第25話 カラオケボックスの怪
ゴールデンウィークに入った。
俺は高校生になったことをいいことに、アルバイトを始めてみた。
それは、家から少しだけ遠くのカラオケボックスだ。とはいえ、中学校のからもそんなに遠くないから、下手をすると同級生たちに会いかねない。
だけど、俺は変わるんだということで、あえて地元のカラオケボックスのバイトを始めた。
高校デビューを失敗したのなら、せめてながら一般人らしくしておきたいからな。
カラオケボックスとはいっても、人と会うことは受付にでもいないことにはそうそうない。せいぜい注文を受けた料理を持って行ったり、ドリンクバーのメンテナンスの時くらいだ。
今日は日曜日ということで、朝から夕方までバイトに入っている。
「よう、新入り。もうそろそろ二週間経つけど、慣れたかな?」
「はい。先輩たちが優しく丁寧に教えてくれるので、なんとか」
急に声をかけられたけど、俺はなんとか受け答えをする。内心バクバクしてるのは内緒だ。
だけど、答えたとおり、先輩たちは俺にも分け隔てなく接してくれる。おかげで、陰キャな俺でもなんとかやってられるというわけだ。
今日の俺の持ち場は店内調理。注文を受けて手順に沿って調理して、部屋まで持っていくというもの。
カラオケボックスの中には部屋が20くらいあるんだが、働いているのは俺を入れて八人か。そこそこ食事には力を入れているし、今日はゴールデンウィークでお昼を挟むからな。
いろいろと思いながら、俺は今日のバイトに勤しんでいる。
今日は開店準備もあるので朝8時からバイトに出てきている。勤務は夕方の4時までの八時間だ。ただし、休憩が一時間あるので、実質七時間労働。
そうして、お昼も近くなってきた11時すぎのことだった。
入口の扉が開いて、人の声が聞こえてくる。だが、その声を聞いた時、俺は思わず「げっ」と声が出てしまった。
「どうしたんだ、浅葱」
「あ、いえ。なんでもないです。多分、空耳ですね」
俺の反応を見ていた先輩が声をかけてくる。俺は気のせいだとしてごまかしておく。だけど、先輩はおかしなやつだなというような顔をしている。
(あの声は、間違いない。高校入学の初日に、俺に付き合ってくれとかいってきた変な女の声だ)
そう、輪熊月乃とかいう頭にお団子をふたつつけた女だ。
そっか、そういえばあいつもこっちの方に住んでたんだったな。だからとはいっても、なんでカラオケに来ているんだ。興味なさそうな感じだったのに。
俺はものすごくドキドキとしている。
「おい、しっかりしてくれよ。……って、もしかして彼女でも来たのか?」
「そんなわけあるはずないじゃないですか。俺にいるように見えますか?」
「うん、見えないな」
からかってくる先輩は、いないだろとはっきりといってきた。うるさい、その通りだよ。
口に出てしまいそうになるが、俺はなんとかこらえている。
今日の俺はバックヤードの仕事だ。多分顔を合わせることはない。うん、ないはずだ。
俺は何度も自分に言い聞かせるようにして、とにかく仕事に集中をする。
あいつに顔を合わせたら気まずいのは間違いない。どうにかして、あいつが帰るまでやり過ごすんだ。
気を紛らわそうと、俺は先輩に仕事がないかを聞いてみる。
「おっ、やる気があるようだな。それじゃ、新しい仕事でも教えようか。俺も二週間過ぎたあたりから教えてもらったからな」
「はい、よろしくお願いします」
俺はメモ帳を持って、先輩の後について行く。
よし、これで余計なことを考えないで済む。俺は少し安心した気持ちで、新しい業務を教えてもらうことにした。
そう思っていたのも束の間。すぐに昼のピークがやって来る。
歌っているついでにお昼を食べる客が増えたのだ。
オペレーションはマニュアル化されているし、実際に火を使って調理するものは少ない。ほとんどは温めて提供するというものが多い。
だが、そんな簡単な調理マニュアルがあっても、ピークタイムの対応には対応しきれない。
たった20室とはいえども、そこにいる人数は最大で8人くらいいたりする。そんな人数から注文が入れば、そりゃ目も回るような忙しさになるってもんだ。
「おい、浅葱」
「はい、先輩」
「これをルーム18に持っていってくれ。落とさないように台車を使っていいぞ」
「分かりました。すぐに向かいます」
俺は料理を受け取る。
それにしても、一部屋の注文にしてはかなり多い。これは、昼飯の量だ。
まったく、どんだけ頼んでいるんだと呆れてしまう。そう思いながらも、俺は台車に料理を並べると、ほこりが入らないようにカバーをかけて調理場から出ていく。
(えっと、ルーム18は奥の方だったな)
通路を歩く客に注意しながら、俺は台車を押して目的の部屋へと向かっていく。
さすがにカラオケボックスとあって、どの部屋からも歌う声がだだ漏れだ。うまい連中ならいいんだが、音痴のやつの歌声は聞くに堪えられない。なので、思わず耳をふさぎたいところだが、両手で台車を押しているのでそれは無理な相談だった。
「えっと、ルーム18。ここだな」
騒音地獄を抜けて、俺はようやく目的の部屋にたどり着く。
俺はドアをノックして、中へと呼び掛ける。
「お楽しみのところ申し訳ありません。ご注文いただいた料理をお持ちしました」
俺が呼び掛けると、中からなんだか慌ただしい音が聞こえてきた。
「わっ、鴨太くんだ」
「げっ!」
ドアを開けて出てきたのは、なんとあの輪熊月乃だった。
なんでいるんだよ!




