My romance
「散らかってますけど」と、申し訳なさそうに案内された一階の一番奥の部屋。
ドアの向こうの玄関は、ひとつひとつがやたら大きい靴のせいで半畳ほどのたたきは埋まってしまい、申し訳程度の靴箱の上には今使っていた上着やヘルメットが投げられて、一面真っ黒になってしまっていた。
しかしぎゅうぎゅうの玄関を抜けてしまえば、真横に位置するキッチンには飾りの様なぴかぴかのヤカンがひとつあるだけで、その他は使われた形跡も無く、通された部屋の中も予想通りがらんとしていて、開けっぱなしのクローゼットや起きてそのままの形になっている布団など気は抜けているが、どこを見てもやたらと物が少なくて、家具を除けばトランクひとつに荷物が纏まってしまいそうだ。
引っ越して来たばかりだろうか。
それとも仮の住まいだろうか。
これを“散らかっている”とするのなら、私の部屋など人の住む場所では無いのではないか。
「リュウさんて、ソレイユに住んでいらっしゃる訳では無いんですね」
「リュウさん?」
「ああ、ごめんなさい。なんて呼んだら良いか……」
「あ……リュウです。はい。あの、そのまま呼び捨てで良いので」
今更過ぎる会話。
そうか、私達は、自己紹介すらしていなかった。
何も知らないまま、平気でのこのこと、また他人様の家まで着いて来てしまった。
彼は人に慣れるまで、本来なら随分と時間のかかるタイプの人で、さらに心の汲み方や言葉の選び方がとても苦手な上に、思った事をそのままの意味で伝える事や受け取る事の出来ない残念な所がある。
普段から常用しているのは日本国関西圏の訛りなのに、私に対してこれまで一生懸命に、標準語の敬語を使おうとしてくれたせいで、それは更にややこしさを増してうまくものが言えなかったようだ。
それに気が付いてから、話しやすい言葉で良いからと促すと、ぽつぽつと一連の経緯を話してくれた。
まず、リュウは今まで、私の口調が砕けないことや、店には来るのに自分には接してくれないこと、そして警戒心を剥き出しにして距離を縮められないことに対し、自分が怖がられているか嫌われているか、私が怒っているんだと思っていたらしい。
以前私が自身の体調を伝える為に吐いた「気持ち悪い」を自分に対する言葉だと受け取って傷付いていたし、まともに挨拶も会話もできないまま、先日雨の中走らせて帰してしまったのを最後に会えなくなったことで、彼の後悔は一層重いものとなっていた。
ティファニーさんと買い物に行った日に見つかって逃げたことは、接点となったあそこにいれば、また私が声をかけて来るかもしれないと希望を持って、弁解のために実はあれから連日ああして待って居たのだが、ティファニーさんが一緒だった事で「怒られる」と思ったんだそうだ。
「気持ち悪いから辞めさせろ」と、私がティファニーさんにお願いして連れて行ったと思い込んでいたらしいので、救いようが無い。
どうやら、本来はこういう人らしい。
真面目で律儀だが、臆病でネガティブ。
頭で考える事が多すぎて人の話をまともに聞かず、時々パンクすると口からぶつぶつ出てしまう。
周囲への注意力が散漫になって、よくドジを踏んではネガティブ思考に拍車がかかる負のスパイラル。
信頼する人間の言う事だけは死んでも守ろうとする忠誠心で自我を保っているのではないだろうか。
黒い服ばかり身につけているのも、トランクひとつでこの街にやって来てから、そこに収まる服しか持っていないから着ているだけ。
着るものにこだわりがないのもあるが、そもそもカラーギャングだ何だと言われ出したのもここ一年程度の話であり、ティファニーさんをはじめ周囲の人間は大袈裟に黒を避けたりもしないものだから、こうして不安がるまで気にも留めていなかった。
そもそも黒なんてありふれた色、大人になればなるほど避けるほうが難しい。
酷く意識してびくびくするのは、自分で自分の身を守る事ができない子どもばかりなのだ。
それぞれこれまでの失礼を詫びたけれども、私がリュウの話を聞いて返す言葉もなかったように、リュウも私の無礼など全て「ええよ、そんなこと」で終わらせてしまった。
お互いにどうでもいいことを気にしすぎていたようで、「あいこ」で笑いあうことができた。
少なくとも私に対しては、とりあえずお近付きになりたい気持ちは汲み取れて安心した。
それに、わからない事を必要以上に怖がったり、怒られたくないのに隠し事をしてみたり、そういう子供みたいな所に自分との共通点を見つけて、親近感が生まれた。
可笑しいねって笑いかけるとへらへら返してくれた。
私が笑えばリュウが笑ってくれる。
私が言葉に親しみを込めれば、リュウの言葉も自然と解れた。
こんなに臆病でネガティブなのに、初めましてのあの朝あんなに人懐こく笑ってくれたのは、きっと私が笑いかけていたんだろうと、気が付いた。
リュウは私を変わらず「アンナ」と呼んでくれて、私がためらいなく「リュウ」と呼ぶことを喜んでくれた。
私は、それが嬉しかった。




