↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/25

総理大臣、内閣制度について、各国の事情について

約3ヶ月に及ぶ航海と、陸路の移動を経て、我々はイギリスのロンドンにたどり着いた。

本物の伊藤博文に憑依した、自分、伊藤博文(?)が語る。


伊藤博文(自分)

「ここが、1862年当時のロンドンか。」

伊藤博文(本物)

「ああ、そうだ。そしてあれが、お前が前世でのイギリス旅行で見てきたという、

ビッグベンだ。」

伊藤博文(自分)

「しかしまあ、俺も伊藤博文、あんたも伊藤博文、どちらも全く同じ名前で、出身地も全く同じで、生きてきた時代だけ違うというのも、なんだか紛らわしくないか?」

伊藤博文(本物)

「これより、留学生を出迎える晩餐会(ばんさんかい)に出席する。

その後、ビクトリア女王に謁見(えっけん)し、それから本格的に授業を受ける。」


まず髪型はというと、髷(まげ)を切り、短髪にしていた。

服装は、蝶ネクタイというものをして、

燕尾服(えんびふく)というものを着ている。


その日の夜は、晩餐会(ばんさんかい)。

西洋料理はやはり口に合わぬと、他の者たちがぼやいていた中で、一人だけ西洋料理を食べ慣れた感じで口に運び、使い慣れた感じでナイフとフォークとスプーンを扱う者がいた。

それが、自分、伊藤博文だ。


その後、裏でこっそり、炊いた米の飯を皿に盛り、箸で食べた。

「んー!やはり、これがうまい!」


翌朝、ビクトリア女王に謁見(えっけん)する。

女王の脇にいたのが、おそらくイギリスの総理大臣だろう。


総理大臣といえば、幕府なら将軍か老中、朝廷なら太政(だじょう)大臣(だいじん)といったところか。

将軍の息子が次の将軍、老中の息子が次の老中、太政(だじょう)大臣(だいじん)に至っては、何もすることが無ければ空位のままだった。そんな時代が、日本では長く続いてきた。

ビクトリア女王は、イギリス公使パークスに手紙を書くから、帰国した後に手渡してくれと言った。

幕府に代わる新政権を作るために協力してほしい、という内容だった。


一方で、他国の事情についても知る。


フランスでは、1789年に革命が起こり、王政が廃止され共和制となったが、その後にナポレオン・ボナパルトが皇帝になった。

ナポレオン亡き後は王政が復活したが、その後、

1830年の革命でフランス王家は断絶に追いやられた。

1848年にも革命が起こり、王政は完全に潰され、大統領制になったが、

その後、ナポレオン3世が皇帝になった。


アメリカ合衆国は、1776年に独立戦争を始め、

1783年に独立を認められた。

国王は置かず、大統領が国家元首となった。大統領は、4年に1度の選挙で決められるという。

その後、イギリスから植民地を割譲して領土を拡大していく。

エイブラハム・リンカーンが大統領になると、南部の各州は反乱を起こし、南北戦争の真っ最中だという。


他の国にも、いろいろと事情があるものだなと思った。


まさか、日本もこの先、大統領制になることも、無いとはいえない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。