She's A Lady
ついこの間まで半袖で過ごせたと言うのに、夏はあっと言う間に過ぎて秋はやって来る。
そして雪の降り始めが早いこの街の秋は、驚くほど短い。
久しぶりにやって来た街の中、見る間も無く散ってしまった紅葉が、硬いアスファルトの上を乾いた音を立てて滑っては足元に纏わり付くので、私はそれを避けながら弾むようにかかとを鳴らして歩く。
今日の行き先はもう決まっているが、何かお土産を買いたくてぐるりと街を見渡した。
チョコレートはもう持って行ってしまったし、洋菓子やコーヒー・紅茶の類は店でこだわりの物を出しているからどうだろう。
どっちへ行こうか。
考えていたのはただそれだけなのに、視界の端に目立つ物が入った。
真っ黒い上下、癖毛、細身で長身の男性が一人、時計やら携帯電話やらを見ては、そわそわしている。
目立ってはいるが、怪しさは無く、悪い雰囲気も近寄り難い匂いも全く無い。
寒いのか背中が丸まっていて、二人組のおじさん(多分〝おまわりさん〟)に声をかけられると、見せつけるように目を見開いて、日本語がわからないフリをしていた。
良かった、生きてた。
ひとしきり会話をした後とぼとぼと歩き出したので、私はその背中を追いかけることにした。
コンビニで缶コーヒーを買い、それを片手に入り口で一服し、小さな商店を覗いて歩いて行く。
花屋で一度立ち止まり、しばらく眺めて居たが、店員に声をかけられると逃げて行った。
そういえば私と話す時さえどぎまぎしていたような人だ。
街の中も、まだ慣れないのかもしれない。
またしばらく行くと、今度は和菓子屋の前で立ち止まった。
ガラス越しに中を見ていたが、中から女子の集団が出てくるとやっぱりそれに合わせて逃げて行った。
そんなに逃げてばかりいるから怪しまれることに気が付いていないのか、今度は制服を着たおまわりさんを見かけただけで逃げて行った。
着るものに気をつければいいだけのに、そういえばそういう気の遣い方も知らなかったんだっけ。
うっかり噴き出してしまって、今度は私が通行人に怪しまれた。
ブランド物のセレクトショップの前に来ると、ここは迷わず中へ入って店員に自ら挨拶をし、BVLGARI、PRADA、DIOR、そしてTiffanyを、それはそれは念入りに眺めていた。
着いて来れば、誰かの好きなものにありつけるかと思ったけれど、ここまで来てしまってはお土産のレベルを超えている。
私は尾行を中断し、先程眺めていた和菓子屋で、おつまみにもおすすめだという甘塩っぱい焼き菓子を買った。
花屋の店先にはポインセチアが並んでいた。
冬はもう、すぐそこまで来ている。
見た目は温かそうでも、目の広いニットにあまり防寒の要素は無い。
風が冷たくて、今日も「コートはまだ早い気がする」という理由でこんな格好を選んでしまった事を後悔しながら、小さな古着屋で大判のストールを買った。
ほんの数分の寄り道のはずだったが、駅前に戻ると来た時と同じところで同じ人が同じ動きをして居た。
そわそわと辺りを見回し、人の視線を感じると時計や地面に気を逸らす。
見つけたいのか見つかりたく無いのか、面白がって遠巻きに眺めながら、わざとらしく近付いて視界に入り込むと、一度大きく目を見開いてすぐに顔がふわりとほどけた。
「こんにちは」
「こんにちは。待ち合わせ?」
「ティファニーの命令。良かった会えて」
へらへらと表情を緩ませながら何を言い出すのかと思えば、とんでも無い事だった。
「ティファニーさんが、なんて?」
「今日はアンナが来るから迎えに行って来いて」
「私を待ってたの?」
「うん」
にこにこと、リュウは答える。
私が今日ここに来る事はルイに伝えてあったので、当然ティファニーさんにも伝わって居るだろうとは思っていたが、まさか迎えを寄越されるとは思っていなかった。
むしろ「行けたら行く」くらいの軽い気持ちで、ギターを取りに行くという名目なので、用件なんてその気になれば数分で終わる事。
それが何時かなんて見当も付かない筈だ。
「いつから居たの?」
「さっき来たとこ」
「嘘。私一本前のバスで来た時もう居たもん」
「え、ごめん!」
何故謝るのか全く理解出来ない私を差し置いて、リュウは眉をハの字に下げて目を細めた。
かける言葉も見つからない。
救い様が無い。
ティファニーさんの罰か、意地悪か、その区別さえつかないのかもしれない。
まさかこの馬鹿、言われた通り始発からああして一本一本の合間に散歩をしながら、全部のバスの発着を待って居たなんて言わないよね。
私が夜まで来なかったらどうしていたんだろうか。
考えてぞっとした。
「ごめんなさい。まさか待ってるなんて思わなくて……本当にごめんなさい。寒くなかった?」
「全然」
嘘が下手な癖に、嘘ばかり言う。
当の本人はご主人様の命令をしっかり聞けてご機嫌なのだろう、にこにこしたまま手を差し出すのでそっと重ねると、やっぱり冷たかった。
ソレイユに着いたら、まずティファニーさんに「もうリュウをお使いに出すのはやめてくれ」と、頭を下げて頼まなくてはならないと、強く心に決めた。
そうしないと、いつか彼は私のせいで死ぬ。




