第27話 くまたいじ
私は、4時間のカラオケをなんとか乗り切った。
元が熊だから、人間の音楽なんて知るわけもない。だから、適当に合いの手を入れて乗り切ってみせた、人間の知識をくれた神様、ありがとう。
だけど、私が一曲も歌わなかったので、八高さんの友だちからは、白い目で見られている気がする。
「ごめんなさい。まさかまったく知らないとは思わなくって。もうちょっと普段から話を聞いておけばよかったわね」
誘った張本人である八高さんが謝ってくる。
なんだかこの状況はよくないなと感じたので、私は気にしてないからと両手と首を同時に振っている。
うん、私の方も人間に対しての調査不足だもん。こうなったら、次に誘われた時には、きちんと歌えるようになってみせるからね。
私は人間として生きていくつもりだから、心に強く誓う。
「私の方こそ、ごめんなさい。誘ってもらったのに、何にも知らなくてノリが悪くて。絶対次は一緒に歌えるようになってみせるから、また誘ってほしいな」
私は深く頭を下げた後、顔を上げてにっこりと微笑んだ。こうすると人間は大抵のことは許してくれるって、神様が言っていたもん。
うん、効果は抜群だ。
八高さんの友だちも、なんだか許してくれる雰囲気になってる。さっすが神様。
でも、その後の話で思ったよりも盛り上がっちゃった。そろそろ帰らないと、神様が心配しちゃう。
「あの、私、家族が心配するのでもう帰るね」
「あら、門限でも厳しいの?」
「う、うん。まあ、そんなところ……」
八高さんの友だちの一人に聞き返されて、私はそう答えておく。
そしたら、しょうがないかってわかってもらえた。
そんなわけで、人間生活で初めてのカラオケは苦いデビューとなってしまった。
八高さんたちと別れた私は、一人で歩いて帰っている。自転車に乗ってもいいんだけど、今は歩きたい気分なの。
そんな中、突然の悲鳴が聞こえてくる。それにこの気配は……。
(間違いない、同族だ!)
私は同族の気配を感じ取っていた。
まさか、山からそこそこ離れた場所に出てくるなんて思わないじゃない。
とにかく、熊が相手では人間は危険。あの金属の筒を持った人間でもないと、大変なことになっちゃう。
ついでに、私の縄張りに勝手に入ってくるな。
いろんな思いを抱えて、私は気配を察知した場所に、自転車を置き去りにして走っていく。
一生懸命走ってやってきた私は、今まさに熊に襲われそうになっている人間を見つける。
次の瞬間、しっかりと両足で踏み切って、熊へと向けて蹴りを繰り出す。
「ベアーキーックッ!!」
見事命中!
着地も決めた私は、熊に向かって指を差して言い放つ。
「ここは私の縄張り! よそ者は山にお帰りなさい!」
うん、決まった。
これで熊は大人しく帰ってくれるはず。
ところが、熊は逆上して私に襲いかかってきた。体が小さいから、勝てると思ったな?
そうはいかないわよ。
まだ子どもの熊だからって、舐めてくれるんじゃないわよーっ!
「危ないっ!」
ところが、私がやり返そうとした瞬間、誰かに突き飛ばされる。
「何やってるのよ、鴨太くん!」
それは鴨太くんだった。よく見ると、熊の一撃が肩をかすめている。
ちょっと、そういうケガは後で大変なことになるのに、何を考えているのよ。
同時に、鴨太くんを傷つけた熊に対して、私はものすごい殺気を向けてしまう。
「あなた、絶対に許さないわよ」
とても自分の口から出た声とは思えない。
低く威圧的な声は、熊を怯ませるには十分だった。
熊の方も、やられまいとして私に襲いかかってくる。
私に向けて振り下ろされた爪は、私には当たらない。そんな攻撃、当たるもんですか。
攻撃を交わした私は、渾身の右拳を、熊の眉間に叩き込んであげる。
「ベアーパーンチッ!」
見事な一撃が決まり、熊はよろめきながらその場に倒れ込んでしまう。
どうだ、恐れ入ったか。
無事に無礼な熊を静かにさせた私は、鴨太くんの方へと振り返る。
「大丈夫、鴨太くん」
私が心配して声をかけるも、鴨太くんは顔を青ざめさせながら、私を見ている。
「どうしたの? 傷が痛むの?」
「わ、輪熊、その右手……」
「右手?」
鴨太くんが震えながら私の右手を指差している。
私が右手へと視線を向けると、鴨太くんの反応の意味がわかってものすごく驚いてしまう。
そう、私の右手が熊の手に戻っていたのだ。
さっき、無礼な熊を懲らしめるために一撃を放った際に、元に戻ってしまったようだった。
私があたふたと慌てていると、景色が色を失う。これって、確か神様の……」
「まったく、何をしているのですか、月乃」
「神様!」
予想通り、神様が姿を見せた。
「ちょっと帰りが遅いと思ったら、こんなことになっていようとはね。熊騒動を無かったことにできるが、そうするかな?」
神様の様子がちょっと怖いんだけど、私はこくこくと何度も頷いておく。
神様はため息をついて能力を発動させると、鴨太くんの傷は消えたし、熊もどこかへと消えてしまった。これが神様の力なんだ。
「まったく、たったひと月で騒動を起こしすぎです。本当に彼と恋仲になって人間になるつもりがあるのですか」
「でも、今回のは不可抗力……」
「それでもです」
神様は私の言い訳をぴしゃりと切り捨てていた。うう、無慈悲……。
「あんまり、私に力を使わせないでください。いいですね」
「気をつけます……」
神様にこってりと怒られた私は、自転車を回収して神様と一緒に家に帰っていく。
ああ、人間って大変だなぁ……。
今日もまた学びと反省のあった私だった。




