第35話 いつもと違う夏
いよいよ夏休みが始まった。
稼ぎ時だと思って、俺はバイトをちょくちょく入れてある。ただ、親の扶養うんぬんとかいうやつのせいで、入れられる限界はあるんだがな。
で、普段の俺は結構引きこもりがちなんだが、夏休みの時期だけは、早朝に近所の公園へ行って、体操をすることにしている。
なんていうかな、これをずっと続けていると、だいぶ違うんだよな。
陰キャとかよく言われているが、俺は別に人付き合いが少々苦手なだけでそういうんじゃないんだよ。
「親父、おふくろ、今年も公園に行ってくる」
「行ってらっしゃい、みんなによろしく伝えておいてね」
「分かってるって」
俺はおふくろに伝言を頼まれると、近所の公園へと向かっていく。
公演へと続く道も、もう見慣れたもんだ。幼稚園の時からずっと欠かさずに通っているからな。
通り道には、いつものようにぶっさいくな猫が居座っている。野良猫なんだが、この辺りのボスなのか、実に堂々とした態度だ。見るからにふてぶてしいんだが、俺はこいつのことは気に入っている。
だけど、声をかけてもあくびをしながら無視されるだけなんだがな。どうやら猫にとっても、俺のことはアウトオブ眼中らしい。
そんな猫の姿を見ながら、俺は公園へとやって来る。
公演に集まってきている連中は、大体見慣れた連中ばかり……のはずだった。
「鴨太くんだ」
なんてこった。
高校に入った初日に付き合ってくれとかいってきた、あの変な女の姿があった。
家はこっちの方だっていうのは分かってたが、まさかこの公園に姿を見せるほどの近所だとは思ってなかったぜ。
くそぅ。プライベートな時間でも、俺はこいつから逃れられないのか。
ついでに、輪熊に声をかけられた関係で、小学生どももからかってきやがる。
やめろ。俺とこいつは付き合ってないし、大した知り合いでもありゃしないんだからな。
だが、ガキどもときたらからかうのをやめやしない。俺とこいつはそういう関係じゃないっていってるだろうがよ。
「私も鴨太くんと付き合っているのならいいんだけどね。今は私が一方的に好意をぶつけているだけだよ。ごめんね」
「そっかぁ、つまんねーな」
「お姉ちゃん、諦めないでね、応援してるから」
「うん、ありがとうね」
なんってこった。輪熊のやつは女子小学生を味方につけてしまったぞ。本当になんなんだよ、こいつは。
なんだか俺の分が悪くなってきたな。これじゃ、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「それじゃ、俺はもう帰るわ。涼しいうちに宿題を済ませておきたいしな」
「そっかぁ、残念。また会おうね、鴨太くん」
輪熊がまた会おうとか怖いことを言ってくるものだから、俺は特に答えることもなくとっとと家へと帰っていった。
「ただいま!」
「お帰り、鴨太。ちょっとどうしたのよ。手洗いうがいくらいしなさい」
俺は家に帰ると、いつもは寄る洗面台をスルーして自分の部屋に閉じこもった。
なんでこんなことになっているのか、俺自身もよく分からない。ただ、なんだかおかしいのは間違いない。
「くそっ……、俺は一体どうしちまったんだ」
俺は部屋の中で寝転んでいた。
いつもは迷惑だと思っている輪熊のやつが、今日に限ってはなんだか可愛く思えてしまったのだから。
とはいえ、今日の服装だってそこまでおしゃれだとかいうようなものじゃないんだがな。だというのに、なんでかそう思ってしまった。
俺は自分で自分の正気を疑った。
いつもの俺ならば、あいつのことはただの物好きだとか、なんか頭のおかしいやつだとか、そんな評価しかしないはずなんだ。
だというのに、今日のいあいつは色気も何もない格好だったというのに、そんな風に思ってしまったんだ。
もうだめだ、おしまいだ。
よりにもよって、今日はバイトの日じゃないし、どうやってこの雑念を払えばいいのだろうか。
「……やっぱり夏休みの宿題をするしかないな。うん、それしかない」
悩みに悩んだ結果、勉強に打ち込んで雑念を払うことにした。
どうにか気持ちを立て直した俺は、洗面所に行って手洗いうがいを済ませていく。
「ごちそうさま!」
朝食を食べ終わった俺は、とっとと自分の部屋へと再び引っ込んだ。
「ちょっと、鴨太。片付けくらいしていきなさい」
おふくろが何かを言っているものの、俺はそれどころじゃなかったので、完全におふくろの言葉は耳に入っていなかった。
まったくもってありえない。俺があの輪熊のことを気にするなんて絶対にありえない。
やたらと遭遇するわ、ないかと不思議な現象に出くわすわ。あいつといると俺の身がもたない気がする。
俺は輪熊に印象付けられてしまったことをすべて頭から振り払うかのように、夏休みの宿題に手を付けることにする。
どのみち今年も七月中に夏休みの宿題は終えるつもりだったんだ。いつもの夏休みとなんら変わりはない。
そうだよ。俺のいつもの生活をぽっと出の女にかき乱されてたまるかっていうんだ。
とにかく俺は、輪熊の亡霊を振り払うかのように、一心不乱に夏休みの宿題に取り組んだ。




