It Could Happen To You
入学式の朝。
良い子な私は顔を洗って髪に櫛だけ通し、新入生らしく大人しくしていた。
ワイシャツのボタンは一番上まで止めて指定のリボンを引っ付け、スカートは買ったままの状態で膝の下、もちろんすっぴんだった。
もともとこの学校は校則がゆるい。
最初こそ狭き門だが、そこさえくぐってしまえば学校生活は楽しく、歴史ある建物と自由な校風を売りにさえしているのびのびとした学校である。
制服はブレザーとスカート又はスラックスに始まり、カーディガンやシャツ、ソックスに至るまで校章入りの指定品が用意されているものの、式典時にはリボンやネクタイの着用が指示されているくらいで、洗い替えの必要なシャツやソックスといった普段常用するものは、わざわざお高めに作られている指定品でなくても構わないと堂々明記されていた。
むしろ、校舎は古く冬は寒いため、防寒対策として女子のスカートさえ強制では無いし、タイツを履いたり動きやすい暖かい上着や膝掛けを持ち込む事を推奨し、夏は着替えとしてポロシャツやTシャツさえも許可されていて、どこを聞いていても、色や形についての注意点は説明されなかった。
学生の本分である勉強さえしていれば、教師はいちいち生徒の持ち物に関して己の理想を押し付ける事はなく、生徒本人に判断を委ね、よっぽど他に害のあるものでも無ければ何も言わない。
つまり、シャツに色が付いていようが、髪がピンク色だろうが、つけまつげを三枚重ねて青い目をしていようが、毎日学校に通って来て成績が基準を満たしていれば、ちゃんと三年で卒業できる。
因みにこれは偉大なる諸先輩方の経験談であり、極論を言えばそういう事なのだが、そこは優等生の集団だ。
入学式という、初日であり最初の式典である本日この日からそこまで奇抜な人はいない。
私もそれを見越して来たし、実際メガネをコンタクトに変えたとかストレートパーマをかけたとかその程度の、殆どは中学校の続きのような出で立ちばかりであった。
私が話を聞いた人が偶然特殊だっただけで、自由を与えられた人間はなんだかんだ無難な道を行くものだ。
教室に入るまでは、それが正解で自分もその一部であると、そう思っていた。
一歩入って、その考えはすぐに改まった。
教壇の真ん前、最前列の特等席に、金髪の少年が座っていた。
それはもう、白に近い見事な白金だった。
多分生まれ持ったものでは無く、ブリーチにブリーチを重ね、特有の質感に変化した髪は肩にかかるほど長く、新品のブレザーの下には鮮やかな赤いカーディガンがのぞいている。
いわゆる不良では無いかと周りは警戒してその心を剥き出しにしていたが、ふたつ離れた横の席についてみて、小柄な体格と半分無い眉毛によって凶悪さを増した目、ピアスが光る横顔に、ふと脳裏を身近な誰かがちらついて私は何とも言えない親近感を覚えた。
そこはかとなく、見覚えがある。
その成りでもこの学校に入学出来るほど頭が良いことは素直に羨ましかったし、怖そうに見えてもきっと悪い人では無いと、妙な確信があった。
きっと濃口の甘党の猫舌で、音楽をこよなく愛す自信家のツンデレに違いないと偏見まで持った。
入学式の行われた体育館の中でも、どこをどう探そうと、やはり噂に聞いたような突出した生徒は見当たらず、彼だけが異常に浮いていた。
寒い体育館の中で式は厳かに始まり滞りなく進むけれど、まだ希望に胸を膨らませたり、新生活に夢や不安を抱いたりなどはまるでしていなかった私は、持て余した暇を得意の妄想で潰していた。
望んではいないものの、うっかり一年一組出席番号一番になってしまった為に最前列で晴れやかな顔をするのも大変だったし、自宅に戻っていた昨日の夜から散々取り繕っていたのでもう飽きて来ていた。
ああ、早く帰りたい。
帰って寝て、明日また学校へ来て、それからが本当の私の高校生活。
明日から、私が帰る先はソレイユだ。
学校生活よりも、そっちにかなり期待を込めて、なんとか笑顔を保っていた。
「新入生代表挨拶。一年五組、藤原友喜」
「はい」
もうすぐ終わる。
そんなぼんやりしていた私の脳が、名前を呼ばれて登壇する彼女の姿で一気に醒めた。
藤原友喜は、長い髪を音も無く揺らし、早くも裾上げされたスカートからすらりとした長い脚を覗かせて、静かな体育館の真ん中を美しく歩いて行く。
少し大きめの真新しいブレザーの胸に花が無ければ、新入生にはとても見えない程堂々と。
そして登壇した先で目の前に立派な和紙を広げて見せたものの、ほぼ暗記していたのだろう、胸を張り顔を上げて、自信に溢れた笑みを浮かべながら時々視線を全体に配る様子は、優等生という言葉をそのまま体現しているようだった。
長いまつ毛に血色の良い肌、研究され尽くしたナチュラルモテメイク。
まるで、モデルさんみたいで、とても格好良かった。
その目は一度もこちらを見る事など無かったのに、私は、息の仕方を忘れてしまった。
体の奥からこみ上げる感情に、胸がきゅうっと熱を帯びて痛む。
焦燥感の様な、違和感の様な、ぞくぞくしてなんだか不安定になる。
この感覚を私は知っていた。
でもまさか、そんなはずは無い。
方々に頭を下げて、再び花道を歩いて席に戻る彼女はもちろん私など見ていなかったし、正しく完璧な女の子で、それが更に想いを強くした。
運命的な何かを感じずにはいられなかった。
過ぎ去りし夏が蘇る。
胸が高鳴り、もうあと十分ほどで終わるという時になって、私の顔は急に生気を取り戻した。
そいつは勝手にやって来て、人の心の中に巣食う。
それは、恋。
この私ですら過去にかじってしまって知っているし、出来たら二度とお目にかかりたくは無かったが、また出会ってしまった。
教室に戻り、担任の挨拶を聞いて、出席を取られる。
担任はベテランの国語教師で、男性だった。
一人一人名前を呼びながら、いい名前だとか字の意味だとかどこか見つけて褒めてくれ、おかげでクラスメイトの名前が自然と頭に入ったので画期的な方法だと感心したが、真っ先に出番の終わった私は、まだどこかふわふわしていた。
瞬きをする度に、あの凛々しい立ち姿が瞼に浮かぶ。
「ふじはらゆうき」
空気を読まない読み間違いに、順番的にも名前の読みにも、衝撃で教室がざわついた。
もちろん返事は無かった。
代わりに、注目を集めた視線の真ん中で、金髪の少年が静かに手をあげていた。
「はるきです」
「ああ、ごめん。悠生君」
先生はすぐに謝罪して、〝悠〟の字を説明してくれた。
当の本人は慣れているのか軽く訂正をした後は、ほんの少しつまらなそうにして足を投げ出し、俯いていた。
ハルキ君。
「ん?」
ふと何かが、胸につかえた。
しばらくその原因を探るために眺めていたら、視線を感じたのか、急に動いて目が合ってしまった。
心臓を射抜かれた気がした。
一日で荒ぶりすぎた胸の動きに痛みさえ覚え、慌てて目をそらし、私が代わりに俯いた。
目の色が、グレーだった。
カラーコンタクトである事は分かるけど、ルイみたいな外見にリュウの目の色がくっついている、その状況が面白くて嬉しくて、興味が湧いて止まらない。
仲良くなりたい。
きっと仲良くなれる気がする。
登校初日から、私の新生活への期待は、まさかの甘酸っぱい方向へ舵を切り始めた。
その帰り道、私は目を疑う光景を目の当たりにした。
驚きすぎて心臓が口から出そうだった。
学校一目立つ金髪と、新入生を代表してしまう優等生が、隣同士、偶然同じ歩調では無く本当に近い距離で楽しそうに、並んで歩いていたのだ。
身長は殆ど変わらず、鞄はお揃いの色違い。
足を止めて固まっていると、つい先程まで仲良く話していたのに何故か言い争いに発展し、藤原君はお尻を蹴飛ばされ、藤原さんはスカートを捲られていた。
それを仲裁していたのは、至って普通の見た目のご夫婦で、四人は並んで同じ方向へ帰って行く。
藤原さんと藤原君は、双子の兄妹らしかった。




