切手のないおくりもの
主に昨日の残り物と言っても私には目新しいオードブルに、焼きたてのパンとポタージュの控えめな朝食の後、「朝起きたら冷蔵庫に入っていた」と大真面目な顔でヴィヴィが私の目の前に用意したのは、白いリボンの掛けられた丸いアップルパイだった。
しかし、私の好きなソレイユのアップルパイとは少し違う。
姫リンゴくらいの小さなサイズもお気に入りの要素のひとつだったのに、出てきた物はきっとリンゴを丸ごと包んだ上に何か違う物まで挟まっているに違いない、まったく上品さを感じない大きさだった。
「なんか、可愛くない」
「文句はサンタさんに言って」
ヴィヴィはちょっぴりむくれて、大きなフォークを一本とペティナイフを寄越した。
どうやらこれは、一人で食べなきゃいけないらしい。
どこから刺すべきか迷っていると、パイの向こうにもうひとつ、店で一番大きな型で作ったであろう、つやつやしたフルーツタルトがどかんと置かれる。
多分それはみんなで分ける事を前提とした大きさだったが、それにもチョコレート製の白いリボンがかけられていた。
「私そっちが良い」
「黙って食えよ!」
ついにルイに怒られて、ヴィヴィのタルトはちゃんと後で食べられるように取っておいてくれるらしいので、私は黙って温め直して貰ったアップルパイを食べた。
生のフルーツが食べられないリュウと、隣で口を開けて待っているティファニーさんにも分けてあげた。
不恰好で大雑把だったけれど、味は確かだった。
素直に感想を述べたら、ルイは他人事のように答えた。
食べ損ねた大好物。
それが好物だと言うことも、ここに来るようになってから欲に取り憑かれた私が、それを食べ損ねようものなら後がどれだけ面倒くさいか知っているのは、あの場に居た大勢の人達の中でも、これまで私と接して来た限られた人間しかいない。
お礼を言ったら、無視された。
マスターの鍵、アップルパイにフルーツタルト、クリスマスツリーの下にまだ沢山残っているプレゼントの箱にも、白いリボンがかけられているものが目立つ。
私の知らないソレイユのルールなのだろうか。
それとも季節柄、赤や緑の包装紙には白いリボンを合わせるのが定説なのだろうか。
「さあ、お楽しみの時間よ」
なんだかんだ言いつつ、すっかり平らげてお腹がいっぱいになった私の前を、珍しくティファニーさんが片付けてくれた。
プレゼントの箱をぼんやり眺めていたのが物欲しそうに見えたのかと思って姿勢を正すと、エルメスが空いたスペースに「遠慮なく」と一番大きな箱を置いた。
ずっしりと重そうで、存在感が半端無いそれにも、やっぱり白いリボンと『Anna』と宛名の書かれたカードが付いていた。
「メリークリスマス」
お楽しみの時間とは、つまりプレゼントを開ける時間だ。
クリスマスの朝とは本来そう言う物なのだ。
そしてカードを引き、私へのプレゼントを用意してくれたのはエルメスだった。
「ありがとう。すごく大きいね」
「どうせなら一番大きいのにしようと思って」
カードを眺め、丁寧に包装紙を剥がすと、中は電子ピアノだった。
大きく、重たいはずだ。
そして正しく、私にとって必要であり、欲しかった物に違いなかった。
「本当に良いの?」
「これしか思いつかなかったんだ。喜んでもらえて嬉しいよ」
顔の筋肉の使い方を忘れてだらしなくなった口元で、箱の上からピアノを撫で回す私を見て、エルメスはとても得意気だった。
クリスマスカードには、綺麗な筆記体でシンプルな挨拶が書かれていただけだったが、それさえ格好良く見える。
色んな方向から箱を眺めては、込み上げる笑いを抑え切れずに変な声を上げ、箱を止めているビニール紐にさえ愛着を感じる。
これまでスルーし続けて来たクリスマスが、いっぺんに来た気分だった。
「そんなにそれ、嬉しいの?」
「はい!」
向かいの席で眺めていたココが呆れ始めて突っ込んで来たが、興奮しすぎて良い子の返事しか出来なかった。
「早く弾きたい」
「待って待って。まだ、いっぱいあるんだけど?」
そう言ってココはツリーの下を指さす。
確かにそこにはまだプレゼントの山はあるが、人数を考えれば一人ひとつずつくらいで丁度良さそうな数だ。
ぽかんとする私の様子を見て、今度はルルが笑いながら背中を叩いた。
「白いリボンは、全部アンナの分よ」
ティファニーさんは、わざわざツリーの下へ行って、手前に置かれていた包みを両手に持ってリボンを見せてくれた。
どれも、白いリボンだった。
「白しかないよ」
「青も混ざってる。みんなもう開けちゃったから、あと残ってるのはリュウとアンナちゃんの分なんだよ」
ツリーの下に居たティファニーさんは、まだ残っているプレゼントを持てるだけ持って来て机に並べた。
ティファニーさんが両手を使っても持ち切れず、青いリボンの物は確かに混ざっていたけど、ツリーの下にはまだ白と青が並んでいる。
「リボンにルールがあるの?」
「そうみたい」
「誰も教えてくれなかった!マスターの色は何色?」
「おじいちゃんにはサンタさん来ないから関係無いのよ。これは良い子だけが貰えるプレゼントの印」
「でもマスターもエルメスも白いリボンをくれた」
「今朝付けた」
「僕のはお店の人が包んだから偶然だよ」
「アップルパイは?」
「だからサンタさんなのよ。私作ってないもの」
「ルイだよ」
「サンタだっつってんだろうが」
「良い子にしか来ないんだよ?」
「良い子にしてたから貰えたんじゃん。リュウなんかアンナちゃんの半分しか無いんだからね」
「貰ってもうたから良い子にせな」
店中の大人が私に嘘を吐く。
みんなしてにやにやと、へらへらと、とぼけて笑う。
どうしたものかと、しばらくそわそわしていたら「じゃあ開けちゃう」と、ティファニーさんが次々とリボンを解いてそこらに放り出したので、私は慌ててその手を止めてリボンを集めた。
「開けてみたらきっと笑顔になるわ。プレゼントってそういうものでしょう」
ティファニーさんは優しく笑って、私の膨れた頬と、噛んだ唇を順に突いた。
差出人不明のプレゼントは、数えてみた心当たりの大人の数より多かった。
財布にキーケース、バッグといった定番の物から、メイクポーチに髪飾りなど、中身はバラエティに富んでいて、時々大きなクマのぬいぐるみやらセクシー過ぎるランジェリーといった使い道に困る物もあったが、見た事も無い物が沢山出て来た。
私は、ひとつ包みを開ける度にわくわくして、それを何度でも味わえるように、中身を確認したらもう一度元通りに包み直して飾っておきたい衝動に駆られた。
もったいなくて使えない人の心境が分かってしまった今、隣で丁寧に開けるはじから包装紙とリボンを畳んでくれるティファニーさんにこれまでの文句が言える筈も無く、今後プレゼントは包まずに、そっと私物に紛れ込ませる方法を思いついた。
せっかくなら使って欲しい気持ちも分かる。
むしろそっちの方が分かるのに、大事に大事に並べて眺め、キーボードとソレイユの鍵以外は全て置いて行く事を決めた。
お財布さえ無くしてしまう事のある私だから、いざとなったらここに来れば良いと思える事はとても安心出来る。
ここにさえ来れば、なんとかなる。
本当にそう思えるくらい、私の生活に密着した物ばかりが並んでいた。
「ありがとうございます」
「サンタさんに伝えておくよ」
その場に居た心当たりの大人にお礼を言ったつもりだが、やんわりとそう言うことにされてしまった。
ソレイユには毎年サンタクロースからのプレゼントが届く。
だから私だけ特別な訳では無く、みんな何かしら貰っていると言う。
男の子は成人するまで、女の子はお嫁に行くまで貰えるそうだ。
それじゃあ男の子はちょっと可哀想だと言ったら、大人になった男には、代わりにもっと良い事があるらしい。
それはそれで羨ましい。
私もいつかなれるだろうか。
ついに、ソレイユの子になれた私にも。
「これで最後だ」
迷いもせず、マスターはそれを私の元へ運んで来た。
私はそのままティファニーさんに渡そうとしたが「私はもう持っているから」と返されてしまった。
「白いリボンはアンナのよ」
「こればっかりは全部白いリボンになってしまうんですよ」
目の前に残されたのは、まるでツリーのオーナメントのようで気付きもしなかった、淡い青緑色の〝Tiffany〟の紙袋だった。
覗けば、中にはしっかりと白いリボンがかけられた同じ色の箱が入っている。
他の誰に同意を求めようとも「それは私が貰って良いものだ」と訴える目が見守っているばかりだった。
意を決し、慎重に開く。
結ばれたリボンの向きさえ記憶する程、ゆっくりと、丁寧に。
出て来たのは、ティファニーさんが唯一持つ〝Tiffany〟である、薬指のオープンハートとお揃いのネックレスだった。
「あら、おそろいね」
とろとろに頬を緩ませて、ティファニーさんは満足そうに笑っていた。
自分がどんな表情をしていたかわからない。
でもそれくらい、私も顔が緩んでしまって、隠れるようにティファニーさんに抱きついた。
ティファニーさんは、優しく抱きしめ返してくれた。
「もらっていいんですか?」
「きっと似合うわ」
きんと冷えたチェーンを首に這わせると、きらりと反射した光が幼いセーラー服の胸元を華やかにし、自然と身が引き締まる。
やはりどう頑張ったところで今はまだ似合わないと思ったけれど、いつかTiffanyが似合う女性になれるよう努力はして行こうと決意した。
いつか、これが似合うような美人になったら、お土産にカラフルな花束を持ってお迎えに来てくれるだろうか。
始め、紙袋にあったのは宛名だと思ったけれど違ったし、では差出人の名前かと考えたが、一緒になって驚き、喜んでいるティファニーさんを見ていると、それもなんだか違いそうだ。
もしかしたら、私が欲しい物を一番よく分かってくれているどこかの王様では無いかと、子供気なくサンタの正体を思案する。
私が一人で羽ばたけるようになるその日まで、変わらぬ愛で守ってくれる彼女の側に居なさいと、そう言われたのは今朝だった。




