれ違うはずのない、同じ方向を向いて歩くことを選んだつもりで、守りたかったその背中さえ私は見えていなかった。
私はまた、失敗した。
これまで私が正解だと思い込んで選び続けた選択は、全て無駄だったことまで明かされた。
夜もすっかり更けてから帰って来たティファニーさんに呼ばれ、リビングにて「家族会議」が行われた。
リュウと話して整理できた内容を順に組み直して、自分の意思も添え、共有した。
みんなそれぞれ言いたい事を言い合って、時々脱線もしたけれど真剣に向き合ってきちんと最後まで話を聞き、全て経て、私は許された。
ここにさえ帰って来れば、全ては丸く収まり、なにもかも解決する。
それは決して誤解でも傲りでも無く、これまで私の感じていた通りであり、そしてこれからもそうであると約束してくれた。




