少女A
日曜日、緊急連絡網で学校から各家庭に「生徒は不用意な外出を控え、やむを得ない事情がある場合は必ず大人と行動するように」という御触れが出された。
知らなかった事にして無視する事も出来たが、一歩街に出れば教師の目が光っている事は確実だ。
そこで、ただでさえ朝帰りをしていた私は無闇に出歩くことを避け、貴重な休日を家で大人しく過ごした訳だが、月曜日には正式に「生徒だけでの外出禁止命令」が決定してしまった。
原因は『中学生がカラーギャングに狙われ、事故により重傷を負った』という大事件だった。
街にのさばる仲良しカラーギャングたちが、昨今急激に狂暴化して来ていたことは話題になっていた。
喧嘩や暴走行為に限らず、窃盗や恐喝、そして幼さゆえに、ただ迷惑をかける事を目的として無関係な人を巻き込んだり、行き過ぎた危険行動を取ったり〝イタズラ〟を通り越した〝事件〟を次々起こし、警察も手を焼いていた。
今回の事件もそのカラーギャングによるものに間違いは無いのだが、犯人は未だ捕まっていないらしい。
塾帰りの男子中学生がいきなり二人乗りのバイクに引き摺り回されたと聞けば、学校は黙っていられない訳で、登下校時の注意だけでなく休日の過ごし方までも口出しし、生徒の安全を守るために尽力せねばなるまい。
夕方から夜にかけて街の警備は一層厳しくなり、通学路は目角を立てて肩に力を入れた保護者や教師、時に警察官らが哨戒する。
男子も女子も関係なく、我々は守られるべき〝学生〟というご身分についているのだと再認識させられる。
つくづく迷惑な話である。
そんな月曜日に、顔面に大きな絆創膏をつけて登校した私は、生まれて初めて担任に呼び出されるという体験をした。
私は堂々「大掃除中に負傷した」と嘘をついたが、担任は軽く注意を促すだけで、それ以上触れなかった。
ただでさえ緊張が高まっている中、「特徴が無いことが特徴」だったような生徒がいきなり目を引く外見で登校して来たら、そりゃあ詳細を聞きたくもなるだろう。
中身は私のままなので、怪我の理由が明らかになった火曜日には元通りの学校生活を送ることができた。
時間とお金をかけてわざわざ街へ出なければ、ギャングになど遭遇もしないのが田舎のいい所だ。
予防策は明らかになっている訳だし、無関係で無邪気な中学生達は事件の事を、まるで遠い異国の事のように思うだけで、水曜日にはほとんど話題にのぼらなくなった。
関わらなければ、そんなものだ。
関わっていなければ。
関わってしまっていた私だけは、どんなに忘れたくて紛れたくても、どうしても一線を画していた。
更にこちらはこちらで、新たな問題を抱えていた。
ああ、関わらなければ。
私の携帯電話はあれから毎日、鳴っていた。
番号やアドレスが時々変わっていたけれど、おおよそ同一人物からの連絡で履歴が埋まっていた。
軽率に連絡先を教えた事を後悔した。
メールは先日のお礼だけ返して基本読むだけ、電話は完全に無視していたのだが、水曜日になってついに「お前の悪事は暴かれた」と物々しい脅迫文が送られて来た。
こんな幼稚な策にひっかかる私では無いが「リュウが全部吐いたぞ」と追加され、土曜の夜の私の痴態をつらつらと文章で送りつけられては流石に黙っているのも限界だった。
「なんでそうなった」
「気が付いたらベッドの上だったんだよ」
「そうか。とにかく、二度とすんなよ? あと、ティファニーには絶対言うな」
「分かってるよ」
水曜日の夜。
電話越しに、すぐに電話に出なかったことと、一晩無断で外泊した事を、たった一度夕食を共にしただけの赤の他人に怒られた。
そんなことは当事者同士でもう話し合われているというのに、生意気な部外者はどこにでもいる。
黙っていたのに怒られて、黙っていろと怒られる。
全く世の中理不尽だ。
リュウの家でピアノを聴いた土曜日、その後の記憶がよく分からないまま朝を迎えると、私はベッドの上に居た。
ふかふかの天蓋付きでも無ければ、マットレスを気持ち程度のすのこに直置きしただけの自分の物でもない、リュウの部屋の、リュウのベッドだった。
恥じらいも何もあったもんじゃない。
布団の中で靴下を脱ぎ、掛布団をくしゃくしゃに丸めて抱き枕にし、余ったところで頭の高さを調節する太平楽っぷりだった。
聞くところによると私はあの後……つまり自分からねだって弾かせたピアノを聴いている最中に、いきなり倒れたらしい。
すぐ側にリュウがいてくれたお陰で、椅子から転がり落ちて怪我を増やす失態は免れたものの、人様の寝床を占領し、半分口を開けてニヤつきながら時々寝言を吐いていた事まで教えられて、しにたくなった。
そんな私の様子を淡々と語るリュウは、言い付け通り目を離さないように、一晩中起きて見張っていたそうだ。
馬鹿なのかと聞いたら、よく言われると不思議がっていた。
その後リュウは、赤くなった目をこすりながら私を自宅最寄りのバス停まで送り届けてくれた。
もちろん何度か断ったが、聞いてやらなければ泣き出してしまいそうな困った顔をするので、素直に任せるしか無かった。
遠慮や謙遜といった日本の文化は彼に通じない。
その徹底ぶりは、愚直という言葉がよく似合う、なんとも忠実な僕であった。
「ティファニーには内緒やで」と、先に向こうから釘を刺されていた。
それからルイにも内緒と。
リュウ曰く「口が軽くて嘘が下手な上に女の子に弱いから」だそうだ。
バレたら多分殺されてしまうとまで言ったので、私は素直に「無視」という形で黙っていたのに、なぜかこうしてバレてしまった。
どんな拷問を受けたのか。
もう殺されてしまったのだろうか。
まあ、そんなはずはあるまい。
こうして、この「夜間徘徊+無断外泊+犯罪では無いが人としてどうかと思う迷惑行為」の一件は、私とリュウとルイ、三人だけの秘密という事になった。
「ギターどうする?」
「預かっていて貰える?しばらく行けないと思うから」
「別にいいけど、必要ならオレ届けてやるよ」
「絶対やだ。ルイはやだ。」
「どう言う意味だ」
家まで教えてなるものか。
それすらも、彼らの手にかかれば悪びれなく共有されてしまいそうだ。




