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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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7/32

3つのベット

タブ 7


 つよし号を止めた場所から見る村は、思っていたより広かった。


 家が何軒もある。


 畑がある。


 井戸がある。


 道もある。


 昨日は、ただ逃げ込んだだけだった。


 でも今日は違う。ただ入れた家じゃなくて、ちゃんと使える場所を選ばんばいかん。


 創磨は村の中を見渡した。


「そうま、どこ行くと」


 芽依が聞く。


「家、決める」


「昨日のとこでよかやん」


「井戸に近いほうがよか。畑も近いがよか。入口も見やすいほうがいい」


 言いながら、創磨は自分でも少しだけ驚いた。


 昨日までの自分なら、入れる家があればそれでよかったはずだ。けれど今は、どこが生きやすいかを考えとる。


 つよし号の中で、望来がへりをぽんぽん叩いた。


「つよしくん、ここすき」


「みくは、どこでもつよし号におればよかろ」


 芽依が言うと、望来は少し考えてからうなずいた。


「うん」


 その言い方が妙に真面目で、創磨は少しだけ笑いそうになった。


 村の真ん中に近くて、井戸と畑の両方に行きやすい家があった。


 昨日入った家より少しだけ広い。入口の前も開けとって、何か来たらすぐわかりそうだった。


 創磨は扉を開けて中を見た。


 ベッドが一つ。


 窓。


 空っぽの床。


「ここがよか」


「せまかよ」


「ばってん近か」


 創磨が言うと、芽依はむっとした顔をしたあと、家の外を見た。


「……まあ、井戸は近かね」


「畑もな」


「でもベッドひとつしかなかよ」


 そこだった。


 創磨も、そのことを考えとった。


 昨日は望来だけベッドに寝かせて、自分と芽依は床みたいな場所に寄りかかって休んだ。あれでも夜は越えられた。けど、毎日それじゃきつい。


 三人分、いる。


「別の家から持ってくる」


「勝手に?」


 芽依が聞く。


「空いとる家なら……よかやろ、たぶん」


「たぶんて」


「じゃあ、芽依はどうすると」


「……持ってくる」


 創磨が少し強めに言うと、芽依は口をとがらせた。


 でも、そのあとで小さく付け足した。


「みくもおるし」


 創磨はうなずいた。


「うん。みくがおるけん」


 望来は二人の話を半分もわかっとらん顔で、つよし号のへりをまたなでた。


「つよしごう、まつ」


「うん、待つ」


 創磨はつよし号を家の中へ引き入れた。入口の近くに置くと、望来はそこから降りようとせず、きょろきょろと部屋の中を見回している。


「みく、ここ」


「仮のな」


「かりの?」


「まだちゃんと決める途中」


「みく、ここ」


 もう決める気らしかった。


 創磨は家の近くの空き家を二つ回った。


 中をのぞいて、何もおらんか確かめる。


 芽依もついてきて、窓や入口を見ていた。


「そっち、だいじょうぶ?」


「うん。誰もおらん」


「ベッドある」


「あるな」


 一つ運ぶ。


 もう一つ運ぶ。


 ベッドは思ったより重かった。ゲームの中みたいに、ぽんと拾って終わりとはいかん。創磨が片側、芽依がもう片側を持って、よろよろ運ぶ。


「重っ」


「離すなよ」


「離さんし」


「今、ずれたやろ」


「そうまが遅かと!」


 言い合いながらも、二人とも手は離さんかった。


 家に戻ると、望来がつよし号から身を乗り出していた。


「おっきい」


「ベッドたい」


「みくの?」


「みんなの」


 創磨が答えると、望来は嬉しそうに足をばたつかせた。


 三つ並べると、それだけで部屋が少し家らしく見えた。


 望来が先に、とてとてと歩いて真ん中のベッドを触る。


「みく、ここ」


「真ん中にすると?」


「うん」


 創磨は少しだけ迷ってから、うなずいた。


「じゃあ真ん中はみく」


 芽依がすぐ隣を指さした。


「めい、こっち」


 創磨は最後に、入口に一番近い端のベッドを見た。


 なんとなく、そこが自分の場所な気がした。


 望来が寝る。


 芽依が隣。


 何か来たら、自分が一番先に気づく。


 誰に言われたわけでもないのに、創磨はそこへ手を置いた。


「そうま、そこ?」


「うん」


「入口の近くやん」


「そのほうがよか」


 芽依は少しだけ創磨を見たあと、何も言わんかった。


 部屋の隅には、まだ薬やパンや種がそのまま置いてある。


 これじゃごちゃごちゃする。


「箱もいる」


「箱?」


「入れるやつ。大事なの、まとめる」


 創磨は作業台を置いて、板材を並べた。


 知っとる形にする。


 四角い箱――チェストが、ぽんと現れる。


「また出た」


 芽依が言う。


「便利やね」


「便利ばってん、勝手に増えるわけじゃなか」


「わかっとるし」


 創磨はチェストを壁際に置いた。


 パン。


 種。


 木材。


 石。


 使わんものを順に入れていく。


 それから、最後に薬のケースを手に取った。


 少しだけ、息が重くなる。


 創磨は床に座って、ケースを開けた。


 白い錠剤の入った小さな袋を、ひとつずつ並べる。


「なにしよると」


 芽依が近くに座った。


「数える」


「……薬?」


「うん」


 創磨は一つずつ、声を出さんように心の中で数えた。


 一。


 二。


 三。


 途中で間違えそうになって、最初からやり直す。


 もう一回。


 今度はゆっくり。


 全部並べ終えて、創磨はしばらく何も言えんかった。


「そうま?」


「……四十二」


「え」


「あと四十二回」


 芽依が、意味を飲み込むまで少し間があった。


「朝と夜で、一回ずつやろ」


「うん」


「……じゃあ」


「二十一日」


 その言葉が部屋に落ちた。


 創磨は、もう一度だけ薬の袋を見た。


「三週間」


 口にすると、数字よりも重く感じた。


 三週間。


 長いようで、短い。


 家にいたら、三週間なんてすぐだった。


 学校へ行って、帰って、宿題をして、ゲームをして、父や母に怒られて、芽依とけんかして、望来にパンやいちごを取られていたら、いつの間にか過ぎてしまう時間だった。


 でも、ここでは違う。


 帰り方もわからない。


 ここがどこかもわからない。


 夜になれば、外に何かが出る。


 それなのに、薬だけはもう数が決まっている。


 望来はベッドの上で、そんな二人を見ながら首をかしげている。


 意味はわかっとらん。


「みく、おくすり?」


「うん」


「ある?」


「……ある」


 創磨はそう答えて、並べた薬を急いで袋へ戻した。


 ある。


 まだある。


 でも、なくなる。


 ちゃんと、なくなる。


 その当たり前のことが、今はものすごく怖かった。


 芽依が小さく言う。


「もっと、いっぱいあると思っとった」


「俺も」


「三週間って、多かと? 少なかと?」


 創磨はすぐに答えられなかった。


 多い、と言いたかった。


 まだある、と言いたかった。


 でも、口から出たのは違う言葉だった。


「わからん」


 芽依は唇をかんだ。


 泣きそうではない。けれど、怒る時みたいに顔が固くなっとる。


「……増やせんと?」


「薬は、作れん」


 言った瞬間、自分でいちばん苦しかった。


 木は切れる。


 パンも作れる。


 ボートもできた。


 ベッドも運べた。


 チェストも作れた。


 でも薬は違う。


 作業台に木を並べても、石を並べても、薬は出てこない。


 この世界がゲームに似ていても、望来の薬だけは、たぶん作れない。


「三週間もある、じゃなか」


 創磨は小さく言った。


 芽依が顔を上げる。


「三週間しかなか」


 芽依は何も言わなかった。


 望来だけが、よくわからないまま薬袋を見ていた。


「みくの?」


「うん。みくの」


「にがいやつ?」


「うん。にがいやつ」


 望来は少しだけ口を曲げた。


「パンいる」


「薬のあとね」


 創磨は薬袋を、チェストの奥じゃなく、自分のすぐ手が届く場所に置いた。


「これは、ここ」


「箱に入れんと?」


「すぐ触れるとこがいい」


「……うん」


 それから創磨は、朝取った麦の種を見た。


「畑行く」


「今?」


「植え直す」


「パンあるやん」


「取るだけ取ったら終わるやろ」


 言ったあとで、創磨は少しだけむっとした。


 自分が言おうと思っとったことを、先に言われたみたいだった。


 芽依がじっと創磨を見る。


「めいも、そう言おうとした」


「……じゃあ言えばよかったやん」


「今言ったし」


 創磨は返事をせずに作業台の前に座った。


 棒と板材と丸石を並べる。


 石のクワ。


「それ、動画で見たと?」


「見た」


「ちゃんと使える?」


「たぶん」


「またたぶん」


 芽依が言う。


 でも、その声は少しだけいつも通りに戻っとった。


 三人で畑へ行く。


 望来はつよし号。


 創磨はクワ。


 芽依は種を持つ。


 畑の土は、踏むと少しやわらかかった。創磨がクワで土を整えて、芽依がそのあとに種をまく。


「そこ、あいとる」


「わかっとる」


「一個飛ばした」


「飛ばしとらん」


「飛ばしたって」


 芽依に言われて見直すと、本当にひとマス空いていた。


「……飛ばしとった」


「ほら」


「うるさか」


 そう言い返しながらも、創磨はそこにもちゃんと種を植えた。


 望来はつよし号の中で、その様子をじっと見ている。


「なにしよると」


「パンになるやつ植えよる」


「いまパン?」


「今は種」


「パンがよか」


「すぐはならん」


 望来は少しだけ口をへの字にしたけど、騒がんかった。


 全部植え直して家に戻ると、部屋の中が少しだけ整って見えた。


 三つ並んだベッド。


 壁際のチェスト。


 つよし号。


 窓。


 入口。


 まだ借り物だ。


 でも、昨日のただ入り込んだだけの場所とは違う。


 望来は真ん中のベッドによじ登って、そのままごろんと横になった。


「ここ、みくの」


「真ん中だけな」


 創磨が言うと、望来はうれしそうに笑った。


 芽依も自分のベッドに座って、足をぶらぶらさせる。


「……ちょっとだけ、家っぽか」


「借りとるだけやけどな」


「でも、穴よりはよか」


「うん」


 創磨も自分のベッドに腰を下ろした。


 その時、窓の外が少し暗くなっているのに気づいた。


 もう夕方が近い。


 急に、昨日の夜の感じが胸の奥へ戻ってきた。


 ベッドはある。


 家もある。


 薬も整理した。


 畑も植えた。


 それでも。


 暗くなる。


 それだけで、世界がまた別物になる気がした。


 外のどこかで、低い声みたいなものが聞こえた気がする。


 芽依も同じことを思ったのか、窓のほうを見た。


「……まだ明るかよね」


「今はな」


「ベッドあっても、暗かったらやだ」


 創磨はうなずいた。


 ほんとにそうだった。


 寝る場所は決まった。


 でも、夜を押し返すものがまだない。


 火。


 あかり。


 そういうものが要る。


 創磨は窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。


 ――寝る場所は決めた。次は、火。

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