↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ANNA  作者: 神崎 銀
PR
63/76

Somebody to Love


 学校へ行くと、朝から生徒指導係の教師に呼び止められた。

 メイクが濃いとか、歩き方がだらしないとか、なんかそんな事だった。

 そんな事初めてだったし、この学校でそんな注意をされる事態も初めてだった。

 何かがおかしい。

 再び歩き出してみて更に違和感を覚え、視線を感じて振り向いたが分からない。

 けれど、どこを向いてもどこに行っても、一日中背中に刺さるものがあった。

 食い入るように、今まで感じた事の無いいくつもの視線が、白いシャツの向こう側を気にしていた。



 昨日は一睡も出来なかった。


 授業にも集中出来ず、頭にもやがかかったように、何もかもがはっきりとしない。

 いくら耳を欹《そばだ》てても、人の話が頭に入らない。

 少し眠れば変わるかと、昼休みは人気の無い音楽室の脇で昼寝を試みたのだが、同じ事を考えていたらしいハルキに早々に見つかってしまった。

 購買で買った高エネルギー風なパンをたくさん持っていたので一口横取りし、私は延々咀嚼しながら再び横になった。

 味がしなくて、なかなか飲み込めなかった。

「まずい」

「美味しいよ」

 信じて欲しい人が信じてくれない。

「ねえ、私の背中に何かついてる?」

「砂」

 見せつけた白い背を、ハルキは片手で嫌々払った。

 

 次の授業は体育だったが、とても蒸し暑いプールサイドでクラスメイトを監視出来る体調では無かったので、初めて授業を休んで保健室を利用した。

 顔色が悪かった自覚はある。

 次の授業は欠席したいと体育教師に申し出に行くと、神妙な面持ちでわざわざ保健室まで連れて行ってくれた。

 私がベッドに潜る間、ドアの向こうで何やらひそひそ話をしていたが、やっぱり聞こえなかった。

 ただ、嫌な気配と今朝からの違和感になんとなく察し、戻って来た養護教諭に「背中が痛い」とか何とか言って素肌を確認してもらった。

「なんにもない、なんともなってないよ」

 その瞬間に気配はふっと薄れた。

 だろうね。

 そういう事ね。


 しかし濡れ衣を捨て去っても、私の体は重たいままだった。




 リュウの部屋で見た黒い掲示板。


 そこに居た『天使の翼のタトゥーの彼女』は『アンナさん』なんだろうか。

 あんな風に並べられたあの画像は、きっとそこらじゅうに出回って『私』として認識されていたのだろう。

 私のようなちんちくりんと同一視されてしまって可哀想に。

 赤の中に極微量の青を混ぜても、紫というよりはコクのある赤になるだけで、多くの人から見ればそれは赤なのだ。


 しかし散歩に行ったり、買い出しに行ったり、傘を忘れた雨の日には暇な誰かに車で迎えに来てもらったり、そんな私のほっこりする日常生活は何も問題ないはずだ。

 おうちの人との過ごし方として誰だって経験があってもおかしくないし、ヴィヴィやティファニーさんだって例外なく同じような事をしているのに、なぜか省かれていた。

 万が一それが不純異性交遊にあたるとするのならば一体何時代の話だ。

 女子高生のプリクラなんて一日に何百どころか何千と世の中に生まれては共有され、珍しくもなんとも無いし、悪であるはずも無い。

 何が問題かも分からないのに、何故か『アンナ』は攻撃されていた。

 切り取られ方と見方で印象はだいぶ変わってしまうようだが、見る人が見れば分かるし、その人が分かっててくれるならそれでいい。

 悪い事してる訳じゃないんだもの、胸を張っていればいいの。

 だから、それを見て不快に感じるような人とはきっと気が合わないだろうし、離れていてくれて一向に構わないのだけれど、問題はそこじゃ無い。


 あそこには、私がソレイユでステージに立つ前後のドレス姿の写真があった。


 何を意図して撮ったのか、それがどう反映されたのか、そこまでは確認していないけど、そんな写真が撮れるのは、ソレイユに出入りしている人間だけだ。

 悪意の元に利用されている。

 敵がすぐそばに居る。

 なにも気にしないで笑い、穏やかで居られるはずの、絶対安全の秘密基地が侵されている。

 それが、何より怖かった。


 そしてリュウは、もう手の届かない〝そちら側〟へ行ってしまった。

 分かってくれる人だと思っていた。

 味方で居てくれるはずだった。

 それなのに、目の前で生きている私より携帯電話は強かった。

 リュウが、何処からか得た情報で私を悪い子だと思って受け止めて、忘れる努力をしたんだとしたら、私に信用が無さすぎたせいだろう。

 私が責めていい事じゃ無い。

 でも、あの黒っぽい掲示板を、面白がって酒の肴に眺めてたのなら、私は怒って良いはずだ。

 怒られると思っているから、逃げて、隠れて、謝った。

 リュウの口から出るでまかせを、もう私は受け流すことが出来なかった。

 何度何を言われても、何をされても、何度信じても、結局彼は噓つきで馬鹿だった。

 ずっとずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと、はじめからそうだった。


 そしてその裏切りは、私から翼《武器》をもぎ取った。

 







 かごめかごめは、終わらない。



 あれから、私の耳は役に立たなくなった。

 寝不足のせいかと思ったけど、何日経っても良くならない。

 元から人より聴こえていた自覚はあるので、これこそが〝普通〟なのかもしれないが、まあ不便である。

 目で見て、誰かが喋っているのは分かるのに頭に入らないのは何とも気持ちが悪く、人の噂するアンナを目指していたのに噂も聞こえて来ないので、身の振り方が分からない。

 これまでは、ただ言われた通りにしていれば良かったのに。


 わからないのは、怖い。


 新しい情報が入って来ないので成長も無く、普段出来ていた事さえも何か取りこぼして忘れてしまう。

 それは私から自信を奪い、気力も奪い、使わない頭はちっとも疲れず、横になっても考えることをやめられない為に以前のように眠れなくなった。

 眠ったのか起きたのか、それさえわからない日々を繰り返し、私の耳に届く音と同じ様に、私自身も霞んで行く。

 そんな中では、部屋に突然現れたポンポン菊のクマやマカロンにも気付けずダメにしてしまった。

 小さな歯車をひとつ無くして噛み合わせが悪くなった私の日々は、どんどんと狂っていく。

 ルイはイライラしだし、ヴィヴィは私が出来なかった事の後始末をさせられて、エルメスからの視線は痛く、ティファニーさんは小言を言うようになった。

 焦って動けば当然空回り、また誰かに迷惑をかける。

 目線は下がり、人目に晒されるのを嫌い、出来ることと知っている事しかしたくなくなって、ついには店にも立てなくなった。

 出来たことすら、出来なくなってしまった。


「ここの所、少し頑張らせすぎて悪かったね。週末は休みにするから、好きなことをして過ごしなさい」

 寝坊してもいいし、好物ばっかり食べてもいいし、私の本は全部読んでしまったっけね、映画も家にあるのはだいたい見てしまったから、今やっているのを観に行くかい?お洒落してお出かけするの好きだろう、お友達も誘って、多少遠出したっていいよ、存分に羽根を伸ばしていらっしゃい。


 マスターの言葉が、優しく私の首を絞める。


 何処にも行きたくない。

 ここに居たい。

 役に立ちたい、それが嬉しいと、私ずっと言ってきたのに。

 叶わなくなって困っていることを、誰も知らない。

 本を読む頭も無ければ、出掛けるために誘う友達も居ないこと、マスターは知らない。

 もうソレイユさえも私を見失っている。

 なんでもお見通しなマスターでさえ、私を見通せないでいる。

「ありがとうございます。マスター」

 私に対して向けられた言葉は、しっかりと聞いて受け止める。

 言われた通りにしていれば、間違いなんて起こらないから。



 言われた通り、次の週末はいつもより長いこと部屋にこもり、ゆっくりと支度をして出掛ける事にした。

 ヒールを履いて、サンタさんにもらった宝物ばかり身につけた。

 ただ、オープンハートを見つける事が出来なかった。

 いつもそばにあった、だからきっと今日もそこにあると思っていたのに、私の首元はすかすかで、それだけでやる気はずっと削がれてしまった。

 胸も張れず、気分も晴れず、鏡の中の外面だけは必死に着飾った自分がどれだけみすぼらしくても、それでも私は、街へ出る。


「あ、アンナ」

 働かない耳にさえ嫌でも聞こえる。

 クラスメイトや学校の先生、商店街の人達、遠出に挑戦しようとやって来た駅にはお客さんまで、行く先々に知っている顔が居る。

 声をかけられたら答えるけれど、うまくにこにこぺこぺこ出来たかはわからない。

 私は監視されている。

 そこら中で、いろんな色を宿した目が私を見つける。

 居心地の悪さに、目的も無いのにただ逃げ回るように時間を潰した。



 そろそろ帰っても良い頃合いかと、時計を確認した街外れ。

 ふけていく夜の帳《とばり》に紛れてやって来た、黒い壁に囲まれた。

 高圧的なお願い事にも微笑みを返し、言われた通りに動いて、持てるものを全て差し出し応えたはずだが、やっぱりうまくいかなかった。


 失敗し、機嫌を損ねてしまった私は、痛い痛い罰を受けた。


 向こうの願いは聞いたけれど、私の願いは何ひとつ聞いてもらえなかった。

 財布も携帯も鏡もリップも、鞄ごと無くなった。

 言う事聞いてもダメなんて。

 もうどうしたらいいの?

 もう誰も信じられない。

 

 土砂降りの雨の中を逃げ帰って、バスルームの鏡に写るまだら模様の自分の姿に吐き気を催し、少し吐いた。

 次の日はベッドから起き上がる事もせずに一日過ごし、ソレイユの中でさえ居場所を見失って、やるべき事も分からないまま私の休日は終わった。

 伸ばす羽根も持っていないのに、断らないのが悪いのだ。

 働きもしないのに置いてもらって、せっかく与えてもらったものも大事にしないで、言われた事を言われた通りやったのに失敗するろくでなし。

 死んじゃえばいいのに。

 朝、そんな大嫌いな奴の顔をうっかり鏡で見てしまって、また具合が悪くなった。

 便器を抱えて蹲《うずくま》っていると、そんな女子としてあるまじき最低な光景を、鍵をかけておいたはずのドアをドアごと取って押し入って来た馬鹿に見られた。

 


 もうやだ。

 最低。

 死にたい。

 

 


 

 


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。