奇兵隊解散
1870年【明治3年】。
この年、奇兵隊の解散が伝えられた。
奇兵隊も規模が大きくなりすぎて、藩の方でも、まとめきれなくなった、というのが一つ、
もう幕府も倒したし、これ以上戦う理由が無くなった、というのが一つだろう。
報酬は、上級幹部のみが独占することになった。俺も、上級幹部の一人となっていたから、報酬を受け取った。
一方で、何の報酬も受け取れなかった下級の隊士たちは、不満をあらわにする。
もともと、奇兵隊は身分を問わず、誰でも入れる、いわば寄り合い所帯、寄せ集めのような部隊だった。
だから、はなっから報酬だけが目当てだったような者も、いたのだろう。
俺は、俺が率いた力士隊のもとへ向かった。
どの面下げて、よくもまあ俺らに会いに来られたな、などと言われるに違いない、などと思っていたが、違った。
「俺たちの隊長の、伊藤さんだ!」
その直前、木戸孝允と名を改めていた、桂小五郎から、東京に来ないか?という誘いがあったばかり。
江戸から、東京に名称が変わってから間もない頃だった。
木戸孝允「伊藤君、東京に来て、東京で活躍してみないか?」
まず最初に、奇兵隊が間もなく解散すること、
一部の上級幹部だけが報酬を独占していることについての謝罪を行う。
「いやいや、伊藤さんが謝ることじゃないですよ。
だって、奇兵隊が解散するのは、もう幕府も倒したし、これ以上戦う理由が無くなったからでしょう?
伊藤さんの報酬は、伊藤さんのために使ってくださいな。」
力士隊の皆からは、むしろ感謝の言葉が投げ掛けられた。
力士隊と、つもる話をする機会を得た。
たわいのない話で盛り上がる中で、力士隊の面々にも、東京行きの話があったことを伝えた。
すると、力士隊副長の長州富士が答えた。
長州富士「伊藤さんよ。あんたはここに留まらないで、東京に行って、もっと大きなことを成し遂げるお方だ。
それを見込んで、力士隊にも入ったんだ。
だから、俺らはこのまま長州に残り、長州の行く末を見守る。
あんたは、東京に行って、上の方まで登り詰める。そういう約束だ。
俺らは、現場で頑張る。あんたは、出世して上に登る。約束だ。」
力士隊とは、ここで別れる。力士隊の者たちはその後、もとの町人や農民に戻っていったという。
ただ、長州富士は、自らの相撲部屋を開いて、
後進の指導にあたっているという話と、
『ちゃんこ屋 長州富士』なる店を開き、その店がやがて老舗になっていく、という話を、風の噂で聞いていた。
長州の地とも、まもなく別れることになるのかと思うと、胸に去来するものがあった。




