Sing Sing Sing
ソレイユのクリスマスパーティーは、それはそれは盛大な物だった。
ホームパーティーと聞いていたが、いかんせんこんな私でさえ頭数に入れてしまうのだから、人数が大変な事になるのはもっと早くに想像しておくべきだった。
テーブルには各々が持ち寄ったり店で作った世界各国の料理が並び、椅子などもちろん足りない上に、店中のグラスを出してもまだ行き届かず、マグカップにビールを注いだりカフェオレボウルに赤ワインが入ったりしている。
「いつ乾杯したの?」
「実はまだなんだよね」
「私の分はある?グラスが足りないならパフェの器でもいいんだけど」
「それも可愛いだろうけど、アンナの分はちゃんと取ってあるよ」
知らない顔の方が多い輪の中にわざわざ入って行く気にもなれず、エルメスと二人、カウンターの中でシャンパングラスを並べていたら、エルメスは隠し持っていたという自分のバカラに私の分のジンジャーエールを準備してくれた。
「いつもこんなに沢山来るの?」
「今年は多いね。やっぱり週末だと集まりやすいんだね」
いつもは白いシャツやコックコート姿ばかり目にする店員達も、今日は気合を入れてドレスアップし、それぞれが小さな輪を作って話に花を咲かせていた。
ステージの周りはいつもより広めに空けられてあまりお目にかかることのない楽器が並び、誰もが好きなタイミングで勝手に登って触っている。
マスターさえその輪の中心で、マイクを離さず何か喋っていた。
時々小粋なジョークを飛ばし、今日ここに帰って来てくれた全ての人に感謝をし、おかえりなさいと労った。
どうやらそれはオープニングセレモニーだったらしく、拍手があがるや否や其処彼処でシャンパンの開く音がして、目の前から次々と磨いたばかりのグラスが消えて行き、実にシンプルな「乾杯」の一言でパーティーは幕を開けた。
まるでカウンターが境界線になっているかのように、そちら側とこちら側では温度差があった。
「もっとやる事ない?」
「美味しいものあったら持って来てよ。僕は今日ここから動かないから」
「こんなにあったら、味見でお腹がいっぱいになっちゃう」
「全部食べられるよ」
こちらから語りかけなければ、無駄に話し掛けても来ない、このエルメスとの距離感が私には丁度良く、いつまでもカウンターの内側に居座った。
誰かが運んで来て置いて行ったご馳走をつまみ、手の届く所で事を納めながら、ステージで絶えず流れるクリスマスキャロルを眺めて過ごす。
とても穏やかに。
微睡みながら、外国の映画を見ているかのようだった。
パーティーも中盤に差し掛かった頃、店の入り口の鐘が大きな音を立てた。
はしゃいで飛び込んで来たのは、真っ赤なドレスに身を包んだ青い目の女性と、大きなレディだった。
「メリークリスマス!ティファニー!」
「オリヴィア!」
黄色い声がよく響き、耳に刺さる。
名前を呼ばれたティファニーさんは負けないくらいの大きな声で答え、二人は温かい拍手の中で抱き合って再会を喜んでいた。
ティファニーさんの喜び方が異常だったのでしばらく様子を伺っていると、一緒に来た大きなレディがあのカードを取り出し、ティファニーさんは二人まとめて抱きしめて、泣いていた。
どうやら彼女は、ティファニーさんへのクリスマスプレゼントとして用意され、そしてそれに値する人間のようだった。
ずいぶんと久し振りに顔を見せたらしい『オリヴィアさん』は、ティファニーさんにくっついたまま店中挨拶をして周り、カウンターにも寄ってくれた。
彼女はかつてこの店で、ティファニーさんと共に歌を歌っていたそうだ。
そしてポールに取られてしまった、お気に入りのひとつだった。
おかげで今では立派な歌手として世界中の劇場を回っているようなお忙しい方なので、ここ数年はパーティーどころか店に顔を出すことも無く、大好き同士のティファニーさんとさえ年に数回、季節の便りをやり取りするだけだった。
それでも「自分がプレゼント」だと自信を持ってやって来たオリヴィアさんに、私は心から尊敬の念を抱いた。
喜んで貰える事は確実、今日まで黙っていたって絶対に失敗しない。
自信に溢れた彼女は実際にとても気高く美しく、そして待ち望まれて、愛されていた。
彼女は挨拶だけしてまた他へと向かい、大きなレディだけがその場に残った。
ヒールを履いてしまってはこの店で一番背の高くなった彼女だが、着ているドレスは大胆かつ繊細で、とても良く似合っていた。
「こんばんは、レディ・アンナ。あなたにご挨拶できるの、楽しみにして来たの」
「こんばんは、ミス・ホリー。お会いできて光栄です」
自己紹介をする前から名前を呼んだ私を「あら」といった顔で驚いてみせ、カウンター越しに握手をした。
「ドレス似合ってる」
「どうもありがとうございます。あなたも」
彼女は私を知っている人。
だから私も、ただの馬鹿では無い事を示すために、余計な事を上手に隠しながら無難に答えた。
名前は先程、店の中を動いている間に聞き取れた。
それがマリアンナの店長さんと同じ名前であったことと、実際に会ってみて、確かに自分に似合うドレスが作ってでも必要な人だと納得がいったので、その人である事は間違い無いと思った。
そんなホリーさんには、特大ケーキを持って現れたルイが嬉しそうな声を上げて飛び付き、くるくる回っていた。
『マイベイビー』だそうだ。
頬に口紅の跡をくっきり付け、大きなベイビーは無邪気に喜んでいた。
ホリーさんはルイを連れたままティファニーさん達と合流し、隅っこで小さくなっていたリュウと挨拶をして、そこでもまた輪ができた。
まだ、つい、目で追ってしまう。
目立つからと言うのもあるが、カウンターの内側からは店の中がよく見えて、ついつい知っている顔ばかり探してしまう。
ふとロバートを探すと、ステージの脇の小さな椅子に腰掛けて、膝の上にロンドンを乗せ、同じくらいの世代の男女と輪を作っていた。
お酒のせいか、別の理由があるからか、顔が真っ赤になって落ち着きがない。
「アンナさん、ケーキは食べましたか?」
見計らったように、音もなくポールがやって来た。
手には色んな種類のデザートがひと匙ずつ乗ったおしゃれなプレートを持っていた。
「いいえ。今日はまだここから出ていません」
「そんな所におじさんと二人で楽しいですか?」
「はい。ご存知でしょうけど私は一人でも楽しく過ごせる性分ですので」
「ええ、まあ。しかし、もっと楽しい事はたくさんあります。例えばほら、あそこへ行って一曲披露するのはいかがですか?」
そう言ってポールはステージを指差した。
ステージでは、ご機嫌なジェントルマン達がロマンチックな冬の曲を弾いていた。
「誰かの楽しみを奪うのは趣味じゃないです。空いていない所に無理矢理入るのは失礼だし、それに、聞いているだけで勉強になりますから」
「こんな素敵な夜なのに、勿体無い」
ポールはやれやれと首をふり、一人でステージへ向かった。
そして、その陽気な輪の中に手拍子で割って入って、一人浮くほど楽しそうにしていた。
しかしそこにも、しっかりと笑顔の輪ができた。
何をしたって良いんです。
そう言いたそうだった。
残されたデザートのプレートを目で吟味していたら、エルメスに止められた。
しばらく黙って手を付けずにいると、大きなナイフを持ってきたヴィヴィが、さっき出てきたばかりの特大ケーキを見て「かじられてる!」と声をあげた。
辺りに居た人は、みんなして鳩みたいにキョロキョロと首を動かす。
私とエルメスが素直に犯人を指差すと、ヴィヴィはツカツカ寄って行って捕まえ、ナイフで脅していた。
せっかく写真を撮ってからみんなに切り分けたかったのにとぷんすか怒られて、ポールは笑い声の中心で一番大きく笑っていた。
もしエルメスが止めてくれずに私が食べてしまっていたら、あの大きなナイフは私に向いていたかもしれない。
そう考えると、やっぱりエルメスも好きでカウンターの内側に居て、なんだかんだで良く店の中を見ているのだと思った。
こう見えて、彼もまた楽しんでいるのだ。
いつもは切り分けられて売っているものが、何種類も丸ごと並べられたデザートコーナーでは、お皿を持って待つ人の中心でヴィヴィが嬉しそうに一人ずつ希望通りの大きさに分けてあげていた。
私を食いしん坊の甘党だと思っているルルは、カウンターに置かれた可愛らしいプレートを見て驚いていた。
「私は全部食べたいからこれでいいの。一番に取ってもらったから、あとはみんなでどうぞ」
きちんとそう伝えたのに、やっぱりあの特大ケーキは、かじられたところを含めた一切れがしっかり私の元へ来た。
クラッカーが鳴り、音楽は絶えず、飲めや歌えやの大騒ぎはそうして刻々と過ぎて行った。




