3つのベット
タブ 7
つよし号を止めた場所から見る村は、思っていたより広かった。
家が何軒もある。
畑がある。
井戸がある。
道もある。
昨日は、ただ逃げ込んだだけだった。
でも今日は違う。ただ入れた家じゃなくて、ちゃんと使える場所を選ばんばいかん。
創磨は村の中を見渡した。
「そうま、どこ行くと」
芽依が聞く。
「家、決める」
「昨日のとこでよかやん」
「井戸に近いほうがよか。畑も近いがよか。入口も見やすいほうがいい」
言いながら、創磨は自分でも少しだけ驚いた。
昨日までの自分なら、入れる家があればそれでよかったはずだ。けれど今は、どこが生きやすいかを考えとる。
つよし号の中で、望来がへりをぽんぽん叩いた。
「つよしくん、ここすき」
「みくは、どこでもつよし号におればよかろ」
芽依が言うと、望来は少し考えてからうなずいた。
「うん」
その言い方が妙に真面目で、創磨は少しだけ笑いそうになった。
村の真ん中に近くて、井戸と畑の両方に行きやすい家があった。
昨日入った家より少しだけ広い。入口の前も開けとって、何か来たらすぐわかりそうだった。
創磨は扉を開けて中を見た。
ベッドが一つ。
窓。
空っぽの床。
「ここがよか」
「せまかよ」
「ばってん近か」
創磨が言うと、芽依はむっとした顔をしたあと、家の外を見た。
「……まあ、井戸は近かね」
「畑もな」
「でもベッドひとつしかなかよ」
そこだった。
創磨も、そのことを考えとった。
昨日は望来だけベッドに寝かせて、自分と芽依は床みたいな場所に寄りかかって休んだ。あれでも夜は越えられた。けど、毎日それじゃきつい。
三人分、いる。
「別の家から持ってくる」
「勝手に?」
芽依が聞く。
「空いとる家なら……よかやろ、たぶん」
「たぶんて」
「じゃあ、芽依はどうすると」
「……持ってくる」
創磨が少し強めに言うと、芽依は口をとがらせた。
でも、そのあとで小さく付け足した。
「みくもおるし」
創磨はうなずいた。
「うん。みくがおるけん」
望来は二人の話を半分もわかっとらん顔で、つよし号のへりをまたなでた。
「つよしごう、まつ」
「うん、待つ」
創磨はつよし号を家の中へ引き入れた。入口の近くに置くと、望来はそこから降りようとせず、きょろきょろと部屋の中を見回している。
「みく、ここ」
「仮のな」
「かりの?」
「まだちゃんと決める途中」
「みく、ここ」
もう決める気らしかった。
創磨は家の近くの空き家を二つ回った。
中をのぞいて、何もおらんか確かめる。
芽依もついてきて、窓や入口を見ていた。
「そっち、だいじょうぶ?」
「うん。誰もおらん」
「ベッドある」
「あるな」
一つ運ぶ。
もう一つ運ぶ。
ベッドは思ったより重かった。ゲームの中みたいに、ぽんと拾って終わりとはいかん。創磨が片側、芽依がもう片側を持って、よろよろ運ぶ。
「重っ」
「離すなよ」
「離さんし」
「今、ずれたやろ」
「そうまが遅かと!」
言い合いながらも、二人とも手は離さんかった。
家に戻ると、望来がつよし号から身を乗り出していた。
「おっきい」
「ベッドたい」
「みくの?」
「みんなの」
創磨が答えると、望来は嬉しそうに足をばたつかせた。
三つ並べると、それだけで部屋が少し家らしく見えた。
望来が先に、とてとてと歩いて真ん中のベッドを触る。
「みく、ここ」
「真ん中にすると?」
「うん」
創磨は少しだけ迷ってから、うなずいた。
「じゃあ真ん中はみく」
芽依がすぐ隣を指さした。
「めい、こっち」
創磨は最後に、入口に一番近い端のベッドを見た。
なんとなく、そこが自分の場所な気がした。
望来が寝る。
芽依が隣。
何か来たら、自分が一番先に気づく。
誰に言われたわけでもないのに、創磨はそこへ手を置いた。
「そうま、そこ?」
「うん」
「入口の近くやん」
「そのほうがよか」
芽依は少しだけ創磨を見たあと、何も言わんかった。
部屋の隅には、まだ薬やパンや種がそのまま置いてある。
これじゃごちゃごちゃする。
「箱もいる」
「箱?」
「入れるやつ。大事なの、まとめる」
創磨は作業台を置いて、板材を並べた。
知っとる形にする。
四角い箱――チェストが、ぽんと現れる。
「また出た」
芽依が言う。
「便利やね」
「便利ばってん、勝手に増えるわけじゃなか」
「わかっとるし」
創磨はチェストを壁際に置いた。
パン。
種。
木材。
石。
使わんものを順に入れていく。
それから、最後に薬のケースを手に取った。
少しだけ、息が重くなる。
創磨は床に座って、ケースを開けた。
白い錠剤の入った小さな袋を、ひとつずつ並べる。
「なにしよると」
芽依が近くに座った。
「数える」
「……薬?」
「うん」
創磨は一つずつ、声を出さんように心の中で数えた。
一。
二。
三。
途中で間違えそうになって、最初からやり直す。
もう一回。
今度はゆっくり。
全部並べ終えて、創磨はしばらく何も言えんかった。
「そうま?」
「……四十二」
「え」
「あと四十二回」
芽依が、意味を飲み込むまで少し間があった。
「朝と夜で、一回ずつやろ」
「うん」
「……じゃあ」
「二十一日」
その言葉が部屋に落ちた。
創磨は、もう一度だけ薬の袋を見た。
「三週間」
口にすると、数字よりも重く感じた。
三週間。
長いようで、短い。
家にいたら、三週間なんてすぐだった。
学校へ行って、帰って、宿題をして、ゲームをして、父や母に怒られて、芽依とけんかして、望来にパンやいちごを取られていたら、いつの間にか過ぎてしまう時間だった。
でも、ここでは違う。
帰り方もわからない。
ここがどこかもわからない。
夜になれば、外に何かが出る。
それなのに、薬だけはもう数が決まっている。
望来はベッドの上で、そんな二人を見ながら首をかしげている。
意味はわかっとらん。
「みく、おくすり?」
「うん」
「ある?」
「……ある」
創磨はそう答えて、並べた薬を急いで袋へ戻した。
ある。
まだある。
でも、なくなる。
ちゃんと、なくなる。
その当たり前のことが、今はものすごく怖かった。
芽依が小さく言う。
「もっと、いっぱいあると思っとった」
「俺も」
「三週間って、多かと? 少なかと?」
創磨はすぐに答えられなかった。
多い、と言いたかった。
まだある、と言いたかった。
でも、口から出たのは違う言葉だった。
「わからん」
芽依は唇をかんだ。
泣きそうではない。けれど、怒る時みたいに顔が固くなっとる。
「……増やせんと?」
「薬は、作れん」
言った瞬間、自分でいちばん苦しかった。
木は切れる。
パンも作れる。
ボートもできた。
ベッドも運べた。
チェストも作れた。
でも薬は違う。
作業台に木を並べても、石を並べても、薬は出てこない。
この世界がゲームに似ていても、望来の薬だけは、たぶん作れない。
「三週間もある、じゃなか」
創磨は小さく言った。
芽依が顔を上げる。
「三週間しかなか」
芽依は何も言わなかった。
望来だけが、よくわからないまま薬袋を見ていた。
「みくの?」
「うん。みくの」
「にがいやつ?」
「うん。にがいやつ」
望来は少しだけ口を曲げた。
「パンいる」
「薬のあとね」
創磨は薬袋を、チェストの奥じゃなく、自分のすぐ手が届く場所に置いた。
「これは、ここ」
「箱に入れんと?」
「すぐ触れるとこがいい」
「……うん」
それから創磨は、朝取った麦の種を見た。
「畑行く」
「今?」
「植え直す」
「パンあるやん」
「取るだけ取ったら終わるやろ」
言ったあとで、創磨は少しだけむっとした。
自分が言おうと思っとったことを、先に言われたみたいだった。
芽依がじっと創磨を見る。
「めいも、そう言おうとした」
「……じゃあ言えばよかったやん」
「今言ったし」
創磨は返事をせずに作業台の前に座った。
棒と板材と丸石を並べる。
石のクワ。
「それ、動画で見たと?」
「見た」
「ちゃんと使える?」
「たぶん」
「またたぶん」
芽依が言う。
でも、その声は少しだけいつも通りに戻っとった。
三人で畑へ行く。
望来はつよし号。
創磨はクワ。
芽依は種を持つ。
畑の土は、踏むと少しやわらかかった。創磨がクワで土を整えて、芽依がそのあとに種をまく。
「そこ、あいとる」
「わかっとる」
「一個飛ばした」
「飛ばしとらん」
「飛ばしたって」
芽依に言われて見直すと、本当にひとマス空いていた。
「……飛ばしとった」
「ほら」
「うるさか」
そう言い返しながらも、創磨はそこにもちゃんと種を植えた。
望来はつよし号の中で、その様子をじっと見ている。
「なにしよると」
「パンになるやつ植えよる」
「いまパン?」
「今は種」
「パンがよか」
「すぐはならん」
望来は少しだけ口をへの字にしたけど、騒がんかった。
全部植え直して家に戻ると、部屋の中が少しだけ整って見えた。
三つ並んだベッド。
壁際のチェスト。
つよし号。
窓。
入口。
まだ借り物だ。
でも、昨日のただ入り込んだだけの場所とは違う。
望来は真ん中のベッドによじ登って、そのままごろんと横になった。
「ここ、みくの」
「真ん中だけな」
創磨が言うと、望来はうれしそうに笑った。
芽依も自分のベッドに座って、足をぶらぶらさせる。
「……ちょっとだけ、家っぽか」
「借りとるだけやけどな」
「でも、穴よりはよか」
「うん」
創磨も自分のベッドに腰を下ろした。
その時、窓の外が少し暗くなっているのに気づいた。
もう夕方が近い。
急に、昨日の夜の感じが胸の奥へ戻ってきた。
ベッドはある。
家もある。
薬も整理した。
畑も植えた。
それでも。
暗くなる。
それだけで、世界がまた別物になる気がした。
外のどこかで、低い声みたいなものが聞こえた気がする。
芽依も同じことを思ったのか、窓のほうを見た。
「……まだ明るかよね」
「今はな」
「ベッドあっても、暗かったらやだ」
創磨はうなずいた。
ほんとにそうだった。
寝る場所は決まった。
でも、夜を押し返すものがまだない。
火。
あかり。
そういうものが要る。
創磨は窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。
――寝る場所は決めた。次は、火。




