Wonderful Christmas Time
駅に近付くと、ストリートミュージシャンが冬の歌を歌っていた。
ギターの音に気を取られ、遠巻きに眺めて居たら、私の代わりにポールが彼に近付いて、チップとお菓子を捧げていた。
その次に寄ったコンビニでは、私が温かい飲み物を選んでいる間に、狭い駄菓子のコーナーの端から端まで全種類買い、その中から「数が少なかったので人気なのでしょう」と、棒突きキャンディのコーラ味を私にも分けてくれたのだが、イチゴ味が良いと断ったら別のコンビニへ走って行った。
駅ビル内の花屋で、ありったけの色を詰め込んだような、ゴージャスでカラフルなバラの花束を見つけた。
私が面白がったら、ポールはすぐに購入し、カードまで貰って来た。
「ここに「大好き」と書いてください」
「嫌です」
「ハートも付けておきましょう」
「嫌です」
「女性のご機嫌を取るときは、お花と甘い物です。これは暗黙の了解としてソレイユでは伝統なのです」
「誰のご機嫌を取るおつもりで?」
「貴女の怖い親鳥です。卵が転がったと、それだけで失神して寝込んでいますから、お見舞いの品には丁度良い」
「なんて?」
「あれは、温室育ちで血が苦手なのです。危うく二次災害が起きる所だった。弱っている今はチャンスです」
ポールは楽しそうだった。
素直な人だと思った。
私が出て行った後、階段の上ではすっかり力の抜けたティファニーさんを支えるリュウが大声で弱音を吐き、残された住人たちも取り乱して、一時はパーティーの準備が中断しかけたと教えられた。
「じゃあ書きます」
「是非お願い致します。そして私からだと言って渡して下さい。それが重要です」
「わかりました。女性にはお花と甘いものだそうですが、では男性には何を?」
「その為のマシュマロです。可愛くて柔らかくていい匂いのするものは、男だって大好きです」
店に着くなり、ポールと二人、表から堂々とマシュマロガンを手に「動くな!手を上げろ」と元気一杯飛び込んだ。
知ってる顔も知らない顔も、その場に居た全員巻き込んでの強盗ごっこ。
大騒ぎをして店の真ん中を突っ切る私を、名前も知らない人が手を叩き、指をさして笑い、お転婆娘だの悪い子だのと呼んだが無視をした。
これも、ポールの提案だった。
私が「したい、しなければならない」と思う事は、堂々とすれば良い。
私にとって必要な事、それも私にしか出来ない事であるのならすべきであって、無理に周りの機嫌をとる必要など無いと言い切った。
「もしも貴女に対して怒り、追い出そうとする者が現れたならば、その時は私も一緒に追い出されて差し上げます。二人っきりで素敵なクリスマスを過ごしましょう。私にとってはどちらも楽しみですのでお気になさらず、思い切りどうぞ」
そんな事を言われて、ここまで来てしまった私も覚悟を決め悪ふざけに興じたが、誰も怒っちゃくれなかった。
ドレスアップした人が増え、生演奏も始まって、すっかりパーティー気分のソレイユをまた私はぶち壊したのに、誰も気にしなかった。
むしろそんな悪行さえも、パーティーの一部になってしまう。
楽しみたくて帰って来た人達は、己のしたいがままおおいに楽しんでいた。
ポールはすぐに銃を取り上げられて口にマシュマロを詰め込まれ、私はマスターに捕獲された。
担ぎ上げられ、ルイとエルメスが上下で見張る厳重体制で「怖い親鳥」の元に連行されると、ティファニーさんはすっぴんにバスローブ一枚でベッドに転がっていた。
そして肩から下ろして貰えないまま顔を合わせるや否や、発狂して飛び付いて来て、私は床になかなか足を着けさせて貰えなかった。
耳元で騒がれるのは少々迷惑だったが、べそべそしているティファニーさんは久しぶりで可愛かった。
目を覚ましたら居なかった、聞いても誰も答えてくれず、やっと聞けた情報は「ポールと出掛けている」というものだった、行きたいのに止められて窘められて、いじけて部屋にこもって居たそうだ。
「よかったわ、アンナ。帰って来てくれて。怪我は?」
「鼻血が出ただけです。もう止まりました」
「心配したのよ。電話にも出ないし、嫌われてしまったかと思った」
「電話は持って来ていません。それよりも、ティファニーさんは、私の事が嫌いになったんですか?言う事は聞かず、悪いことばかりするやんちゃ娘ですから、嫌われるのならば私の方でしょう」
「私がそんな事を気にすると思うの?」
「思いません。だから帰って来ました。例えば私がその指輪を盗んだって、私が持っている事さえ分かれば、黙ってニコニコしているのがティファニーさんだと思っています」
「欲しいのならば同じ物を買ってあげるわよ」
「いいえ、例えばの話なので。物はいりません。ティファニーさんの大切なものであると分かっていて、盗むつもりも無いです。私が一番欲しいのは〝信用〟ですから。私はそう易々と人を嫌いになったりしませんし、してあげられません。怒られる覚悟と嫌われる覚悟を持って帰ってきてしまうくらい大好きなのに、ティファニーさんは心配が多すぎます。信用ないから心配するんでしょう」
「……どうしてそんなにいじわるな言い方するの?」
「ティファニーさんが意地悪したからです」
もう反撃はされなかった。
小さいポールみたいだとマスターに感心され、エルメスはそれを聞いて笑い、ルイは呆れて、ティファニーさんは悔やんで焦れていた。
結局今日も一日、殆ど一緒に過ごせなかった。
「ごめんなさい」
その一言に、色んな想いを込めて伝えると、ティファニーさんはまた私を力強く抱きしめてくれた。
もう服に付いた他人の部屋の匂いを気にしなくていいので、朝の分までいつまでも。
もっと怒られると思っていた。
でもよくよく考えたら、怒られた事なんて無かった気がする。
「怒ってもいいのに。どうしてこんなに優しくしてくれるんですか」
「あなたが、私に会いに来てくれたからよ」
マスターの一声で、一斉に人が動き出す。
ティファニーさんは張り切って私にドレスを着せ、ココがメイクをし、髪のセットはプロであるロンドンがしてくれた。
本当は十五センチのヒールを履かされる予定だったらしいが、転んだ後では危ないからと、ルルはわざわざ靴を買って来てくれた。
コツコツ鳴る高い踵は無いけれど、よくしなり、靴底の薄いパンプスは、ピアノのペダルも踏みやすそうだった。
やっと袖を通す事が出来た真っ白い総レースのドレスは、試す必要も直す必要も無くぴったりだった。
たっぷりとしたスカートと腰に巻かれた大きなリボンが少し幼い気もしたが、頭の先から足の先まで、全部私専用の新品で、完成された自分の姿に鏡の前で気分が高揚する。
「気に入った?」
「はい、とっても素敵です。これ、おいくらですか?」
「プレゼントに決まっているじゃない」
「ダメです。買わせて貰えないならお店に返してきます」
「それは私が就業時間外に趣味で作った物だから、売り物じゃないわ。買った物で無くてごめんなさいね」
「そんな言い訳ききません」
「じゃあお写真沢山撮らせてちょうだい。大きく引き伸ばして宣伝用のポスターにしましょ」
ティファニーさんはずっとニコニコしていた。
自分には体のラインに沿った黒のベルベットドレス、そしてそれとお揃いの生地で作ったというグローブを私にもはめてくれた。
「弾く時は外して良いけれど、それ以外は付けていて。あなたは私のものという印なの。お目が高い紳士ほど、このサインに気付くでしょう」
支度を終えた私を上から下までじっくり眺め、ティファニーさんは満足そうに頷いた。
それから、ついに私に一人で階段を上り下りさせる事も嫌になったのか、頼んでも居ないのにエスコートを呼んだ。
やって来たのはマスターと、やっぱりリュウだった。
マスターはスタンダードな黒のタキシードで、リュウは、額と頬の赤みや絆創膏を隠すためなのか、癖のあった髪を真っ直ぐ伸ばした上にガチガチに固めて、シルバーのジャケットが眩しかった。
その生地が私のリボンとお揃いである事に気付いて、ティファニーさんの手仕事の偉大さを知る。
感想を目だけで求められたので、素直に「ぐいぐい、よしこい」と答えたら、情け無い声でロバートに助けを求めに行った。
「意地悪しないの」
「そんなつもりは毛頭ありません」
待つ気もないので自ら進んで階段へ向かい、先に下で手を伸ばすマスターさえも断って、自分の足で一歩一歩確実に下りた。
「大丈夫」
強がりでもあり、遠慮でもあり、覚悟でもあった。
自分で出来る事は自分でする。
ちゃんと見て、聞いて、考えて選び、ここでも上手に自分を作る。
我儘な甘えん坊の笑顔を貼り付けて、平気な顔で嘘をつく。
自分自身も騙して塗り固めて、嘘さえ誠にしてしまう。
隠し事は、隠している事も隠さなければ完璧とは言い難いから、しっかりと鍵をかけて封をする。
それが、私が私を守るため、私がアンナになるために、残された道だから。
今だけ少し時間が取れれば良い。
意地悪でもなんでもして、言いたい事を言いたいように言って、嫌いになってくれたらどれだけ楽かと少しだけ期待する。
きちんとその場に溶け込んで、言われた事はしっかりこなす。
大丈夫、自分を守る方法は知っている。
だから、私は大丈夫。




