第5話 熊の意識と人間の常識
今日はテストとか聞いていたけれど、テストって何なんだろう。
疑問に思っていたけど、実際に受けてみてわかった。紙に書いてある問題っていうのを解いて、こっちの別の紙に答えを書けばいいんだ。
でも、人間ってなんでこんなことをするんだろうな。よく分かんないや。
神様はこれが人間にとっては重要なことだって言っていたけれど、私にはまだ理解できなかった。
わかんないけど、なんかよく分かるからこのシャープペンシルとかいうやつで答えを書いていった。
そうして、無事に朝の時間を乗り越える。なんかみんないい匂いをさせながら何かを広げている。
ああ、これがお昼ってやつなんだね。
神様が作ってくれたお弁当があるから、私も……って、あれ?
私は持ってきていたはずのお弁当がないことに気が付いた。あれれ、どこいったんだろう。
おかしいな。ちゃんと持って出てきたはずなのに、どうして……。
私はものすごく困ってしまった。
こうなったら、探すしかない。私の熊パワーでお弁当を見つけ出すのよ。
「あれっ、輪熊さん、どうしたの?」
「あっ、ちょっとね」
同じ教室にいる人間に話しかけられたけど、私はひとまずごまかして、鼻をひくつかせながら教室の外へと向かっていく。
私の鼻は、私と神様のにおいの混ざったものをしっかりと感じ取っている。そのにおいをたどっていくと、そこは鴨太くんのクラスだった。
(もしかして、今朝のやり取りの中で落としちゃったのかな?)
私は朝のことを思い出す。
陽太君の乗った自転車と私がぶつかってしまい、ちょっと問題になりかけたことがあった。どうやら私は、その時にうっかりお弁当を落としてしまったらしい。
「ごめんくださーい!」
私が大きな声を出すと、教室の中の人間たちが一斉に私の方を見る。
一斉に視線を向けられると、さすがにちょっと怖いかな。
私がちょっと怖がっていると、鴨太くんが近付いてくる。その手を見てみると、見覚えのある布が見える。
私のお弁当!
よかったぁ。やっぱり鴨太くんが持ってたんだ。私は食いっぱぐれずに済みそうだということで、ほっとしてしまう。
とても嬉しかった私は、つい嬉しくて、口を開くたびにありがとうと言ってしまった。
鴨太君からお弁当を返してもらうと、私は照れくさくなって自分の教室へと戻っていった。
無事にお弁当が自分の手に戻ってきて、私はどうにか午後からのテストも乗り切った。多分、大体できていると思う。
自分で得た知識じゃないけれど、最低限のことを教えてくれた神様には一応感謝しておこう。
「ただいま~」
テストを終えた私は、家に戻ってくる。
「おかえり、月乃。どうだったかな、テストは」
「まあまあかな。人間のやることってわからなすぎるよ。なんであんなことを覚えるのかな」
「そりゃまあ、どこかで必要になるからだよ。人によってはまったく使わないかもしれないけれど、覚えておくと便利だから、みんな学ぶのだよ」
「ふーん」
神様が一生懸命説明をしてくれるけれど、私に理解はちょっと難しかった。とりあえず、そんな感じでさらりと流しておく。
「あっ、神様」
「なにかな、月乃」
「お弁当おいしかったよ。ありがとう」
「このくらい普通というものだ。それよりもだね……」
私がにこやかに空になったお弁当を渡しているのに、神様はなんだか怖い顔で迫ってくる。一体どうしたのよ。
「まったく、素手でスピードの出ている自転車を止めた上に、そこにお弁当を忘れてくるとは何事ですか。すぐに察知して、周りに気付かれないようにしましたが、あなたが熊だということを周りに知られてはならないですよ」
どうやら朝のことらしい。
そういえば、私が飛び出して、鴨太くんの乗った自転車をぶつかったんだっけ。とっさに私が右手で受け止めたのでなんともなかったんだけど。あれ、そんなにまずかったのかぁ。
というか、やっぱりその時に私ってばお弁当を落としてたのね。うう、気をつけなきゃ。
「聞いているのかな、月乃」
「ひゃ、ひゃいっ!」
神様にものすごく凄まれてしまい、私は思わず飛び上がるように返事をしてしまう。こ、怖いよぅ……。
私が怖がっていると、神様は髪をかき上げながらため息をついている。
「まったく、人間になってまだ数日だからか、まだまだ常識に疎いところがあるのは分かるが、あんまりパワフルなところは見せないように気を付けておくれ。特に怪力はどういうことになるかわからないからね」
「き、気をつけます……」
神様に忠告を受けた私は、おとなしくその言葉に従うことにする。
せっかく助けてくれた鴨太くんとお近づきになれるんだもの。なんとしても、私の願いを叶えるんだ。
そりゃ、たった一回きりの出会いで好きになったなんて馬鹿げているかも知れない。でも、私のこの気持ちは本物だもの。なんとしても、鴨太くんと両想いになるんだからね。
そのためには、この人間の生活になんとしても慣れないと。いざという時以外は、熊の力が出ないように気をつけないよね。
空のお弁当を神様に渡した私は、荷物を置くために部屋へと戻っていく。
とりあえず、普通の人間は走る自転車を片手で止められない。うん、覚えた。
私が人間になり切るのは、まだちょっと難しそうだわ。




