第17話 そんなクマな!
体育が終わって、私は服を着替える。
まだちょっとドキドキしているけれど、無事に終わらせることができたので私はとにかくほっとしている。
神様に注意された熊パワーも出ることはなかったので、私はやり切ったと自画自賛だ。
服も無事に着替えて、さあ教室に戻ろうとした時だった。
(うん? なんか手が変な感じがする)
私は左手に妙な感覚を覚えた。
おそるおそる持ち上げて、私は自分の左手をしっかりと見る。
(えっ……)
自分の視界に飛び込んできたものに、私は驚いて青ざめてしまう。
「どうしたの、輪熊さん」
「ごめん、私お手洗いに行ってくる!」
「あ、うん。先、教室戻ってるね」
八高さんに声をかけられた私は、左をしっかりと体操服の入った袋で隠して、更衣室から慌てて飛び出していく。
自分のクラスの近くのトイレに駆け込んだ私は、おそるおそる袋をどけて自分の左手をもう一度確認する。
そこにあったのは、ほんのちょっと前までの自分には、とてもなじみのあるものだった。
「熊の手……、なんで?」
そう、どういうわけか私の左手は、熊の手に戻っていた。
毛むくじゃらで肉球のある、なんともごつい感じの手。間違いなく熊の手だ。
だけど、どうしてこんなことになったのか、私にはまったく分からない。
どうしよう。こんな手じゃ人前に出ていけない。私は鴨太くんと一緒になるために、わざわざ人間になったんだもん。熊の姿になったら、きっと……。
私は熊の状態に戻ってしまった左手を強く握りしめながら、泣きだしてしまいそうになっていた。
ダメ、ちょっとでも気を緩めたら涙が出ちゃう。
次の瞬間だった。
妙な空気が周囲を包み込む。
「まったく、どうしたというのですか」
「わっ、神様?!」
トイレの個室の中に、神様が姿を見せた。ちょっと、ここ女子トイレ!
「神様の変態ーっ!」
私は思わず右手で神様を殴り飛ばそうとしてしまう。
「はいはい、ストップ。落ち着きなさい」
ところが、神様がこう言うと、神様の顔の前で私の右手がぴたりと止まってしまった。
「まったく、君は乱暴者だね。そういうところは、熊の習性が残っているといってもいいかもしれないね」
「何を言ってるんですか。神様が女子トイレにいきなり現れるのが悪いんですよ」
まるで私が悪いみたいに言わないでちょうだいよね。元は熊だけど、今の私は女子高生なんだから!
そりゃ、まだまだ一部人間としての常識が足りてないけど、それでも年頃の乙女なのよ。
「とりあえず落ち着こう。今は時間が止めてあるから、ゆっくり話ができるからね」
「あっ、そうなんですね」
私は振り上げた右手をゆっくりと下ろしている。
どうにか落ち着いたので、私は神様の顔をじっと見つめている。
「それにしても、部分的にとはいえ、私のかけた変化が解けるとはね。相当、君の野生の部分を呼び起こされたと見える」
「それって、どういうこと?」
神様が話す内容が理解できない。
私が戸惑っていると、神様が詳しい話をしてくれる。
どうやら私にかけた人間化の術は、まだ不安定な状態にあるらしい。私の精神が不安定になると、ひょっこりと今みたいに人間化が解けてしまうんだとか。
「なんで、不安定になっちゃうんですかね」
「私にもよく分からないね。ただ、君が本当に人間になりたいと考えているのなら、変身が解けることはまずないと思う。なんらかの原因で動物の状態が呼び起こされると、このようになってしまうのだと考えられる。……心当たりはあるかい?」
「えっと、もしかして……」
今回の心当たりとしては、体育の50メートル走の時のことだ。口で言っていたにもかかわらず、ドンという言葉に私はひどく動揺していた。
それは、鴨太くんと会った後に、空砲とはいえど銃を撃たれていたからだと思う。あの時の恐怖がよみがえったから、こんなことが起きたの?
でも、体育の授業中は平気で、終わった後で出てきたというのが理解できない。神様の言う通りであるならば、その不安定な時に出ていてもおかしくないんだから。
「うーん。多分、その時はなんとか持ちこたえていたけれど、無事に乗り切って気が緩んだことで、起きていた変化が遅れて現れたんだと思うよ」
「な、なるほど……」
神様の説明に、私はものすごく納得がいった。
だけど、こういうことが今後も起きるようでは困ると、神様は対策を考えてくれることになった。
最後に熊の手に変化していた私の左手を人間の手に変えると、神様は時間停止を解除して、その場から姿を消した。
すっかり手の状態が元に戻った私は、ようやく安心してトイレから脱出できる。
それでも、左手だけとはいえ、熊の手の状態に戻ってしまったのはショックだったなぁ。これから本当に気をつけなくちゃね。特に鴨太くんに嫌われるようなことがあれば、全身が熊に戻ってしまいそうで怖い。
「しっかりしなきゃね、私」
元通りになった左手をぎゅっと握りしめると、私は教室へと戻っていく。
その後は、私のことを心配してくれていた八高さんと一緒に、楽しくお昼を食べて過ごした。
食事中、八高さんは私に何があったのかを聞いてくることはなかった。多分、気を遣ってくれている。
人間生活を始めて最初にできた友だち。そんな八高さんにも、私が熊であることは知られてはいけない。
これからも気をつけなくちゃね。私は改めて心に誓った。




