第18話 やかましいのは苦手だ
俺は、ものすごく学食に行く際に警戒をしていた。
というのも、昨日は初日に告白をしてきた変な女子学生が学食に現れたからだ。今日も顔を合わせるようなことになれば、この学校に俺の安らぎの場はなくなる。
あの矢鎌とかいうやつがすべては悪い。ろくに交流もしてなかったくせに、同じ中学校だったというだけで、俺のパーソナルスペースにずかずかと入り込んできやがったからな。あと、いちいちうるさい。本当にやかましいわって感じだ。
それで、俺は昼食を学食に切り替えたんだが、まさか今度はあの女子学生とばったり顔を合わせるとは思ってもみなかった。
(はぁ、とにかく俺は一人でいたいんだ。高校デビューをミスったからには、俺は目立たずに一人で過ごすんだよ)
重苦しい気持ちで、俺は学食へと足を踏み入れた。
学食の中は、ものすごい人の数だ。はっきり言って酔いそうなくらいに人が多い。
だけど、この中で食事をしないと、午後の授業はきっと乗り越えられない。昨日だって、我慢してどうにか食事ができたんだ。たった数日でギブアップしてたまるものか。
結論から言うと、どうにかなった。
今日は体育の授業であの女子学生とは顔を合せなかったし、学食にも姿を見せなかった。ついでにいうと、あのうるさい矢鎌の邪魔もなく食事が終えられた。ああ、なんて幸せな時間なのだろう。
ただ、学食の混み具合さえなければな。これさえなければ、定食はおいしいだけに本当に最高だったんだ。
ところが、教室に戻ってくると、矢鎌のやつが待ってましたとばかりに声をかけてくる。
「まったく、同じ中学だっていうのに、つれないね」
「うるさい。そんなに言うなら、お前も学食で食えばいいだろうが」
にやけながら話しかける矢鎌に、俺は真顔で言い返してやった。
そしたら、矢鎌のやつはふざけた顔をしている。
「やだね。俺はああいう混雑したところは嫌なんだ。仲間内とつるんでくっちゃべっているのいいんでね。ハハッ!」
まったく、いちいち鼻につくような態度を取ってくれるな。
相手をしていられないと思った俺は、黙って自分の席へと戻っていく。
「おい、本気でなんだっていうんだよ。お前ってば本当に付き合いが悪いな」
「いいんだ。俺は一人でいるのが落ち着くから」
「けっ、気取りやがって」
矢鎌はそういうと、俺の方から顔をそらしている。
そうだよ、それでいいんだよ。これで構わなくなってくれればいいんだが。
俺はそう思いながら、午後の授業の準備を黙々と進めた。
今日の授業が終わり、自転車置き場へとやって来る。
ところが、俺はそこで会いたくないもう一人の人物と出くわしてしまった。
「あっ、鴨太くんだ」
「げっ……」
いわずもがな、あの初対面から俺のことを下の名前で呼び続けるうっとうしい女子生徒だ。
確か、輪熊月乃っていったっけか。
頭に二つもお団子をつけた、はきはきして元気な女だ。俺とは思いっきり相性が悪い。
「き、君は……。なんで自転車置き場にいるんだよ」
苦手ではあるものの、とりあえず普通に話しかけることにする。自転車を出そうにも、場所が近いせいで話し掛けられそうだからだ。
だったら、こっちから話しかけて気をそらしてやるというわけだよ。
「えっとね。私も始めたんだ、自転車通学。もう一週間になるけど、鴨太くん、知らなかったんだ」
そんなに前から自転車に乗ってたのか。
俺は避けるようにして早く出てきて、さっさと帰っていってしまうから、こいつとは実は登下校時に顔をまったく合わせていなかった。だから、まったく気が付かなかったんだ。
それにしても、どういうわけかこの女子学生に関しては、自転車に乗っているというイメージがまったく湧かなかった。
「ねえねえ、一緒に帰ってもいい? どうせ方向は一緒なんでしょうし、途中まででも。……ダメ?」
うわっ、やめろ。
そんな上目遣いで可愛い感じにお願いをしてくるな。
思っていたよりもこの女子学生の上目遣いの破壊力は大きく、俺は気が付いたら一緒に帰ることを了承してしまっていた。俺は一体どうしたんだ。
とはいえ、目の前でものすごく喜んでいる姿を見せられると、ここで断るのが申し訳なくなってくる。なので、俺は仕方なく、途中まで一緒に帰ることにした。
「えへへ、鴨太くんと一緒に下校だ」
ものすごく嬉しそうな顔をしている。
だけど、どうしても苦手意識からか、この女子学生とは話をすることができない。
一緒に自転車に乗って帰ってはいるものの、向こうが一方的に話すのをただ聞いているだけだった。
そうして、家まで近くなってきた時だった。
「あっ、私は向こうだから、ここでお別れだね」
「あ、ああ……」
女子学生が自転車を止めて、どことなく寂しそうに俺に声をかけてくる。
「なあ、ちょっといいかな」
「鴨太くん、なぁに」
「君は本当に俺と会ったことがあるのか?」
「うん、あるよ。一回だけだけどね」
「一体どこでなんだよ。教えてくれ」
「それは内緒。鴨太くんが思い出してくれるのを、ずっと待ってる。それじゃ、また明日ね」
女子学生はそうとだけ言い残して、自転車をこいで颯爽と帰っていってしまった。
あんな性格なら、出会っていたら印象には残っていそうなものだ。だけど、俺の記憶にはまったくない。
彼女は何者なのだろうか。
俺はしばらくの間、その場を動かずに、走り去っていく姿を眺めていた。




