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松下村塾

松下(しょうか)村塾(そんじゅく)。名前と、吉田松陰が開いた塾、ということは知っていたが、それ以外にはどんなところなのか、何を教えていたのか、ということまでは知らなかった、という人が大半だろう。


俺(伊藤俊輔)は、松下村塾に入塾することにした。

身分が低かったから、塾の敷居をまたげなかった、となっているが、実際のところ、松下村塾は身分や階級を問わず、誰でも受け入れるところだった。

上級武士の子息のみが入学できた藩校「明倫館」とは異なり、足軽などの身分や町人・農民であっても熱意があれば教育を受けることができた。

俺もまた、お世辞にも藩校の「明倫館」に入れるような身分ではなかったので、だけど熱意だけはあったので、「松下村塾」に入塾することになった。


それよりも、松下村塾では身分は問わなかったが、成績が優秀な者が高く評価される。その中でも特に特に優秀とされ、「松門(しょうもん)四天王(してんのう)」と呼ばれたのは、この4名だ。


高杉(たかすぎ)晋作(しんさく) 「識の高杉」 先見性と行動力


後に、奇兵隊を結成する。


久坂(くさか)玄瑞(げんずい) 「才の久坂」 理論派


松陰から「長州第一の俊才」と絶賛される。


吉田(よしだ)稔麿(としまろ) 情報収集能力と筆まめな才能


入江(いりえ)九一(くいち) 師である吉田松陰への献身的な姿勢


高杉晋作、久坂玄瑞は、「識の高杉、才の久坂」と称され、「松下村塾の双璧」と呼ばれた。

また、この2人に吉田稔麿を入れて松陰門下の三秀と言い、さらに入江九一を合わせて「松下村塾の四天王」と呼ばれた。


とにかく、この4人が優秀すぎた。


俺は、お世辞にもこの4人ほど成績優秀ではなかったため、遠慮していた。

塾の外から、松陰先生の教えと、どのような対話をしているのか、その対話の内容を盗み聞きして、感じ取るところから始まった。


松下村塾の教えは、知識の詰め込みではなく、身分を問わず誰にでも門戸を開き、徹底した対話を通じて自ら考えさせる「自主性」と、己の使命を果たす「志」を育てる教育だった。


授業の後、高杉晋作と話をした。


「君が、伊藤俊輔君だね。いつも門外で講義を聞いている塾生がいると聞いたが、君のことか。

まあ、同じ塾生同士、仲良くやろうな。」


高杉晋作とは、奇兵隊を結成する時に世話になる。ここは、コビを売っておこうと思った。


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