Without you
早ければもう帰れたはずなのに、私の悪足掻きの最初の結果は〝失敗〟だった。
二月に迎えた前期選抜、私は落ちた。
正直自信があった訳では無いが、ソレイユに帰る気満々だった私の甘さを見抜いてへし折るように、担任の口からは「まだ終わって居ない、次頑張ろう」と励ましにもならない言葉が告げられた。
崖の上に立たされた気分だ。
むしろそのまま後ろからドンッとしてくれた方が楽だった。
失敗した。
出来なかった。
出来ないと言われたのに出来ると言い張って挑んで、駄目だった。
それなのに終わっていないだなんて、地獄以外の何だと言うのだ。
かなり落ち込んだ。
心は跳ねて暴れて、膨れたり縮まったりと忙しく、その動きは中におさめておくには窮屈で、体の外まで不調を来たす。
久しぶりに、もやもやした黒い物も見た。
真っ直ぐ家にも帰れずに、放課後ギリギリまで図書館に居座り続けてみたりして、すっかり暗くなった道をゆっくりと踏みしめながら、呪文のように「しにたい」と呟き続けた。
これまで成績が特別良かった訳でも無く、志望校には見学にも文化祭にも行っていなければ、立地以外に興味も無いのに、面接だけで受かろうなんて方が間違いなのだ。
もっと前から頑張っている同志でさえ半分は落ちている。
受かった人間は、全てに置いて〝よかった〟人間だったのだ。
普段から成績も良かった。
授業態度も、受験に対する姿勢も良かった。
印象も、人当たりも良かった。
運が良かった。
そういう、成功者。
帰ったら両親へ報告しなくてはならないし、返ってくる言葉が怖くて、自分に自分で言い訳をしながら慰めの言葉を考えて備えた。
家の前まで来ると、街灯の下の灯りギリギリに、ぼうっと黒い人影が立っていた。
全身黒尽くめで、よく見なければ分からないくらい周りと同化してしまっている、見るからに怪しい背の高い男だった。
心拍数と共に込み上げてくるものが吐き気に似ていて、足音を消して回り込み、道では無い道を歩いて家に入った。
部屋に入って電気を点けると、狙ったように携帯電話が鳴る。
〝ティファニーさん〟
表示された名前を見て電話を取ったが、聞こえて来たのはリュウの声だった。
「何してるの?」
「バレてた」
「隠れてるつもりだったの?」
「いつの間に?気付かんかった」
「気付かれないように入ったもん。怪しかったし、怖いから二度としないで。次やったら警察に突き出すから」
「ごめん……」
窓から下を見ると、随分と小さなしょぼくれた顔が見上げていた。
「帰って」
「ごめんて。そんな怒らんで」
「なんで来るの、馬鹿じゃないの」
「会いたかってん」
なんでそんなこと言うの。
ふつふつとしていたものが、頭のてっぺんまで沸いてしまって、窓を開け、そのまま手に持った携帯電話を投げ付けた。
「帰れ!」
携帯電話は、見事真横の電信柱に命中し、光を無くして落ちた。
それから私は電気を消して、真っ暗な部屋の中、布団にくるまってよくわからない言葉を喚いた。
どうしてそうやっていつも甘い事や調子の良い事ばっかり言って期待させるのか。
そんな事されてるから私は調子に乗ったんだ。
どこかで甘く見ていた。
見くびっていた。
受かればラッキーだと構えているつもりで、一番不安な学科試験をスルーできるなら受かる気がしていた。
だから今週末は、胸を張って街へ出て、やっと皆に会えると私だって思っていた。
会いたかったのは私の方なのに、それがご褒美のつもりだったのに、どうしてわざわざ私の覚悟を壊しに来るのか。
会いに行くから、待っていて欲しかった。
頑張ったよと報告して、頑張ったねと褒めて欲しかった。
ただ待っていてくれるだけで良かった。
私にとってはそれが自信で、安心だった。
何にも分かってない。
分かってくれようともしない。
それを破る事が信頼関係を崩してしまうということも、私をこんなにも狼狽させ傷付けるということも、色々と鈍い彼にはきっと何度でも言わなきゃ通じない。
二度と迎えに来るなと、直接きつく言いつける事が私に出来ると思っているのだろうか。
怒られるの嫌いな癖に。
自分だって逃げ出す癖に。
言う訳無いじゃん。
大嫌い。
散々悪態をついて喚き散らし、何食わぬ顔で参考書を手に部屋を出た。
両親の帰りを待つ間も、最後の望みを掴むため、ほんの少しの時間さえ無駄にしまいと頭を動かし続けた。
先に帰宅したのは母だった。
「おかえりなさい」
「あら、どうしたの今日は」
母はコンビニ袋をぶら下げて、きょとんとした顔で既にそこから何か出そうとしていた。
「今日、前期の結果出……」
「ああ、ダメだったでしょ。だから言ったじゃない」
「頑張ったん、だけど」
「そんな事言ったって、結果は変わらないでしょ。お姉ちゃんだってダメだったんだから。期待なんか最初からしてないわよ」
「うん」
母は笑って、一人分の夕食を準備し始めた。
それ以上、何も言わなかったし、私も言う気にならなかった。
これがきっと父だって「やっぱダメか」と呆れるだけだったと今なら思えたし、最初から期待などしていない上に背伸びをし過ぎている事は誰が見たって明らかだったので、怒られる訳もなければ、残念がられもしない。
失敗はした、それなのに、なにも起こりはしなかった。
でも今日まで、私なりに頑張ってきたつもりだった。
静かに部屋に戻り、静かに泣いた。
耳を塞ぎ、息を殺し、目を固く閉じても、何故か涙が止まらなかった。
小言のひとつも言ってくれれば、うるさいなあとも言えただろうし、素直に励ましてくれれば、わかってるよと前を向けただろうか。
散々身構えて空振って、それが何より情けなかった。
望んだ自分が悪いのか、何を期待してどうして貰えたら満足だったのか、自分でもわからない癖に泣くほどギリギリだった。
そこまでして追い詰めて、何も起こらなかったのが恥ずかしくて、更に胸が痛かった。
ふとソレイユが恋しくなっても、連絡手段を自ら破壊した上に、ああも最低な八つ当たりをしてしまってからでは、もうこちらからはとても動けなかった。
我に返ってから、部屋にある勉強道具以外のものを、全て目に入らない所へ隠し、動かせない物には布をかけて封印した。
もう甘えない。
晴れない心の戻し方さえわからない今、追い詰めて追い込んで、逃げられない様にするしか思いつかなかった。
もっと頑張らないといけない。
リュウに許してもらう術だって、ソレイユにさえ帰れたらきっと分かるだろう。
そして、卒業式を目前に控えた入試の朝、私は一人、久しぶりに街へ出た。
自然と駅に向きかけた足を正し、春から通う予定の通学路をゆっくりゆっくり歩く。
今は丈の長い単色のスカートも、色柄が入るし丈も変えよう、ブレザーは成長を見越してケチらず、ジャストサイズを買おう。
詰められるだけ詰め込んだリュックは重くて格好悪いから、革のスクールバッグにして、ワイシャツの首元にはオープンハートを光らせるんだ。
絶対に、この街で高校生になる。
絶対に、この道を毎朝歩くんだ。
勇んで進んだ道の先、謝恩会用のパーティドレスを飾ったショウウィンドウを見つけて、小走りで橋を渡った。
ドレスショップの前ではあまりに奇妙な行動だと分かってはいるけれど、その場で指を組んで目を閉じた。
今日で終わる。
今日で決まる。
「頑張ります」
覚悟をしっかりと口にしたら、「良い顔ね」と聞こえた気がした。
ご武運を。
どう考えたってはっきりそう言っていたと思うのだけど、聞こえた気がした事にした。
「いってきます」
笑顔を浮かべ、ガラス戸に映る自分へそう告げて、込み上げてくる笑いを堪えながら走った。
街中に笑顔を向けて、迎えてくれた先生達には大きな声で挨拶をして、始まってもいないのに、私は堂々と胸を張っていた。




