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大政奉還

1867年【慶応3年】10月14日、徳川慶喜は朝廷に政権を返上することを伝えた。

これにより、約260年続いた江戸幕府は倒れ、

約700年続いた武家政権も幕を下ろした。


最後は、あっけなく幕切れになったということに、逆に拍子抜けした。

ところがその後、みんなそろって、武力倒幕を目指すと言い出した。

それはつまり、幕府軍を一人残らず全滅させない限り、戦いは終わらないということを意味する。

知らぬ間に、その空気に乗せられていったことを思い出す。


その日、俺【伊藤俊輔】は、吉田(よしだ)松陰(しょういん)先生(せんせい)や、久坂(くさか)玄瑞(げんずい)らの墓参りに行き、大政奉還によって倒幕を達成したことを報告しに行った。

「松陰先生、ようやく我らの目的を達成することができました。」

すると、なんとそこに、松陰先生の幽霊が現れた!

「伊藤俊輔か。吉田松陰だ。

確かに、幕府は倒れた。しかしな、我らにとっては、幕府を倒すことすら、まだ第一目標にすぎないのだ。

本当に大変なのは、これからだ。

これから、もっと辛いことが待ち受けているやもしれぬ。

しかし、その時は共に松下村塾で学んだ、塾生たちの顔を思い出せ。

それでもだめなら、またここに来い。

今一度、ビシッビシッと、教えを叩き込んでやろうぞ。」

これは、なんとしてでも、初代内閣総理大臣に就任する1885年【明治18年】までは、生きて、生き抜いて、生き延びていかなければならないようだ。


幕府が倒れて、いろいろな大きな変化がある。


約260年続いた、江戸幕府が倒れた。


約700年続いた、武家政権も幕を下ろした。


老中などの、幕府の高位の者も、みんな辞める。老中も、若年寄も、大目付なども、何もかも無くなる。

家老も、奉行も、代官も、みんな辞める。


そして、徳川慶喜は、将軍を辞めた後は、ただの人になる。


将軍は死ぬまで将軍、という時代は、終わったんだ。

ちなみに、将軍を辞めた後に、ただの人になるのは、室町幕府の15代将軍の足利義昭と、徳川慶喜だけだという。


今まで、将軍を辞めた後に、大御所になって実権を握り続けた人たち。

家康、秀忠、吉宗、家斉などが挙げられる。

幼くして、名前だけの将軍に据えられて、幼くして死んだ将軍もいた。

鎌倉幕府の2代将軍、源頼家、3代将軍、源実朝、室町幕府では、6代将軍、足利義教と、13代将軍、足利義輝が、在任中に殺された将軍。

そして、将軍を辞めた後に、ただの人になるのは、足利義昭と、徳川慶喜。


内閣総理大臣は、総理大臣を辞めた後は、ただの人になる。

裏で実権を握り続ける、あるいは殺されるようなことは、きっとこの先も、権力というものがある限り、続いていくのだろう。

何年か総理大臣をやって、あとは悠々自適、ということになる、という保障は、どこにもない。

きっと暗殺者たちが、その機会を虎視眈々とうかがっているに違いない。そのことに、終わりはない。


さあ、本当にこれからだ。


今は、権力が滅びた後の、白紙の状態。


その後、戊辰戦争という戦いが始まるが、鳥羽、伏見の戦いで、我々は大勝利をおさめる。

今度は一転、徳川慶喜が朝敵となり、我々の軍は錦の御旗を掲げて、江戸に進軍する。

その中に、俺【伊藤俊輔】の姿もあった。


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