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それから、しばらく何もかも忘れて過ごしていたものの、私は懲りもせず街へ出た。
壊れたまま弾かなくなったギターが、いつまでも目に付くところにあると気に病むので、この際売り飛ばしてやろうと半ばやけくそでやって来た。
何年経っていようと、本人は煙になって上ってしまっていようと、これはあくまで祖父の遺品である。
そのまま捨てるのは気が引ける、どうせなら必要だと思う人の手元にあって欲しい。
そんな雀の涙ほどの良心が私にもあった。
別にわざわざ街に出ずとも良いじゃないかと思う人は知らないのだろう、中心市街地に出ないとそんな事さえ出来ないのが田舎というものなのである。
そして勇んでやって来たは良いものの、リサイクルショップでは「十八歳に満たない」と言う理由から買取をお断りされた。
そんなことさえ初めて知った。
知らないと言うことは恐ろしい。
恥ずかしい思いをした私は、到着早々しにたくなった。
音楽なんて、特別好きでも無ければ得意でも無いし、成績だって「3」だ。
先日終わった文化祭での合唱発表も、最後だからと燃える人と一生懸命が格好悪いと思っている人の中間くらいで中間くらいの事をして乗り切った。
そう言ったやる気が見えないからこその「3」なのだろうけど、曖昧な真ん中が私の定位置なのだからそれで良い。
考えを改めて、あのお気に入りのアンティークショップへ行ってみた。
私のギターも、骨董品とまではいかないだろうが充分古い物である事は確かであり、以前古い音楽雑誌を客から買い取っている光景を見たことがあった。
店も小さく、店主はお喋りで適当で気立ての良い感じだし、お金にならずとも引き取ってくれるかも知れないと寄ってみたのだ。
「これは、あなたの物?」
牛乳瓶の底みたいな眼鏡で店主は興味深そうにギターを見ていた。
「私の物です。亡くなった祖父から頂きました」
拾ったか盗んだか、そう疑われたのだと思って、少し冷たい態度で返すと店主は慌て弁解した。
「じゃあ、ダメだよ。なおさらダメだ、貰えない。いやね、これ、まず直さなくちゃいけないよ。すぐにでも。今だったらまだ間に合うかな?さっき修理工を帰しちまったんだが、呼べばすぐ来てくれるからさ。預かってもいい。直そう。大丈夫、まだ大丈夫だ。綺麗にしてあげよう。びっくりする程美人になるよ」
満面の笑みで、眺めては撫でる。
人じゃ無いのに「美人」という言葉を使い、まるでその古いギターに、魂が宿っているかのような物言いだった。
ゴミよりはちょっと良いくらいの位置にいたギターが、たったそれだけで急に自分の価値を見出して、得意気に光ってみせた。
家を出たのは昼過ぎだったので、景色はとうに夕方へと変わっていた。
夏の終わり、秋の始まりは、朝晩の冷えた風が心地よい。
暑い夏が残したものは、もうずいぶんと数の減った蝉の声くらいだった。
一人で歩いているつもりだった街の中、重たくて手のかかるお荷物が、今日は私の隣を守ってくれていた。
あれだけ推されても、私はギターを預けて来なかった。
弦を張り替えるくらいなら大した額では無いけれど、修理をするとなると箇所や程度に応じて料金はもちろん高くなる。
最初はお金になれば幸いと思っていたのに、まさかタダであげることも出来ずに、ましてや修理代を出さなければならないだなんて、価値の分からない私にはその投資にどうも踏み切れなかった。
全くもって、知識が無いと言うのは不便である。
どこへ行って、誰に聞けば、私が分かるように教えてくれるのだろう。
靴も直せるあの器用なマスターならば、ギターの手入れも出来るだろうか。
ふと、工具だらけの音楽室の一角と、そこで作業をする優しい背中の光景が、見たこともないのに頭に浮かんで消えた。
その時だった。
私が角を曲がると、反対側の角の向こうから悲鳴が上がった。
目を凝らすまでも無く、細い道の真ん中を、黒い二人乗りのバイクがけたたましいエンジン音を響かせてこちらに向かって来ていた。
しかし明らかに、様子がおかしい。
二人乗りにしたって影が大きく、想像よりずっと遅く、爆音に紛れておかしな音がする。
気が付いた瞬間、ハッと吸い込んだ息が喉を冷やした。
目に入った恐ろしい光景に、体が疎む。
なんとその車体の向こうには、小さな少年がぶら下がって引き摺られていた。
バイクは止まらず、少年の生死は分からない。
当事者からは、どちらの声も聞こえない。
離してよ。
祈る様に呟けど、大きなエンジンの音で自分でさえも聞き取ることのできない反撃は届くはずも無く、視界が揺れた。
私何をしているんだろう。
そう強く思ったのは、そこに居た誰よりも私の方だろう。
気が付けば、お腹の底から遠くまでよく響く大きな声で叫びながら道の真ん中に踊り出て、バイクへ向かって真正面から立ち向かっていた。
手放すタイミングを逃したギターケースは目一杯頭の上に振りかざされ、錆びた金具が夕日を反射して、オレンジ色の閃光がフルフェイスのヘルメットを狙う。
その奇妙な光景に怖気付いたのか、ただ諦めたのか、バイクは少年をその場に落として私の真横をすり抜けて行き、行き場の無くなった力は有り余って、物理の法則に則った私と相棒は地面を派手に転がった。




