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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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31/32

飲まんといけん





 家の中に戻ると、外よりも暗く感じた。


 たいまつの火はある。


 壁にも、床にも、ちゃんと光は届いている。


 けれど、外で見た夕方の色がまだ目の奥に残っていて、そのせいで、家の中の影がいつもより濃く見えた。


 創磨は、入口のそばに立ったまま、しばらく動けなかった。


 白い花の道。


 芽依の木片。


 井戸の横に立てたたいまつ。


 暗くなっていく村の奥。


 赤ちゃん村人の家。


 そして、屋根の端に引っかかっていた白い糸。


 見えなくなっただけで、なくなったわけではない。


 その言葉が、まだ胸の中に残っていた。


「そうま」


 芽依が後ろから言った。


「つよし号、ここでよか?」


「うん」


 創磨は振り返った。


 つよし号は床下の入口の近くまで戻されていた。


 望来はその中に座ったまま、赤ちゃん村人の手を握っている。外にいた時よりも少し眠そうで、まぶたが重くなっていた。


 でも、手だけは離していない。


「赤ちゃん、ここよ」


 望来が小さく言った。


「ここ、ねんねするとこ」


 赤ちゃん村人は答えない。


 けれど、望来の横でじっとしていた。


 その目は、家の中ではなく、まだ入口の方へ向いている。


 外。


 村の奥。


 自分の家がある方。


 創磨は、その視線を見てしまって、すぐに目をそらした。


 今日は連れていけない。


 そう決めたのは自分だった。


 正しいと思う。


 暗い中、あの家へ行くわけにはいかない。


 花の道も、まだ頼りない。


 屋根の糸も確かめていない。


 つよし号も、暗い道ではもっと草に引っかかるかもしれない。


 望来が眠たくなれば、赤ちゃん村人を止める力も弱くなる。


 だから、今日はだめ。


 それはわかっている。


 でも、赤ちゃん村人が暗い方を見るたびに、胸の奥が少しずつ重くなった。


「そうま」


 今度は芽依が近くまで来ていた。


 手には、さっき使わなかった小さな木片を持っている。


「薬」


 その一言で、創磨の体が少し固まった。


 夜の薬。


 さっきから、ずっと頭のすみにはあった。


 でも、言葉にされると、急に袋の重さまで思い出した。


「うん」


 創磨は薬袋の方へ歩いた。


 棚の上。


 いつも置く場所。


 水の器の横。


 袋はそこにあった。


 白い薬袋。


 最初に数えた時より、ずっと軽くなっている。


 軽くなったことが、もう手に持たなくてもわかるようになってきている。


 それが嫌だった。


 慣れたくなかった。


 でも、飲ませる手順には慣れなければいけない。


 忘れないために。


 間違えないために。


 こぼさないために。


 創磨は薬袋を手に取った。


 袋の口を開ける。


 中を見る。


 小さな薬が並んでいる。


 数えなくても、今日の分はわかる。


 でも、創磨は指先でひとつ取り出したあと、袋の中をもう一度見た。


 二十九回。


 今から一つ飲ませる。


 そうしたら、二十八回。


 十四日分。


 数字が、頭の中で勝手に形になる。


 二十八。


 十四日。


 半分の半分ではない。


 まだある。


 まだあるはずだ。


 そう思おうとしても、最初にあった三週間の重さが、今はもうないこともわかってしまう。


「そうま」


 芽依が横からのぞきこんだ。


「また、薬の顔」


「……うん」


 創磨はごまかさなかった。


 芽依は何か言いかけて、やめた。


 そのかわり、水の器を持ってきた。


「こぼさんように」


「うん」


「みく、眠たそうやけん、早めに飲ませよ」


「うん」


 芽依の声は、少しだけ硬かった。


 薬のことになると、芽依もふざけない。


 望来の薬は、ただの苦い薬ではない。


 飲めなかった朝のことを、創磨も芽依も知っている。


 母の声。


 父の低い声。


 救急車。


 いつもの望来ではなかった望来。


 その記憶は、この世界までついてきていた。


「みく」


 創磨はつよし号の前にしゃがんだ。


 望来は眠そうな顔で、こちらを見た。


「おくすり?」


「うん。夜の薬」


「にがい?」


「にがい」


「パンは?」


「あとでちょっと」


「大きいちょっと?」


「普通のちょっと」


「ちっちゃい普通?」


「それはわからん」


 望来は少しだけ口を曲げた。


 いつものやり取り。


 でも、今日はそのあとに、すぐ薬を嫌がらなかった。


 望来は赤ちゃん村人の手を見た。


 自分の小さな手が、赤ちゃん村人の手を握っている。


 それを見てから、望来は顔を上げた。


「みく、飲む」


 創磨は少しだけ止まった。


「飲むと?」


「うん」


「苦いよ」


「にがい」


「ほんとに飲む?」


 望来はこくんとうなずいた。


「飲まんと行けん」


 芽依の手が止まった。


 創磨も、薬を持ったまま動けなくなった。


「どこに?」


 芽依が聞いた。


 望来は、当たり前みたいに答えた。


「赤ちゃんのおうち」


 それから、赤ちゃん村人の方を見た。


「明日、行くけん」


 赤ちゃん村人は何も言わない。


 でも、望来の手を握ったまま、じっと顔を向けていた。


「飲まんと、明日、赤ちゃんのおうち行けんけん」


 望来はもう一度言った。


 三歳の言葉だった。


 全部をわかっているわけではない。


 十四日という数字も、二十八回という残りも、たぶんわかっていない。


 でも、薬を飲めば明日が来る。


 飲まなければ、明日やりたいことができない。


 望来の中では、たぶんそれくらいの形になっている。


 それだけでも、創磨には十分すぎるくらい重かった。


「……うん」


 創磨は小さく言った。


「飲んだら、明日行く準備できる」


「うん」


「でも、明日も危なかったら、中には入らんかもしれんよ」


 望来は少し考えた。


「見るだけ?」


「うん。見るだけかもしれん」


「赤ちゃん、かわいそう」


「うん」


「でも、危なかったら、だめ?」


「だめ」


 望来は赤ちゃん村人の手を、少し強く握りかけた。


 すぐに芽依が言った。


「やさしく」


「やさしくしとる」


「今、ぎゅってした」


「ちょっと」


「ちょっとでも痛かかもしれん」


 望来は自分の手を見て、力をゆるめた。


「赤ちゃん、痛くなか?」


 赤ちゃん村人は答えない。


 望来はそれでも、まじめな顔でうなずいた。


「ごめんね」


 芽依が少しだけ目を丸くした。


 望来は、めったにすぐ謝らない。


 家でも、何かを取ったり、ぶつかったり、怒られたりしても、なかなか謝らない。


 それなのに、今は赤ちゃん村人に小さく謝った。


 創磨は薬を持ったまま、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


「みく、口」


 望来は素直に口を開けた。


 小さな口。


 眠そうで、少し乾いていて、でもちゃんと開いている。


 創磨は薬を入れた。


 芽依が水の器を支える。


「ゆっくり」


 芽依が言う。


 望来は水を飲んだ。


 こくん。


 小さな喉が動く。


 創磨は、その動きを最後まで見た。


 もう一度、ちゃんと飲み込んだかを見る。


 口の中に残っていないか。


 むせていないか。


 咳き込まないか。


 望来は顔をしかめた。


「にがい」


「飲めた?」


「飲めた」


 芽依がすぐに言った。


「飲めた」


 創磨も言った。


「飲めた」


 その言葉を三人で確認する。


 望来は少しだけ得意そうな顔をした。


「みく、飲んだ」


「うん」


「明日、行ける?」


「準備してから」


「準備したら?」


「行けるか見る」


「また見る」


「見るの大事」


 芽依が言った。


「勝手に行ったらだめやけんね」


「行かん」


「ほんと?」


「ほんと」


「赤ちゃんが行きたそうにしても?」


 望来は赤ちゃん村人を見た。


 そして、少し困った顔になった。


「……止める」


「やさしく?」


「やさしく止める」


「強く引っぱらん?」


「引っぱらん」


「赤ちゃん係は?」


「危なくせん係」


 芽依は小さくうなずいた。


「そう」


 創磨は薬袋を閉じた。


 手の中で、袋がまた少しだけ軽くなった気がした。


 二十八回。


 十四日分。


 声に出さないつもりだった。


 けれど、出しておかなければいけない気もした。


 忘れないために。


 ごまかさないために。


「二十八回」


 創磨は小さく言った。


 芽依だけが聞こえるくらいの声だった。


 でも、望来も少し反応した。


「にじゅう……?」


「残り」


「のこり?」


「薬の残り」


 望来は薬袋を見た。


 でも、その数字がどういう意味かまでは、やっぱりわかっていない顔だった。


「まだある?」


 望来が聞いた。


 創磨は一瞬、言葉に詰まった。


 まだある。


 でも、たくさんあるわけではない。


 そう言いたかった。


 けれど望来の顔を見て、言葉を選んだ。


「まだある」


「じゃあ、よかった」


 望来はそう言って、赤ちゃん村人の方を向いた。


「赤ちゃん、まだあるって」


 赤ちゃん村人は、薬袋を見ているのか、望来を見ているのか、わからない。


 けれど、望来の声を聞くように、少しだけ顔を上げた。


 その様子を見て、芽依がぽつりと言った。


「みく、赤ちゃんに何でも教えるね」


「教える」


「赤ちゃん、わかっとると?」


「わかっとる」


「ほんとに?」


「みく、わかるもん」


 望来は当然みたいに言った。


 芽依は少しだけあきれた顔をした。


「またそれ」


「みく、赤ちゃん係やけん」


「危なくせん係ね」


「うん。危なくせん係」


 そのやり取りで、家の中の空気が少しだけゆるんだ。


 けれど、すぐにまた静かになる。


 外はもう夜だった。


 窓の向こうは暗い。


 井戸の横のたいまつの光は、家の中からは見えない。


 白い花の道も、木片も、ここからは見えない。


 赤ちゃん村人の家は、もっと見えない。


 ただ、そこにあると知っているだけだった。


 創磨は薬袋をしまった。


 二十八回。


 十四日。


 その数字を胸の奥へ押し込もうとして、うまくいかなかった。


 十四日で、どうやって帰る。


 赤ちゃん村人の家にも入れていない。


 クモの糸もまだある。


 弓もまだない。


 糸も足りない。


 食べ物も、たいまつも、道も、全部少しずつしかない。


 父も母もいない。


 どうしたらいい。


 どうやって帰る。


 どうやって、薬が尽きる前に。


「そうま」


 芽依が言った。


 創磨は返事をしなかった。


 返事をしようとしたのに、喉が動かなかった。


 芽依も何か言おうとして、やめた。


 赤ちゃん村人は、つよし号の中から窓の方を見ている。


 望来は、その横で少し眠そうにしていた。


 重い沈黙だった。


 誰も泣いていない。


 誰も怒っていない。


 けれど、みんなの胸の中に、暗いものが少しずつたまっていくようだった。


 その時だった。


「やーねーよーりー」


 望来が、急に歌い出した。


 創磨は顔を上げた。


 芽依も目を丸くした。


 望来はつよし号の中で、赤ちゃん村人の手を握ったまま、眠そうな目で歌っていた。


「たーかーいー、こいのぼりー」


 その先は、少し曖昧だった。


 言葉もところどころ違う。


 節も少しずれている。


 でも、それは間違いなく、いつも歌っていた歌だった。


 家で。


 車で。


 保育園で。


 散歩の途中で。


 父がふざけて大きな声で歌い、芽依が「うるさか」と言いながら続きを歌い、望来が一番大きな声で好きなところだけ繰り返す歌。


 創磨は、少しだけ何も考えられなくなった。


 こんなところで。


 この夜に。


 薬を飲ませたばかりで。


 赤ちゃん村人の家にも行けなくて。


 クモの糸も残っていて。


 そんな時に、望来はこいのぼりを歌っている。


「みく」


 芽依が言った。


「今、歌うと?」


 望来は歌を止めなかった。


 むしろ、芽依の方を見て、少し笑った。


「めいも」


「は?」


「めいも歌う」


「なんで」


「いつも歌うやん」


 芽依は口を開けたまま、少し黙った。


 それから、ふいっと横を向いた。


「……みく、歌詞ちがうし」


「ちがわん」


「ちがう」


「めい、歌って」


「もう」


 芽依は面倒くさそうに言った。


 でも、その声にはさっきまでの硬さがなかった。


 小さく、ほんとうに小さく、芽依が続いた。


 はっきり歌うのが恥ずかしいのか、最初は口の中だけだった。


 それでも、望来はすぐに気づいた。


「めい、歌った」


「歌っとらん」


「歌った」


「ちょっとだけ」


「もっと」


「うるさか」


 芽依はそう言いながら、今度は少しだけ声を出した。


 創磨は、その二人を見ていた。


 芽依は怒ったような顔をしている。


 でも、口元は少しゆるんでいる。


 望来は眠そうなのに、うれしそうに歌っている。


 赤ちゃん村人は、望来の顔をじっと見ている。


 歌の意味はわからないはずだった。


 こいのぼりも、屋根より高いという言葉も、この世界の赤ちゃん村人にはたぶんわからない。


 でも、望来の声が明るいことはわかるのかもしれない。


 赤ちゃん村人は、さっきまで窓の向こうを見ていた目を、望来へ向けていた。


 家の外で、村人の声が一度だけした。


 いつもの低くて不思議な声。


 それが歌に反応したのかどうかはわからない。


 けれど、家の前を通った村人が、窓の外で少しだけ立ち止まったような影が見えた。


 鉄ゴーレムの足音も、遠くで一度止まった。


 どん。


 その音がして、またゆっくり動き出す。


 何も変わっていない。


 夜は夜のまま。


 外は暗いまま。


 赤ちゃん村人の家も、まだ見えないまま。


 薬袋の中身も増えない。


 それでも、家の中だけは少し違った。


 創磨は、知らないうちに息を吐いていた。


 胸の奥にたまっていた硬いものが、ほんの少しだけゆるんだ。


「そうまも」


 望来が言った。


「え」


「そうまも歌って」


「おれはよか」


「なんで」


「声、変やけん」


「変じゃなか」


 芽依がすぐに言った。


 創磨は芽依を見た。


 芽依は視線をそらしている。


「変じゃなかけん、歌えば」


「芽依もちゃんと歌ってないやん」


「めいは歌いよる」


「小さか声やん」


「そうまよりまし」


「まだ歌ってないし」


「じゃあ歌えば」


 いつもの言い合いみたいだった。


 この世界に来てから、少しずつ減っていた普通の言い合い。


 どうでもいいことで言い返して、少しむっとして、それでも隣にいる。


 創磨は、そんなやり取りが急に懐かしくなった。


「……ちょっとだけ」


 創磨は言った。


 望来の顔がぱっと明るくなる。


「そうま、歌う」


「ちょっとだけ」


「大きいちょっと?」


「普通のちょっと」


 芽依が小さく笑った。


 創磨は声を出した。


 大きくはない。


 外に聞こえないくらい。


 でも、望来と芽依には聞こえるくらい。


 三人の声が、たいまつの火の中で重なった。


 歌詞は少し違う。


 望来は好きなところだけ大きく歌う。


 芽依は間違いを直したがる。


 創磨は、途中で恥ずかしくなって声を小さくする。


 それでも、歌は続いた。


 赤ちゃん村人は、望来の手を握ったまま、三人の顔を順番に見ていた。


 やがて、望来が眠そうに目をこすった。


「みく、ねむか」


「そりゃそうやろ」


 芽依が言った。


「薬も飲んだし」


「歌ったし」


「歌ったら眠くなると?」


「なる」


「ならんやろ」


「なるもん」


 望来はそう言って、赤ちゃん村人の方へ少し体を寄せた。


「赤ちゃんも、ねむか?」


 赤ちゃん村人は答えない。


 でも、さっきより体の力が抜けているように見えた。


 芽依がつよし号の横にしゃがんだ。


「今日は、ここでねんねやけんね」


「赤ちゃんのおうちは?」


「明日」


「明日、行く?」


「準備してから」


「見るだけ?」


「見るだけかもしれん」


 望来は小さくうなずいた。


 さっきより素直だった。


「みく、飲んだけん」


「うん」


「明日、行けるように」


「うん」


「赤ちゃん、明日ね」


 望来は赤ちゃん村人に言った。


 そして、つよし号のへりにもたれた。


 芽依があわてて支える。


「ここで寝たらだめ。ベッド行くよ」


「つよしくんで寝る」


「だめ」


「なんで」


「首、痛くなる」


「ならん」


「なる」


「つよしくん、すき」


「好きでもベッド」


 芽依は文句を言いながら、望来の体を起こした。


 創磨も手を貸す。


 望来はもう半分眠っていて、足に力が入っていない。


 赤ちゃん村人も、つよし号のへりをつかんだまま立とうとした。


「赤ちゃんも」


 望来が言う。


「うん。赤ちゃんも近く」


 創磨は床下の入口と、ベッドと、つよし号の位置を見た。


 夜に何かあれば、すぐ床下へ入る。


 それは変えない。


 でも、今は少しだけ、普通に寝かせてやりたかった。


 薬を飲んだ。


 歌も歌った。


 少し笑った。


 それだけで、今日の夜は昨日とは違う気がした。


 創磨は望来をベッドの真ん中に座らせた。


 芽依が布をかける。


 赤ちゃん村人は望来のすぐ近くに座る。


 望来は眠そうな手で、赤ちゃん村人の服の端をつまんだ。


「赤ちゃん、行かんでね」


 小さな声だった。


 赤ちゃん村人は動かなかった。


 それを見て、望来は安心したように目を閉じた。


 芽依は、まだ少しだけ歌の続きを口の中で言っていた。


 自分では気づいていないみたいだった。


 創磨は薬袋をもう一度見た。


 二十八回。


 十四日。


 数字は変わらない。


 重さも変わらない。


 でも、さっきより少しだけ、手が震えなかった。


 薬は増えない。


 明日も危ない。


 赤ちゃん村人の家には、まだ入れないかもしれない。


 それでも、望来は飲んだ。


 芽依は歌った。


 自分も、小さく歌った。


 帰れない夜の中で、三人だけが知っている家の歌が、少しだけここに残った。


「明日、行こう」


 創磨は小さく言った。


 芽依が顔を上げる。


「赤ちゃんの家?」


「うん。準備してから」


「屋根、見る?」


「見る」


「糸も?」


「見る」


「中は?」


「危なかったら入らん」


「うん」


 芽依はうなずいた。


 それから、眠っている望来を見た。


「みく、飲んだもんね」


「うん」


「歌ったし」


「うん」


「じゃあ、明日、ちゃんとせんばね」


「うん」


 外では、夜が続いていた。


 たいまつの火が、壁に小さな影を作っている。


 その影の中で、白い花の道は見えない。


 赤ちゃん村人の家も見えない。


 屋根の糸も見えない。


 でも、創磨は思った。


 見えないだけで、あるものがある。


 怖いものだけではない。


 白い花も。


 芽依の木片も。


 望来の歌も。


 父や母と歌った記憶も。


 今は見えないだけで、ちゃんと残っている。


 創磨は薬袋をしまった。


 二十八回。


 その数字を忘れないまま、でも今夜だけは、望来の歌の続きを胸の中で小さくなぞった。


 明日、赤ちゃん村人の家へ行く。


 帰るために。


 守るために。


 そして、次の夜もまた、望来が歌えるように。

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