第2話 輪熊月乃
「ただいまー」
私は高校から家に帰って来た。
「おや、おかえり。どうだい、人間生活の初日は」
家の奥から、ちょっと顔立ちの整ったいわゆるイケメンと呼ばれる男性が顔を出してくる。
この人は、私の父親だと思うでしょうけれど、実際は違う。血のつながりなんてない赤の他人。親代わりとして私と一緒に暮らしている。
「そこそこかなぁ。あっ、そういえば彼に出会えたわ。あなた誰って反応をされちゃったけど」
「ははっ、それはそうだろう。その姿は君の本来の姿じゃないし、君本来の姿じゃ、こんな町中に出てくることは叶わない。私に感謝してもらいたいものだね」
「むぅ……。この姿にしてもらったことは感謝してますけど、自力でどうにかしろって言われてもなぁ。人間の生活なんて送ったことがないし、どこかでドジをしそうで怖い……」
私は男性と話をしながら、不安な気持ちが湧き上がってきてしまう。
「そのために、人間としての必要な知識は与えておいたんだ。後は君次第だよ、月乃」
「うん、分かった。とりあえず、服を着替えてくるね」
「ああ、もう少し話をしたら、食事の準備をしてあげるよ。ゆっくり着替えておいで」
男性との話を終えた私は、二階にある自分の部屋へと向かっていく。
部屋に戻ると、私は制服から私服へと着替える。
それにしても、人間の服装というのはなかなかに窮屈だわね。膝上まである靴下もそうだけど、この胸につけている下着だっけか、これも結構苦しい。元の姿の時にはこんなものは必要なかっただけに、私は人間の不便さを嫌というほど実感していた。
でも、こうしておかないと人間は生活できないので、私は我慢するしかなかった。
ブレザーという服装と、なんだか折り目がいっぱいあるスカートを脱いで、私はシンプルなシャツとスカートに着替える。こうやって見てみると、私のスタイルは割といいのかな。鏡というものの前で、私はちょっと気取ったポーズを取ってみる。
うん、可愛いわよね。
ちょっと自分の人間の姿に見とれてしまった私は、思わず足に力が入ってしまう。
めごっ!
力が入った瞬間、ものすごい音が響き渡った。
「うっひゃあ~っ?!」
私は奇妙な感触に思わず変な声を上げてしまう。おそるおそる足元を見てみると、右足が床を踏み抜いていた。それにしても、なんか変な音だったわね。
「大丈夫かい、月乃」
「う、うん。ちょっと、足が変なことになっただけ……」
私の足元の床の状態を見て、男性は呆れた顔をしている。
「あーあ、床を踏み抜いてしまったようだね。まだまだ君は人間になり切れていないようだ。だから、ちょっとした油断で、元の体の状態が飛び出てしまう。気をつけないと、それこそ悲惨な状態になるよ」
「き、気をつけます……」
私は、ものすごく落ち込みながら謝っている。
その目の前では、男性が床を不思議な力であっという間に元通りにしてしまっていた。
何度見てみても、この力は不思議なものだと思う。なにせ、私をこのような人間の姿に変えてしまったのだから。
―――
改めて、初めまして。
私は輪熊月乃といいます。
察しのいい方は、もうピンと来たかと思います。とんでもない力と頭のお団子髪からも、想像はつくでしょう。
私はツキノワグマです。
いや、私も例外に漏れず、恐ろしい熊ですよ、はい。フィクションのような熊なんているわけないじゃないですか。
ではなぜ、私がこのようになっているのかをお話しましょう。
きっかけは、私が今日告白をしてお相手である、浅葱鴨太くんですね。
それは今年の春先のこと、冬眠から目が覚めた私は山の中をさまよっていました。生まれてから一年の経った私はとにかく好奇心旺盛で、親熊からついつい離れてしまったんですよね。
その間にうっかり私は崖から滑り落ちてしまい、親熊とはぐれてしまいました。
ケガを負い、まだまだ幼い私は、森の中での生活は危険がいっぱいで生き延びれるかどうかわかりませんでした。
そこで出会ったのが、鴨太くんです。
当然ながら私は精一杯の威嚇をしますが、彼はなんと私に近付いてきました。熊ですから体は大きいですよ?
「君もぼっちか。俺と一緒だな」
警戒を強める私に対して、鴨太くんはそういって優しくしてくれました。ケガの手当てをしてくれたり、食事を与えてくれたり、世話をしてくれました。
まだ幼い私にとっては、まるで親のような感じを受けましたね。なので、私は彼についていこうとしました。だけど、熊である私がついていけるわけもなく、鉄砲を持った人間に追われて、そのまま森の中に逃げ戻りました。
けれど、私は鴨太くんを忘れられるわけもなく、また会いたいなと思うようになりました。
そこに現れたのが、今私がお世話になっている男性です。本人は神を名乗っていますが、何か胡散くさいです。
ですが、私が鴨太くんに再び会いたいと願うと、男性は私に向かってこう言いました。
「片思いの彼と両想いになれば、君は人間になれる。だが、それが叶わなかった時には熊の姿に戻り、そこで果てることになる。君に覚悟はあるかい?」
私は力強く頷きます。
私の決意を見た男性は、指を鳴らすことで私を人間の少女の姿に変えてしまったのです。
こうして、私、輪熊月乃は人間として生活することになったのです。
なんとしても、この恋を実らせるために、私はなんとしても鴨太くんを振り向かせてみせます!




