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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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8/32

かまどの火



 その夜、三人とも何度も目を覚ました。


 暗いだけなら、そこまで怖くはない。

 三人とも、夜道そのものには慣れていた。父や母と歩いた夜の道、街灯の少ない帰り道、暗い海沿いの道。夜に外を歩くこと自体は、知らないものではなかった。


 けれど、昨日の夜は違った。


 窓の外から聞こえる低いうなり声。

 何かが通る気配。

 暗さではなく、その向こうに何がいるのかわからないことが怖かった。


 朝、創磨が起きたとき、望来は真ん中のベッドで小さく丸まっていた。芽依は壁にもたれたまま、先に目だけ開ける。


「……寝た気がせん」


「おれも」


 創磨は窓の外を見た。

 明るい。ただそれだけで、肩の奥に入っていた力が少し抜ける。


 望来がむくりと起きて、寝ぼけた顔のまま言った。


「きのうの、ぐるる、やだ」


「うん」


 創磨はうなずいた。


「くらいのがやだんじゃなかとやろ」


 望来はよくわからない顔のまま、それでも小さくうなずく。


「ぐるる、やだ」


 芽依がベッドから下りた。


「たいまつとか、いるっちゃなか?」


 その一言で、創磨の頭の中に形が浮かんだ。


 火。

 かまど。

 たいまつ。


 昨日は寝る場所を決めるので精いっぱいだった。けれど今日は違う。ただ夜を待つのではなく、夜を押し返すものを作らなければならない。


「火がいる」


「やっぱりね」


 芽依が腕を組む。


「窓んとことか入口んとことか、見えたがよかやろ」


「うん。丸石、集める」


「かまど?」


「たぶん」


「また、たぶんて」


「知っとる形やけん」


 望来はつよし号の中で、まだ少し眠そうに目をこすった。


「つよしくんも、いく?」


「行く。みくも行く」


 創磨はつよし号を外へ引き出した。


 朝の空気は冷たかったが、明るい村の道は昨日よりずっと見やすかった。井戸のそばを通り、村の端の石が露出している場所まで行く。家から遠すぎず、何かあってもすぐ戻れる位置だった。


 創磨は石のツルハシを握る。


「芽依、みく見とって」


「わかっとる」


「みく、つよし号で待っとるとよ」


「うん」


 望来はおとなしく、つよし号のへりを両手で握った。


 創磨は石にツルハシを振り下ろした。


 ごっ。

 ごっ。

 ごっ。


 昨日より、道具の重さと石の感触が手になじんでいた。丸石が落ちるたび、創磨は心の中で数える。


 一個。

 二個。

 三個。


 かまどは八個。

 余計なことはしない。今は火だけだ。


「そうま、今なんこ?」


「五」


「あと三つやん」


「言われんでもわかっとる」


「確認しただけやし」


 最後の一個を取ったところで、創磨は息を吐いた。手のひらは少し痛い。それでも、素手で土を掘っていた最初の夜とは全然違った。


 家に戻ると、作業台の前に座って丸石を並べた。

 四角く囲い、真ん中を空ける。


 ぽん、と音もなく灰色の塊が現れる。


「できた……」


 石でできた箱のような形。前に口があって、中に火を閉じ込めるための場所がある。


「ほんとに出たね」


 芽依がのぞき込む。


「それで火つくと?」


「つく、はず」


「はずね」


 創磨はかまどを壁際に置いた。

 それから木材と原木を手元に寄せる。


 火そのものは珍しくなかった。

 焼き芋の火も、焚き火の熱も、三人とも知っている。火があると少し安心することも、近づきすぎると危ないことも、もう体が覚えていた。


 だからこそ、この世界で自分たちのための火が手に入るかどうかは大きかった。


「まず、木炭つくる」


「石炭じゃなかと?」


「石炭まだなかやろ。木でも炭になる」


「へえ」


 芽依は言ったが、顔には半分だけ疑いが残っていた。


 創磨も、ほんとうは同じだった。


 かまどに板材を入れる。

 その上に原木を置く。


 しばらく、何も起こらない。


「……まだ?」


 望来が聞く。


「まだ」


「まだまだ?」


「まだまだ」


 望来は不満そうに口をとがらせた。


 その時、かまどの口の奥がふっと赤くなった。


 次の瞬間、中に火が入る。


「ついた」


 創磨が思わず言った。


 芽依も身を乗り出す。


「ほんとや」


 見慣れた火の色だった。

 それでも、三人とも少しのあいだ黙って見つめた。焼き芋の火でも、外で囲む焚き火でもない。自分たちの家の中で、自分たちのために使える火だった。


 望来が、ふらりとかまどのそばへ寄る。


「みく、そこまで」


 芽依がすぐに腕を引いた。


「きれい」


「きれいばってん、近づきすぎたらだめたい。やけどするけん」


 芽依の声は妙に真剣だった。


 創磨も少しだけ口元を引き締める。


「火があると見える。ばってん、油断したらだめ」


 望来は二人の顔を見比べ、それから小さく言った。


「だめ」


「そう。近づきすぎたらだめ」


 芽依が頭をなでると、望来は素直にうなずいた。


 しばらくして、原木が黒く変わる。

 創磨は木炭を取り出し、棒と組み合わせた。


 たいまつ。


 一本。

 二本。

 三本。


「まだ作ると?」


「もうちょい欲しか」


「でも炭足りんやろ」


「今日はこれでよか」


 創磨は一本を持ち、壁に立てた。


 ふっと、部屋の色が変わる。


 暗かった家の中が、一気に見えた。

 三つのベッド。

 チェスト。

 つよし号。

 床の土埃まで、はっきり見える。


 ただ明るくなっただけなのに、昨日までの借り物の家とは別の場所みたいだった。


 望来が目を丸くする。


「あかるい」


「うん」


 創磨はその一言に、胸の奥が少しゆるむのを感じた。


「見える」


 芽依もたいまつの光を見上げた。


「……きのうより、全然よか」


 創磨は何も返さなかった。

 返せなかった。自分もまったく同じ気持ちだったからだ。


 畑へ行くと、麦の列とは違う葉っぱが目についた。創磨はしゃがみ込み、一つ引き抜く。


 土の中から、丸っこい塊が出てきた。


「じゃがいもや」


「それも食べらるると?」


「焼ける」


「ほんとに?」


「たぶん」


「またそれ」


 芽依が言う。

 けれど、その声には昨日ほどの刺はなかった。


 じゃがいもを二つ。ついでに、別の畝からにんじんも一本だけ取る。

 取りすぎはしない。畑は残していかなければならない。


 家に戻り、かまどへ入れる。


「まだ?」


「まだ」


「まだまだ?」


「まだまだ」


 望来はつよし号の中から、じっとかまどを見ていた。


 ようやく焼けると、創磨は熱いじゃがいもを持って左右の手に慌てて移し替えた。


「あっつ」


「ほら」


 芽依が少し笑う。


「そうまも、やけどするやん」


「今のはしてなか」


「したやろ」


「してなか」


 言い返しながらも、創磨はふうふう息を吹きかけた。少し冷ましてから、望来に渡す。


「熱かけん、ゆっくり」


 望来は両手で持ち、慎重にひとかじりした。


 少し間を置いてから、ぽつりと言う。


「あったかい」


 その言葉で、部屋の空気がふっとやわらいだ。


 芽依もにんじんをかじる。


「……あったかかね」


「うん」


 創磨もじゃがいもを食べた。


 パンよりやわらかい。腹に落ちていく感じが、ずっとやさしい。

 うまいより先に、温かいが来た。


 それがたまらなくありがたかった。


 夕方になる前に、創磨はもう一本のたいまつを持って外へ出た。


「どこ行くと」


「入口の前にも置く」


「めいも行く」


「みくも」


 創磨は一瞬だけ迷い、それからうなずいた。


「つよし号でな。すぐ戻る」


 望来は満足そうに、つよし号へ乗り込んだ。


 家の入口近くに、たいまつを立てる。


 夜が降りかけた村の道に、火の色がにじんだ。

 明かりの届く範囲は広くない。けれど、そのぶんだけでも、暗さを押し返しているのがわかった。


「よかね」


 芽依が言う。


「うん」


 創磨は、明かりの先を見た。


 少し向こう、村の外れの低い崖のような場所に、石の色とは違う茶色っぽい粒が混じって見える。


「あれ」


 創磨が目を細めるより先に、芽依が言った。


「鉄やなか?」


 創磨はすぐにそちらを見た。


「……言おうと思っとった」


「言ってなかったし」


「今言うとこやった」


「はいはい」


 芽依が鼻で笑う。


 創磨は少しむっとしたが、目はもうその石に向いていた。


 鉄かもしれない。


 剣になる。

 バケツにもなる。

 もっと先へ行くための、必要なものだ。


 でも今日は行かない。


 火を手に入れた日だ。

 それで十分だった。


 創磨は家の方を振り返った。

 窓の中に、一本目のたいまつの灯りが見える。


 暗いだけの家じゃなくなっていた。


 望来も、つよし号の中からその灯りを見ていた。


「おうち、ひかっとる」


「うん」


 創磨はうなずいた。


「今日は、あそこがうちらの場所」


 家に戻ると、部屋の中はさっきよりもさらに落ち着いて見えた。


 三つのベッド。

 チェスト。

 つよし号。

 かまど。

 たいまつ。


 借り物の家なのに、昨日よりずっと、自分たちの匂いがする気がした。


 創磨はかまどの前に立ち、小さく息を吐いた。


 ――火はついた。次は、鉄。

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