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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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30/36

夜の花


 帰る道は、行く時よりも長く感じた。


 白い花は、ちゃんと置いてある。


 家から井戸へ。


 井戸から畑の横へ。


 畑の横から、赤ちゃん村人の家の前へ。


 地図の上で決めたものを、村の地面にひとつずつ置いた。だから、来た道はわかるはずだった。


 けれど、創磨は何度も振り返った。


 赤ちゃん村人の家。


 低い屋根。


 小さな扉。


 窓の上の影。


 そして、屋根の端に引っかかっていた細い白い糸。


 それを見つけた時、創磨は中に入ると言えなかった。


 赤ちゃん村人がずっと見ていた家だった。


 望来が「赤ちゃんのおうち」と呼んだ家だった。


 白い花を置いて、帰る場所を作った家だった。


 それなのに、今日は帰れなかった。


「赤ちゃん、また行くけん」


 つよし号の中で、望来が小さく言った。


 赤ちゃん村人は答えない。


 望来の隣に座り、小さな手でつよし号のへりをつかんだまま、ずっと後ろを見ている。


 その視線の先に、もう家はほとんど見えなかった。


 畑の角と、井戸の影と、村家の屋根が重なって、赤ちゃん村人の家はだんだん小さくなっていく。


「赤ちゃん、泣いとる?」


 望来が聞いた。


 芽依はつよし号の横を歩きながら、赤ちゃん村人の顔をのぞいた。


「泣いとらん」


「でも、かなしか顔しとる」


「みくがそう思うだけやろ」


「かなしかもん」


 望来はそう言って、赤ちゃん村人の手を握った。


「赤ちゃん、みく、おるけんね」


 その言い方は、少し前よりも小さかった。


 さっきまでは「行く」と言いそうな声だった。


 でも今は、「行きたい」と言わないようにしている声だった。


 創磨は、縄を引く手に力を入れた。


 つよし号が、ずず、と土の上を滑る。


 けれど、草の角にひっかかってすぐ止まった。


「また」


 芽依が前に回り、つよし号の先を少しだけ持ち上げた。


「そうま、引っぱって」


「うん」


 二人で動かすと、つよし号は段差を越えた。


 望来の体が少し揺れる。


「わっ」


「みく、座っとって」


「座っとる」


「赤ちゃん、倒れそうやった」


「みく、持っとるもん」


「強く持ちすぎんで」


「やさしく持っとる」


 望来は赤ちゃん村人の服を握ったまま、少しだけ力をゆるめた。


 創磨はそれを見て、何も言わなかった。


 望来はまだ三歳だ。


 守るつもりで強く握る。


 止めるつもりで引っぱる。


 大事にしたいのに、力の加減がわからない。


 それでも、今の望来は、赤ちゃん村人を置いて走り出そうとはしていなかった。


 それだけでも、さっきより進んでいる。


 行きたいのを、我慢している。


 また来るために、今は戻っている。


 創磨は、そう思おうとした。


 でも、胸の奥は重かった。


 赤ちゃん村人の家に入れなかった。


 屋根の糸を見つけただけで帰った。


 それは正しいはずだった。


 中が安全かわからない。


 屋根にクモが通ったかもしれない。


 扉の中に何があるかもわからない。


 望来と赤ちゃん村人を連れて、暗くなりかけた家に入るわけにはいかない。


 そう考えれば、帰るしかなかった。


 でも、帰るしかないことと、帰りたいことは違った。


「そうま」


 芽依が言った。


「なに」


「花、見える?」


 創磨は足元を見た。


 そこには、望来が置いた白い花があった。


 井戸の手前に置いた花。


 さっきは、ちゃんと白く見えた。


 けれど今は、少し違った。


 夕方の影が畑の方から伸びてきて、花の半分を暗くしている。白いはずなのに、土の色に少し沈んでいる。


「見える」


 創磨は答えた。


 でも、すぐに言い直した。


「昼なら」


 芽依はうなずかなかった。


 じっと花を見ている。


「夜、見えんかも」


 その言葉で、創磨の足が止まった。


 つよし号の縄がぴんと張る。


「夜?」


「うん」


 芽依はしゃがみこんで、白い花を指さした。


「これ、夜になったら黒くなるやろ」


「たいまつあるけん」


「ここ、たいまつ遠か」


 創磨は周りを見た。


 井戸の近くに一本。


 家の前に一本。


 畑の横にも一本。


 けれど、花はたいまつのすぐ下にあるわけではない。昼間なら見える距離でも、夜になると影に混ざるかもしれない。


 白い花の道。


 そう呼んだ。


 でも、夜に見えなければ道ではない。


「……たしかに」


 創磨は小さく言った。


 芽依が顔を上げる。


「やろ」


「うん」


「じゃあ、どうすると」


 どうする。


 創磨はすぐに答えられなかった。


 たいまつを全部の花の横に置く。


 それができれば一番いい。


 でも、たいまつは無限ではない。


 木炭も、棒も、火も、全部大事だった。


 家の周りも明るくしなければならない。


 からんの場所も、裏の角も、屋根の下も、暗いままにはできない。


 花の道だけにたいまつを全部使うわけにはいかない。


「たいまつ、足りん」


 創磨が言うと、芽依は「やっぱり」という顔をした。


「じゃあ、花、増やす?」


「増やしても、見えんかったら同じ」


「白い石は?」


「白い石は危ないところ」


「じゃあ、違う石」


 芽依はポケットを探った。


 小さな石が、いくつも出てきた。


 白い石。


 灰色の石。


 少し黒っぽい石。


 角が欠けた石。


 木片。


 葉っぱ。


 創磨は思わず見た。


「そんな持っとったと?」


「いるかと思った」


「いつ拾ったと」


「歩きながら」


「歩きながらって」


「落ちとったもん」


 芽依は当たり前みたいに言って、灰色の石を一つ拾い直した。


「花の横に、これ置く」


「灰色?」


「昼でも夜でも、ちょっと形わかるやろ。花だけやったら、ぺたんってしとるけん見えん」


 創磨は灰色の石と白い花を見比べた。


 花は明るい。


 でも低い。


 石は白くない。


 でも、土の上で少し盛り上がる。


 足に当たればわかるかもしれない。


 たいまつの光が横から当たれば、影もできる。


「それ、よかかも」


 創磨が言うと、芽依の顔が少しだけ明るくなった。


「やろ」


「でも、危ない白い石と間違えたらだめ」


「白じゃなかやつにする」


「灰色は見る場所やったやろ」


「じゃあ、花の横は木片」


 芽依はすぐに木片を出した。


「花と木。通ってよか道」


 創磨は考えた。


 白い花だけなら、風で動くかもしれない。


 踏まれるかもしれない。


 夜には見えにくい。


 でも、花のすぐ横に小さな木片を置くなら。


 たいまつの光が当たった時、木片の影ができる。


 手で触れば、花がなくなってもそこに何かあったとわかる。


 それに、望来にも説明しやすい。


 花と木は、通っていい。


 白い石は、だめ。


 灰色の石は、見る。


「花と木」


 創磨は言った。


「うん。通ってよか道」


 芽依はすぐにうなずいた。


「じゃあ、ここ置く」


「待って。置く場所、決めてから」


「なんで」


「ばらばらに置いたら、どっち行くかわからん」


 芽依は少しむっとしたが、言い返さなかった。


 創磨は白い花の横にしゃがんだ。


 花から少し家側。


 そこに木片を置く。


「木片が家の方」


「家の方?」


「うん。帰る時は、花の横の木片がある方に進む」


 芽依は目を細めた。


「むずかし」


「でも、道しるしになる」


「みく、わかる?」


 芽依が振り返る。


 望来はつよし号の中で、赤ちゃん村人と一緒にこちらを見ていた。


「みく、わかる?」


「なにが?」


「花と木」


「花、みく」


「木は?」


「木?」


 望来は首をかしげた。


 芽依は木片を持って、望来に見せた。


「花と木が一緒にあったら、通ってよか道」


「通ってよか?」


「うん」


「白い石は?」


「だめなとこ」


「だめ」


「灰色の石は?」


「見るとこ」


「そう」


 望来は少し考えた。


 それから赤ちゃん村人の手を握って、真面目な顔で言った。


「赤ちゃん、花と木よ。白い石だめ」


 赤ちゃん村人は何も言わない。


 でも、望来はそれで満足したようだった。


「みく、置く」


「今はそうまが置く」


「みくの花やもん」


「花はみく。木はそうま」


「めいの木」


 芽依がすぐに言った。


「めいが拾った木やけん」


「じゃあ、めいの木」


 望来が言い直す。


「みくの花。めいの木。そうまは?」


「そうまは……」


 芽依が創磨を見る。


 創磨は少し困った。


「場所決める係」


「ずる」


「なんで」


「そうまだけ、かっこよか」


「かっこよくなか」


 創磨はそう言ったが、芽依は納得していない顔だった。


 望来はにこっと笑った。


「そうま、ばしょ」


「うん」


「めい、木」


「うん」


「みく、花」


 それから、赤ちゃん村人の方を見た。


「赤ちゃん、おうち」


 その言葉で、少しだけ空気が止まった。


 赤ちゃん村人はやっぱり答えない。


 けれど、顔だけは村の奥へ向けていた。


 自分の家の方へ。


 創磨は、手の中の木片を見た。


 花と木で、道を作る。


 それは、ただ戻るための印ではなかった。


 赤ちゃん村人を、いつか家へ帰すための印だった。


     *


 作業は、思っていたよりも細かかった。


 花の横に木片を置く。


 でも、どこに置いてもいいわけではない。


 家へ戻る方に置くのか。


 赤ちゃん村人の家へ進む方に置くのか。


 曲がる場所では、木片を斜めにするのか。


 井戸の横では、たいまつの光が当たる側に置くのか。


 創磨は一つ置いては立ち上がり、少し離れて見た。


 見える。


 見えない。


 影に入る。


 草に隠れる。


 つよし号の通る場所に近すぎる。


 村人が踏みそう。


 それを一つずつ直す。


 芽依は最初、すぐに置きたがった。


 でも、創磨が何度もやり直すうちに、だんだん自分でも見始めた。


「ここ、草で見えん」


「うん」


「ちょっと横」


「そこ、白い石と近い」


「じゃあ、こっち」


「そっちはつよし号が引っかかる」


「めんどくさ」


「めんどくさくせんと、夜わからん」


 創磨がそう言うと、芽依は口を曲げた。


 でも、木片を置き直した。


 望来はつよし号の中から、何度も言った。


「みくも置く」


「あとで」


「あとでばっか」


「落ちるけん」


「落ちん」


「さっき揺れたやん」


「あれは、つよしくん」


「つよしくんのせいにせん」


 芽依が言うと、望来は口をとがらせる。


 でも、赤ちゃん村人が少し前に出ようとすると、すぐに袖をつかんだ。


「赤ちゃん、だめよ。まだ」


 その声は、さっきより少しだけお姉さんみたいだった。


 芽依はそれを聞いて、何か言いかけた。


 でも、言わなかった。


 代わりに、小さな木片を一つ、望来に渡した。


「じゃあ、これだけ」


「みく?」


「うん。でも、つよし号から落ちんところ」


「ここ?」


「そこ」


 望来は木片を受け取ると、両手で大事そうに持った。


 そして、つよし号の中から身を乗り出そうとした。


「出すぎ」


 芽依がすぐに服をつかむ。


「出とらん」


「出とる」


「木、置くと」


「ゆっくり」


 望来は唇を結んで、手を伸ばした。


 木片は、白い花の少し横に落ちた。


 思った場所より遠かった。


 斜めになって、草の角に引っかかった。


「あ」


 望来が言う。


「ちがう」


「よか」


 創磨はすぐに言った。


「そこでもわかる」


「ほんと?」


「うん。みくの花の近く」


 望来はほっとした顔をした。


「みくの木も」


「それはめいの木」


 芽依が言う。


「みく、置いたもん」


「めいが拾った」


「みくが置いた」


「じゃあ、みくが置いためいの木」


 創磨が言うと、二人とも少し黙った。


 そして、望来が先に笑った。


「長か」


「長かね」


 芽依も少しだけ笑った。


 その声は、村の夕方に小さく浮いた。


 怖いことは消えていない。


 赤ちゃん村人の家には入れていない。


 屋根の糸もそのままだ。


 夜になれば、薬の時間も来る。


 でも、今この一瞬だけは、三人で道を作っていた。


 花と木で。


 石とたいまつで。


 自分たちが、もう一度そこへ行けるように。


     *


 夕方が深くなると、白い花はさらに見えにくくなった。


 創磨は、井戸の横に立って家の方を見た。


 家の前のたいまつは、まだ小さく火を揺らしている。


 でも、昼間の光が残っているせいで、火は頼りなく見えた。


 夜になれば、もっと明るく見えるかもしれない。


 けれど、今はまだ中途半端だった。


 昼でもない。


 夜でもない。


 ものの輪郭がぼやける時間。


 白い花は、土の上で小さく沈んでいた。


「見えんね」


 芽依が言った。


「少しは見える」


「少しじゃだめやん」


「うん」


 創磨はうなずいた。


 少し見える。


 それは、安心ではない。


 逃げる時に、少しだけ見えるものは、たぶん見えないのと同じだ。


 望来を乗せたつよし号を引きながら。


 赤ちゃん村人を守りながら。


 夜の音を聞きながら。


 その時に、かがんで花を探す余裕なんてない。


「たいまつ、一本いる」


 創磨は言った。


 芽依がすぐに顔を上げる。


「ここ?」


「うん。井戸の横。道が分かれるけん」


「でも、たいまつ減る」


「ここはいる」


「家の裏は?」


「裏もいる」


「赤ちゃんの家は?」


 芽依の言葉で、創磨は村の奥を見た。


 赤ちゃん村人の家。


 そこは、もう影の中に入っていた。


 屋根の端は見えない。


 白い糸も、今はもう見えない。


 昼に見えていた細いものが、夕方になると消える。


 そこにあるのに、見えない。


 それが一番怖かった。


「赤ちゃんの家は、明日」


 創磨は言った。


「今日は置かんと?」


「今日は、帰る道」


「帰る道だけ?」


「うん」


 芽依は少し不満そうだった。


 でも、言い返さなかった。


 たぶん、芽依もわかっている。


 全部はできない。


 今あるたいまつで、全部の場所を明るくすることはできない。


 だから、順番を決めるしかない。


 創磨は家に戻るための道を見た。


 白い花。


 木片。


 灰色の石。


 白い石。


 それぞれに意味を決めた。


 でも、意味を決めただけでは足りない。


 夜に見えなければならない。


 間違えずに進めなければならない。


 望来が「こっち」と勝手に動かないようにしなければならない。


 赤ちゃん村人が家の方へ戻ろうとした時、止められなければならない。


「みく」


 創磨はつよし号の前にしゃがんだ。


 望来は赤ちゃん村人と一緒に、少し眠そうな顔をしていた。


「なに」


「夜になったら、花、見えにくくなる」


「みえん?」


「うん。だから、勝手に行かん」


「行かん」


 返事は早かった。


 でも、創磨はその返事だけでは終われなかった。


「赤ちゃんが行きたそうにしても、行かん」


 望来の顔が少し変わった。


「赤ちゃん、おうち行きたか」


「うん」


「かわいそう」


「うん」


「でも、行かんと?」


「夜は行かん」


「なんで」


 創磨は少し黙った。


 なぜか。


 危ないから。


 クモがいるかもしれないから。


 屋根に糸があったから。


 花が見えないから。


 たいまつが足りないから。


 薬の時間が来るから。


 理由はいくつもあった。


 でも、望来に全部言っても、たぶん伝わらない。


「帰れんくなるけん」


 創磨は言った。


 望来は瞬きをした。


「みくたちが?」


「うん」


「赤ちゃんも?」


「うん」


「帰れんくなる?」


「うん。暗くなって道が見えんかったら、みんな帰れんくなる」


 望来は、白い花の道を見た。


 それから、赤ちゃん村人を見た。


 小さな手に力が入る。


「じゃあ、行かん」


 今度の返事は、さっきより遅かった。


 その分、少しだけ本物に聞こえた。


「夜は、行かん」


 芽依が横から言った。


「ほんとに?」


「ほんと」


「赤ちゃんが行くってしても?」


 望来は赤ちゃん村人の手をぎゅっと握った。


「みく、止める」


「強く引っぱらんとよ」


「やさしく止める」


「ほんとに?」


「ほんと」


 芽依はまだ疑っている顔だった。


 でも、少しだけうなずいた。


「じゃあ、みく、赤ちゃん係」


「うん」


「でも、赤ちゃん係は、赤ちゃんを連れて行く係じゃなかよ」


「じゃあ、なに?」


「赤ちゃんを危なくせん係」


 望来はその言葉を口の中で繰り返すように、少し考えた。


「危なくせん係」


「そう」


「みく、危なくせん係」


 望来は赤ちゃん村人に顔を近づけた。


「赤ちゃん、夜はだめよ。みく、危なくせん係やけん」


 赤ちゃん村人は、やっぱり何も言わなかった。


 でも、望来の手を握り返したように見えた。


     *


 創磨は、井戸の横にたいまつを一本立てた。


 火がつくと、白い花の横の木片に影ができた。


 小さな影だった。


 でも、さっきより見えた。


「見える」


 芽依が言った。


「うん」


「花だけより、見える」


「うん」


 創磨は少し離れて見た。


 たいまつの光は、花を真っ白にするわけではなかった。


 むしろ、影が揺れて、見えたり見えなかったりする。


 でも、木片があることで、そこに何か置いてあるとわかる。


 花は道。


 木片は向き。


 たいまつは、曲がり角。


 それなら、夜でも少しは進めるかもしれない。


 少し。


 また、少しだった。


 この世界に来てから、創磨たちが手に入れる安心は、いつも少しだけだった。


 土の穴。


 水。


 作業台。


 家。


 床下。


 盾。


 からん。


 つよし号。


 花の道。


 全部、完全ではない。


 でも、ないよりはましだった。


 その少しを、つなげてきた。


 創磨は、家の方を見た。


 家の入口にも、白い花がある。


 望来が最初に置いた花。


 戻る花。


 そこにも木片を置いた。


 たいまつの光が近いから、そこはよく見える。


 家の前だけなら、安全そうに見える。


 でも、少し離れるとすぐ暗い。


 そして、村の奥はもっと暗い。


 赤ちゃん村人の家は、もうほとんど夜の中だった。


「明日」


 創磨は小さく言った。


 芽依が聞いた。


「なに?」


「明日、赤ちゃんの家の前にも、こうする」


「たいまつ?」


「うん。でも先に、屋根見る」


「また屋根」


「糸あったけん」


「わかっとる」


 芽依は嫌そうに言った。


 それから、自分のポケットを押さえた。


「めい、石いる?」


「いる」


「白い石?」


「危ないところ」


「灰色?」


「見るところ」


「木片?」


「通っていい道」


「花?」


 創磨はつよし号の方を見た。


 望来は赤ちゃん村人に小さな声で何か話している。


「花は、みく」


 芽依は少しだけ笑った。


「みく、花係やけんね」


「うん」


 その時、望来が顔を上げた。


「そうま」


「なに」


「夜、花、見える?」


 創磨は答える前に、足元の花を見た。


 たいまつの光で、白い花は小さく浮いていた。


 昼の白さではない。


 明るい花でもない。


 風が吹けば消えそうで、影が揺れれば隠れそうで、踏まれたらすぐになくなりそうな白さだった。


 でも、見えた。


「見える」


 創磨は言った。


「ちょっとだけ」


「ちょっと?」


「うん。でも、見えるようにした」


 望来は少し安心したように、赤ちゃん村人の手を握り直した。


「赤ちゃん、夜も花あるよ」


 赤ちゃん村人は、白い花を見ていた。


 それから、村の奥を見た。


 自分の家の方を。


 創磨も同じ方を見た。


 赤ちゃん村人の家は、暗くなっていた。


 屋根の端も、糸も、もう見えない。


 見えないだけで、なくなったわけではない。


 そこにある。


 たぶん、まだある。


 創磨は、喉の奥が少し乾くのを感じた。


 夜の薬の時間が近い。


 薬袋の中には、まだ二十九回残っている。


 まだ、減っていない。


 でも、夜になれば一つ減る。


 二十八回になる。


 十四日。


 その数字が頭に浮かびかけて、創磨はぎゅっと目を閉じた。


 今は、花。


 今は、道。


 今は、帰ること。


「戻ろう」


 創磨は言った。


「薬?」


 芽依が聞いた。


「うん。そろそろ」


 望来は「にがい」と言いかけて、途中で赤ちゃん村人を見た。


 それから、少しだけ口を曲げて言った。


「みく、飲む」


 創磨は何も言えなかった。


 芽依も少し黙った。


 望来はつよし号の中で、赤ちゃん村人の手を握ったまま続けた。


「飲まんと、明日、赤ちゃんのおうち行けんけん」


 その言葉は、軽く聞こえた。


 三歳の望来が、自分で思いついた理由みたいだった。


 でも、創磨の胸には、重く入った。


 薬を飲む。


 明日へつなぐ。


 赤ちゃん村人の家へ、もう一度行くために。


 帰るために。


 生きて朝を迎えるために。


 創磨は縄を握り直した。


 つよし号が、家の方へ動き出す。


 たいまつの横で、白い花が小さく揺れた。


 花の横には、芽依の木片があった。


 その影は、家の方を向いていた。


 夜の中でも、ほんの少しだけ道に見えた。


 ほんの少しだけ。


 でも、今の創磨たちには、その少しを信じて戻るしかなかった。

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