すてきなホリデイ
街に出て早々に、近藤さんと鉢合わせた。
「お出掛けかい?」
「クリスマスプレゼントを買いに行くんです。内緒ですよ」
「そりゃあいいなあ」
「男の人って、何をあげたら喜びますか?」
「さあな。頭にリボンでも付けときゃいいんじゃねえの?」
「聞く人を間違えました」
「へいへい」
年の近い男性ならば良いヒントをくれそうだと思ったのに、一番頼りにならない人だった。
十二月の始め、ソレイユにもやっとクリスマスツリーが設置された。
私が行った時にはもう飾り付けも終わり、立派に仕上がって居たのだが、最後の仕上げ用に私もクリスマスカードを作った。
作ったと言っても、もう決められたデザインの小さな封筒付きのカードに、自分の名前を書くだけだ。
それはソレイユの恒例行事で、カードは無記名の封筒に戻されてツリーに飾られる。
その中身の分からないカードを住人達は一人一枚ずつ無作為に選び、中のカードに書かれた名前の人宛にプレゼントを用意するという遊びだ。
誰が誰に贈るかは、当日までのお楽しみとして秘密にしなければならない。
まさか毎週末こんなに人の目を離れず入り浸るとも思って居なくて、そして毎度送り迎えに人が付くとも思って居なくて、ぼんやり構えて居る間に、気が付けばパーティはもう来週に迫っている。
金額の指定どころか、わざわざ購入する必要も無い歌やお手紙だって良いらしいが、どうせなら箱に入れてリボンをかけられるものが良いと考えていた。
私が選んだのは、マスターのカードだった。
プレゼントなどこれまで全くと言っていい程無縁で、自分の誕生日プレゼントにも満足した事のない私には、最早これは試練だった。
クリスマスプレゼント、年上、目上、と調べたくても、こればっかりは正解を書いた教科書が無い。
好きなものは本とお茶と動物。
マイペースで、常に穏やかだけど意外とお茶目。
日曜日は休日と決めて居るらしく、主に部屋かリビングで本を読んだり映画を観たりして過ごしている。
音楽に関しては、ソレイユにある楽器はほとんど扱うことができて、ピアノとギターは人に教えられるほどの腕前であることは分かっている。
私の知るマスターという人物を悶々と頭に浮かべ、何が良いかと考える作業はこれまで何度もして来たが、やはり「これ」と言うものは今日の今日まで見つからなかった。
贈るのならば喜んで欲しい、手先が器用で、壊れても直して使う物持ちの良いマスターの事だから、せっかくなら少し値が張ってでも良いものが良い。
本屋と紅茶の専門店はこれまで何度か覗いたが、めぼしいものは見当たらず、ティーセットなども探したけれど、カップやグラスは店にたくさんあるのでどうも気が乗らず、躓いた私は、助言を求めてマスター行きつけのアンティークショップへ向かった。
店主はもう私の顔をすっかり覚え、挨拶をするなり座らされてお茶を出され、ついさっきティファニーさんとリュウが来てあれやこれを買っていったとか、エルメスがどれを欲しがっていたとか、聞いても居ないのに一人で喋りはじめた。
私はにこにこと話を聞き、店の中を少しだけ見て、早々に退散した。
お店の雰囲気も好きだし、店主もとても良い人で、良さげな物もあったのだが、秘密を共有するには少々不向きであった。
しかし良い収穫もあった。
お洒落な店主は今日もお気に入りのシャツに革のベストだったが、使い込んで味の出たハットや、ストールに付けたカメオブローチがとても格好良く決まって居た。
私の思い浮かべるマスターも、夏でも休日でも白いシャツを着てなにかしらのタイを付け、いつも身綺麗にして居る人だから、そういうシャツによく合う小物はどうだろうと考えて次の行き先を決める。
こうしていざ目的を持って歩いてみると、男性向けのお店は女性向けよりずっと少なく、目に入る所にあるのは若者向けのカジュアルなお店ばかりで、店を選ぶのも一苦労だ。
ブランドショップや百貨店の紳士服コーナーはビジネス色が濃くてイメージと違ったし、シルバーアクセサリーの店では、男性用のコーナーを見ていたせいか、一人で行ったのにペアリングをゴリ押しされた。
薄暗くなり始めてしまった街の中、私は最後の望みをかけて「マリアンナ」へ走った。
基本的にはドレスがメインだけれど、上品でお洒落な男性用の商品もいくつか置いてあったはずだ。
ティファニーさんが出入りする事は分かって居るが、それ故に口の固さは信頼できる。
そっとドアを開けると、すぐに青柳さんが出迎えてくれた。
一人で来たことを確認し、正直に男性用のクリスマスプレゼントをこっそり探しに来た事を告げると、打ち合わせ用の個室へ案内してくれた。
私はなるべく詳しくマスターの事を話し、予算や雰囲気などの希望を伝えると、青柳さんはすぐに候補をいくつも揃えてくれ、温かいハーブティとビスケットを頂きながら、ゆっくり選ぶ事が出来た。
青柳さんもまたセンスがいい。
青柳さんは自身もここのドレスの大ファンで、好きが高じて社員にまでなってしまったらしいが、それを見て感じ取れる程、マリアンナに対する熱意と愛情と敬意が凄かった。
私が最初に希望したネクタイやネクタイピンはもちろん、私の説明で想像しただけのマスターなのに、本当によく似合いそうな帽子やストールなども出して来てくれた。
自信を持って勧められるものを、自信を持って出して来る。
その自信は私の安心にもなり、どれでも良いと言ってしまいそうなほどどれも良くて、本気で悩んだ。
「どうしましょう。私プレゼント選ぶの初めてなんです。決め手ってなんでしょうか」
「お嬢様が気に入ったものを。こんなに一生懸命選んで頂いた物ならば、きっと大切にして下さいます」
そう背中を押され、私は自分が気に入って尚選べなかった帽子とリボンタイを、少しおまけしてもらって両方買った。
要望通り箱に入れ、リボンを選び、ラッピングの仕方まで指定して、予定よりだいぶ大きくなってしまった紙袋は、当日取りに来る約束で預かってもらえる事になった。
カードの封筒に宛名を書き直し、中のカードにはメッセージを書くルールだが、その文言を考えるのさえ手伝ってもらい、帰る頃にはすっかり暗くなってしまった。
「気に入ってくれるといいな」
「きっと喜んで受け取って下さいます」
「せっかくなら使って欲しいです」
「お伝えしておきます」
口を滑らせた青柳さんは、視線を逸らして口を押さえた。
「世の中には、あまりの嬉しさに「勿体無くてリボンが解けない」と、貰ったままビニールに入れて持ち歩く人もごく稀にいらっしゃいますので……」
「そうですか」
ごく稀なるその人は、私もよく知る人だろう。
私がわざと触れた事を察して、わざと口を滑らせたのだ。
会いたくなって、お世話になった青柳さんに深く深く頭を下げ、家路を急ぐ。
賑やかさを増すクリスマス前のキラキラした街に、これまでに無い程私は溶け込めた。
誰かの為に何かをしたいと思う、大好きな人にプレゼントを選ぶ、それはとても幸せなことで、優しい秘密と楽しげな約束、胸に秘めた想いまで、街行く誰かと重なった。
クリスマス、世間が騒いで盛り上がるその気持ちが、私にもやっと分かる日が来た。
ウキウキする音楽と弾む気持ちに素直に身を任せていたら、近藤さんを見つけた。
足音や気配には充分気を付けたつもりだったが、流石というか、すぐに気付かれてしまった。
「おう、アンナちゃん。良いもん見つかったかい?」
「素敵なリボンを買ってきました」
「そりゃ良いや」
「びっくりさせたいので、内緒ですよ」
「はいよ」
正直に伝えると、呑気なおじさんは呑気に答えただけで、これからソレイユに向かう所だというのでお供させてもらった。
マスターとは長い付き合いであるという近藤さんに、マスターに何かあげたいと聞いてみたが「何でも良いんじゃねえの」と答え合わせにもならない返事をされた。
得意気に紅茶と本が好きだと教えてくれたが、そんな事はみんな知っているのでますますあてにならなかったけれど、余計なことを上手に言わない彼は大人だと思った。
「マスターって嫌いなものあるんですか?苦手なものとか、怖いものとか」
「今はもうだいぶ丸くなったから、あんまり聞かねえなあ」
「昔はとんがってたみたい」
「おう、みんなそうだよ。年取るうちに色々分かって、上手に受け流せるようになるんさ。俺だって嫌われてたんだよ」
なんとなく聞いてみたのに、すごい返事が返ってきてしまった。
にわかに信じがたいが、二人はかつて拳で語り合う仲だったらしく、ただそれを乗り越えた今だからこそ大切に思えるんだと、そんな事まで照れもせずに答えてくれた。
どんなに大きな喧嘩をしたって、現行犯でも無ければ逮捕もされず、被害者が名乗り出なければ事件にもならない。
だから、一方的に傷付いた時はちゃんと言いなさい、危ないと感じたらその瞬間に声をあげなさい、一人で抱え込んで傷付くくらいなら、周りの大人全部巻き込んで大事にしなさい。
「そうしたら、おじさんたちも全力で動けるから」
当たり前だけど、正義の味方を気取ったこの人もまた私の味方である事を知って、少し好きになった。




