Change The World
怒涛の冬休みだった。
次の日は初売りに行くと言うティファニーさんに付き添って、女の子ばかりで一日中街へ出掛け、私はもらったばかりのお年玉を全部はたいた上に色まで付けて、店中の人間に〝おみやげ〟を買って歩いた。
クリスマスに沢山プレゼントをもらったきりになっていたので、一人一人丁寧に思い浮かべて、これぞというものを吟味して買った。
いつになく率先して自分の荷物を増やしていく私を見て、ティファニーさんには心配されたり呆れられたりもしたけれど、そういうティファニーさんだって最後はやっぱり荷物持ちを呼びつけていた。
帰ってからお土産を配って歩くと、早速散財してきた私に小言を言うのはルイくらいで、みんな喜んでくれた。
ソレイユの休日最終日は、大雪が降って朝から総出で雪掻き。
リュウとルイとロバートは、何やら細かにルールを設けて競い合い、私たちが店の前をやっている間に、通りの道を隣近所まで全部片付けてしまった。
肝心の勝負は引き分けだったようだ。
その後、みんなで屋上に作ったかまくらは小さいながらも快適で、ヴィヴィが「使命感に駆られた」と、七輪でおもちを焼いてくれた。
店の入り口には三段重ねの雪だるまも作れた。
しばらく放っておいたら、夕方には耳と葉っぱのギターがついて、弾き語りをする猫になっていた。
宿題の書初めはソレイユでやった。
誰かしら習字が得意な人がいるだろうと読んで、手伝ってもらう気満々だったのだが、面白がってみんなで新年の抱負を書いた。
意外にもマスターは毛筆が苦手と嘆いて苦戦し、ロンドンは墨だけで濃淡のある絵画を一枚完成させていた。
「禁酒禁煙」を書かされたリュウが一番達筆だったが、達筆すぎて教われなかったので、私の課題はエルメスがやった。
マスターから本を借りては一日に何冊も読み、エルメスにはピアノを、その他の楽器はそれぞれ得意な人に習い、ヴィヴィには簡単な料理を教えてもらって、仕事が始まるとティファニーさんにくっ付いてマリアンナへも行った。
勉強漬けどころか、連日泊まり込んで遊び倒す私を誰一人咎める人はおらず、私は中学校生活最後の冬休みを満喫した。
目一杯声を出して笑い、時々怒鳴り合う喧嘩もして、そこら辺の床で寝ては怒られ、多くの音楽に触れる。
同じく学生であるリュウは仕事も休みだったようで、私が泊まり込んでいる間、一番一緒に過ごす時間も長かった。
もうピアノを習う事も無ければ送り迎えの必要も無い、おはようからおやすみまで、なんでも無い事をただ繰り返していた。
私が当たり前の様にティファニーさんのベッドを占領して寝泊まりし、その為にティファニーさんから部屋を追い出されても文句ひとつ言わず、こちらが気を使ってわざわざ音楽室やリビングで寝ていれば、探し出されて運ばれる。
それなのに、やっぱりいつでもへらへら笑っているので、平和な人だなと思った。
ここぞとばかりに、羽根を伸ばした一週間だった。
そして、最後の日曜日。
お昼寝をしてから、借りたまま返していなかった本を急いで読み終わらせ、マスターの部屋へ行くと、マスターは椅子に腰かけたままうたた寝をしていた。
手に持った本をそっと元の場所に戻して、埋もれたベッドから毛布を引っ張り出して体に掛ける。
いつもしてもらっている事を真似して返したつもりだったけれど、下手くそだったのか、すぐに優しい目がぼんやりと私を捉えて微笑んだ。
「ごめんなさい。起こしてしまいました」
「いいさ。ちゃんと布団で寝ないと怒られてしまうね」
この休み中に、私が一番言われた小言だ。
マスターに言われた事もあった。
傍らに寄り添い、頭をもたれさせると、マスターは私の望みを読み取って静かに髪を撫でてくれた。
「どうしたんだい?」
「マスター、どうもありがとう。おかげさまでとっても楽しかったです」
「そうか、それは良かった。もう行くのかい?」
「はい。そしたらしばらく来ないので、今日プリンを買わせてください」
「好きなだけ持って行きなさい」
「ひとつでいいの。ちゃんと器は返しに来ますから、それまで私の事忘れないでくださいね」
冗談めかした言葉を震えながら詰まらせる私に、マスターは一瞬手を止めたけれど、また撫でてくれた。
「ずいぶん遠い口ぶりだ」
「ここに居たら甘えちゃう。でも私、どうしてもやらなきゃいけない事があるの。こればっかりは私がやらなきゃいけないし、自分の力で頑張りたい。一生懸命出来る所までやってみる」
「そうかい」
珍しくマスターは、ゆっくりと時間をかけて考え、いつもと同じ返事をした。
それから、お散歩に行くような顔をして、二人でバスターミナルまで歩いた。
気に入ってくれたのか、マスターは今日も私の贈った帽子とタイを身に付けてくれていた。
「またいつでもおいで」
「はい。胸を張って帰れるように頑張ります」
「いつでも、帰っておいで」
胸を張れる結果が出るまで来ないつもりの私に念を押すように、マスターはゆっくりと繰り返す。
「しっかり頑張りなさい」
「はい」
ぽんぽんと背中を押され、私はバスに乗り込んだ。
私の覚悟を、マスターは分かってくれている。
分かった上で、手を離す。
決して放るのではなくて、ちゃんと歩けるという私の意思と力を見極めた上で、必ず帰ると信じている。
「ティファニーさんによろしく」
「まさか」
「なんにも言ってません。寂しがりそうだったから。いってきます!」
バスの窓越しに、はあーっと大きなため息をつかれたが、気にせず元気に手を振った。
「いってらっしゃい」
そのなんでもない一言が、私にとっては温かく優しい魔法の言葉。
もうそこは、目指す先では無くて、私の帰る場所。
バスが動く直前まで窓に張り付き、見えなくなるまで手を降るその人が、他人の目から見たらどう映り実際どういう人なのか、そんな事は関係ない。
私と彼が、分かって居ればそれでいい。
年の初めのその宣言は、流されやすく心の変わりやすい私をずっと強く支えてくれた。
だらしないと言えばだらしなく、こんな姿を目にしたらいくつも雷が落ちそうだったけれど、以前は机の周りに固めていたものをついに布団に色々持ち込んで、一日の殆どの時間を勉強に費やした。
机、スタンド、足元にはカバン、枕元には本の山、いつひっくり返ってもそこは布団の上だから、限界まで大丈夫。
おかげで自分の限界を知る事が出来、階段を上っている途中で寝てしまうような失敗は一度も無かったし、全神経を目の前に集中させる事で、余計な所に意識を向けなくとも済んだ。
気付かないフリでも、分からないつもりでもなく、本気で目を背けて耳を塞ぐ。
行く先、目指す先だけ、私はしっかり見ていればいい。




