第3話 熊少女の目覚め
翌朝。
「ん……、まだ寝ていたい」
目に太陽の光が入ってまぶしい。起きそうになるけれど、私はまだ寝ていたかった。
「さあ、月乃。起きる時間だよ。人間生活二日目で、いきなり遅刻というのもいただけないだろ?」
「はっ!」
部屋にノックなしに神様が入ってくる。
神様が発した言葉を聞いて、私は一気に目が覚めた。
そうだった。今の私は熊じゃなくて人間、しかも高校生。学校というのに通わなければならなかった。
「寝相が悪いな、月乃は」
まだ少し寝ぼけている私は、自分の状態を確認する。
かぶって眠ったはずの布団はすべて床に落ちていて、服装は……。
「きゃああっ! エッチーッ!」
「熊のくせにすっかり人間の女みたいなことを、ぶべっ!」
次の瞬間、私は神様を殴っていた。熊の腕力で殴ったので、神様が壁に叩きつけられてめり込んでいる。
呼吸を乱しながら立っていた私だけど、次の瞬間に我に返って、目の前の惨劇に顔を青ざめさせた。
「ああ、ごめんなさい!」
「だ、大丈夫だ。この程度で、私は、死なぬ……」
目の間で壁にめり込みながら、神様が心配しないでといっている。いや、無理でしょう。神様を目の前に、私はあたふたとしている。
「そ、それよりも、私がこの状態の内にさっさと着替えるのだ。見ることは不可能だからな」
「は、はい……」
(本当に大丈夫かなぁ……)
返事をして、言うことに従う。ちらちらと視線を向けて心配しながら、私はできる限り急いで服を着替える。
数日前まで熊だったとはいえど、神様に人間の知識を与えてもらっているので、問題なく着替えられる。昨日も着替えられたもの、大丈夫、うん、大丈夫。
膝上の靴下を履いて、最後に頭の左右のお団子を作れば、着替え完了っと。
茶色いお団子だからってみたらし団子じゃないからね。これはあくまでも私の熊の耳を模したもの!
「神様、もう大丈夫ですよ」
「ああ、そうかい。よっこいせっと……」
壁にめり込んでいた神様が、ようやく壁から抜け出てくる。あれだけ激しくぶつかったのに、イケメンの顔はまったく崩れない。これがイケメンか。
「まったく、もう少し力を加減できるようにできないと、そのうち誰かが犠牲になるよ。人間として暮らすには、もうちょっとコントロールできるようにならないとね」
「気をつけます」
問題点を指摘されて、私はしゅんと沈み込んでしまう。
昨日も、鴨太くんの手をもう少しで複雑骨折させちゃうところだったものね。。本当に気をつけないと。
「今日はテストがあって、明日からは授業が始まる。ああ、あそこに今日のお弁当があるから、忘れるんじゃないよ。あと、傾けないように気を付けるんだよ」
「お弁当?」
お弁当というのは知っている。けれど、なんで必要なんだろうかと私は首を傾げてしまう。
「今日のテストはお昼をまたぐじゃないか。食事なしで一日やり切れるのかい? ただでさえ君はまだ熊の修正が残っているんだ。空腹で気性が荒くなって暴れたらどうする?」
「あぁ……。それはダメ」
神様に懸念を話されては、私はお弁当の重要性をしっかりと理解した。
確かに、自分が制御できなくなっては、最悪教室の中を血の海にしてしまう可能性だってある。そうなると、鴨太くんどころではなくなってしまう。
朝食を食べながら、私はぶんぶんと首を横に振っている。
「私、ちゃんと人間らしく振る舞って、きっと鴨太くんのことを振り向かせてみせる」
「うん、それだったら、ちゃんと今の生活にも慣れるんだよ。あと、学力は平均的なところより少し上くらいになるようにはしてあるから、今日のテストはあんまり苦戦しないだろう。熊というのはそこそこ頭のいい動物だからね」
「はい、頑張ってきますね」
お箸を使うにはまだまだ器用さが足りない私は、フォークを突き刺して朝食をしっかりと平らげた。人間の食べ物っておいしい。
山と違ってこれだけ潤沢に食べ物があるというのは、なんとも恵まれているなって思う。鴨太くんと出会った時の私は、冬眠明けだった上に、食べ物には困っていたもんなぁ。
「味わって食べているのもいいが、そろそろ出ないと学校に遅れてしまうぞ。距離があるから自転車を買ってあげたいところだが、今の君に乗りこなすのは厳しいだろう。しばらくは徒歩で頑張りなさい」
「うん、歩くの好きだもん。頑張る!」
神様が何かごちゃごちゃといっていたけれど、私は笑顔で返しておいた。
「ごちそうさま」
私は食事を終えて歯磨きを終わらせると、筆記用具などの入ったカバンと、神様が作ってくれたお弁当を持って玄関へと向かう。
座って白いスニーカーを履くと、くるりと神様の方に振り返る。
「それじゃ、行ってきますね」
「ああ、気を付けていってきなさい。くれぐれも人間離れしたことをしないように気をつけなさい。目立つと人間に追いかけられることになりますからね」
「ひっ……!」
追いかけられるという言葉を聞いて、私は思わず顔を引きつらせて悲鳴を上げてしまう。
鴨太くんと別れるきっかけになった、猟銃を持った人間たちのことを思い出したから。
もうあんな怖い目に遭いたくないもの。絶対におとなしくしていようと、私は心に誓う。
胸に手を当てて何度か深呼吸をした私は、改めて神様に挨拶をして、学校へと向かっていった。




