表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/29

花の道をたどって




 白い花は、地面に置くとすぐに小さく見えた。


 望来の手の中では、ちゃんと花だった。白くて、やわらかくて、望来が両手で大事そうに持っているあいだは、少しだけ明るいものに見えた。


 けれど、四角い土の上に一つ置くと、急に頼りなくなる。


 風が吹けば転がりそうで、誰かが踏めばすぐに潰れそうで、夕方になれば影に混ざって見えなくなりそうだった。


 創磨は、それを見ていた。


 地図の上では、花は道だった。


 ここは通っていい。


 ここは戻れる。


 ここは赤ちゃん村人と一緒に行ける。


 そう決めたはずだった。


 でも、実際の村の地面に置くと、それはただの小さな花でもあった。


「そうま」


 望来がつよし号の中から呼んだ。


「ここ?」


 小さな手に、二つ目の白い花を握っている。


 創磨は周りを見た。


 自分たちの家の前。


 床下へ戻れる入口の近く。


 家の横のからんからは少し離れている。


 たいまつの光も、夜になればぎりぎり届くかもしれない場所だった。


「そこ」


 創磨がうなずくと、望来は身を乗り出した。


「みく、置く」


「落ちる」


 芽依がすぐに望来の背中を押さえた。


「みく、出すぎ」


「出とらん」


「出とる」


「花、置くと」


「置くのはよかけど、落ちたらだめ」


 芽依はそう言って、つよし号のへりに片手をかけた。もう片方の手で、望来の服をつまんでいる。


 望来は少しだけ口をとがらせた。


「みく、花係やもん」


「花係でも、落ちたらだめ」


「落ちんもん」


「落ちるって」


 言い合いながらも、芽依は望来の手が届くようにつよし号を少しだけ傾けてやった。


 望来は白い花を、そっと地面に置いた。


 花はまっすぐではなかった。


 少し斜めになって、土の角にひっかかるように止まった。


「できた」


 望来が言った。


「みくの花」


「うん」


 創磨はうなずいた。


「そこ、戻る花」


「戻る?」


「家に戻るところってわかる花」


 望来は、置いた花をじっと見た。


 それから、赤ちゃん村人の手をぎゅっと握った。


「赤ちゃん、ここ戻るとよ」


 赤ちゃん村人は何も言わない。


 つよし号の中で、望来の横に座り、小さな手でつよし号のへりをつかんでいる。


 でも、顔はずっと村の奥を向いていた。


 畑の向こう。


 井戸の横。


 小さな家がある方。


 赤ちゃん村人の家かもしれない場所。


 創磨もその方向を見た。


 昼の光はまだある。


 けれど、朝より少し黄色くなっていた。屋根の下には影ができて、家の角は黒く見える。


 まだ夜ではない。


 まだ薬の時間でもない。


 それなのに、時間が減っている感じがした。


 朝、望来に薬を飲ませた。


 残りは二十九回。


 今はまだそのまま。


 でも、夜になればまた一つ減る。


 二十八回になる。


 十四日。


 創磨はそこまで考えて、頭を小さく振った。


 今は花の道。


 芽依にさっき言われたことを思い出す。


 薬は夜。


 今は地図。


 今は道。


「そうま」


 芽依が小さく言った。


「また薬の顔しとった」


「……ちょっとだけ」


「今は花」


「うん」


「みくの花、ちゃんと見て」


 芽依に言われて、創磨は地面へ目を戻した。


 白い花が二つ。


 一つ目は家の前。


 二つ目は、そこから井戸へ向かう途中。


 それだけで道と呼ぶには少なすぎる。


 でも、ゼロではなかった。


 何もない村の地面に、初めて自分たちの決めた線ができていた。


     *


 つよし号は、ずず、と音を立てて進んだ。


 創磨が縄を引く。


 芽依は少し前を歩いて、灰色の石を握っている。


 見る場所を決める石だった。


 危ない場所には白い石。


 通っていい場所には白い花。


 見る場所には灰色の石。


 戻る場所やたいまつを置きたい場所には木片。


 地図の上で決めたことを、本物の村の中に一つずつ置いていく。


 それだけなのに、思っていたより時間がかかった。


 地図では近く見えた場所が、本当に歩くと遠い。


 つよし号はまっすぐ進まない。


 草の角にひっかかる。


 土の段差で止まる。


 望来は楽そうに乗っているように見えるけれど、時々、赤ちゃん村人が少し動いただけで一緒に揺れてしまう。


「みく、ちゃんと座っとって」


 芽依が振り返る。


「座っとる」


「赤ちゃんの服、引っぱりすぎんで」


「赤ちゃん、落ちるけん」


「落ちんように、みくもじっとしとくと」


「みく、じっとしとる」


「しとらん」


「しとるもん」


 望来はそう言いながら、赤ちゃん村人の肩に手を回した。


 守っているつもりなのだろう。


 その手つきは少し乱暴で、赤ちゃん村人の体が横に傾いた。


「みく」


 創磨も声をかけた。


「優しく」


「やさしくしとる」


「もっと優しく」


 望来は自分の手を見た。


 それから、少し力をゆるめる。


「こう?」


「うん」


「赤ちゃん、こわくなかよ」


 望来は赤ちゃん村人に顔を近づけて言った。


「みく、おるけん」


 その言葉に、創磨は一瞬だけ何も言えなくなった。


 前に、自分も似たようなことを言った。


 土の穴の中で。


 芽依に。


 おれ、おるけん。


 あの時、自分だって怖かった。


 今の望来も、たぶん全部はわかっていない。


 でも、赤ちゃん村人が家に帰りたがっていることはわかっている。


 そして、自分がそばにいたいと思っている。


 それだけで、望来はちゃんと望来だった。


 守られるだけではない。


 守りたいと言う。


 ただ、その守り方が危ない。


 だから、創磨と芽依が止めなければいけない。


「ここ」


 芽依が足を止めた。


 井戸の手前だった。


 右側には村人の家。


 左側には畑。


 正面には井戸がある。


 鉄ゴーレムの足音が、少し離れた場所から聞こえた。


 どん。


 どん。


 その重い音がするだけで、創磨の胸は少しだけ楽になる。


「ここ、よか?」


 芽依が聞いた。


 創磨は周りを見た。


 屋根の影はある。


 でも、たいまつも一本立っている。


 井戸が近い。


 鉄ゴーレムの通る場所からも遠すぎない。


「よか」


 創磨が言うと、芽依はつよし号を振り返った。


「みく、花」


「はい」


 望来は白い花を一つ取った。


 今度は、前より慎重だった。


 つよし号から落ちないように、片手でへりをつかみ、もう片方の手で花を置く。


 でも、届かなかった。


「うー」


 望来はさらに身を乗り出そうとする。


「だめ」


 芽依が即座に止めた。


「届かんなら、そうまが置く」


「みくの花やもん」


「みくが渡して、そうまが置く」


「いや」


「いやじゃなか」


「みく、花係」


 望来の目が少し潤んだ。


 創磨は少し迷った。


 望来に置かせてやりたい。


 でも、落ちたらだめだ。


 ここは井戸に近い。


 水そのものは大事だ。


 でも、望来が落ちたら危ない。


 創磨はつよし号の横にしゃがんだ。


「みく」


「なに」


「みくが花係。おれは手」


「手?」


「みくがここって決めて、おれが置く」


 望来は創磨を見た。


 まだ不満そうだった。


「それ、みくの花?」


「みくの花」


「みくが決めた?」


「うん」


「そうま、勝手に置かん?」


「置かん」


 望来は少し考えた。


 それから、白い花を創磨に渡した。


「ここ」


 小さな指で、井戸の手前の地面を指す。


「そこ?」


「そこ。赤ちゃん見えるけん」


 創磨はその場所を見た。


 赤ちゃん村人の家が、井戸の向こうに少し見える位置だった。


 花の道としては、悪くなかった。


 創磨はうなずき、望来が指した場所に花を置いた。


「ここ」


 望来はすぐに赤ちゃん村人の方を向いた。


「赤ちゃん、ここからおうち見える」


 赤ちゃん村人は、花ではなく、その先を見ていた。


 小さな家。


 低い屋根。


 閉まった扉。


 赤ちゃん村人の手が、つよし号のへりを少し強く握った。


 望来がそれに気づいた。


「赤ちゃん、行きたか?」


 答えはない。


 でも、赤ちゃん村人の体が、ほんの少し前に傾いた。


「行こ」


 望来が言った。


「まだ」


 芽依がすぐに返す。


「花、まだ」


「あるもん」


「道、まだ全部できとらん」


「赤ちゃんのおうち、見えとるもん」


「見えとるだけじゃだめ」


「なんで」


「危なかかもしれんけん」


「みく、見る」


「みくが見たら危なか」


「赤ちゃん、帰りたかもん!」


 望来の声が、少し大きくなった。


 近くにいた村人が、ちらっとこちらを見た。


 創磨はつよし号の縄を握ったまま、望来を見た。


 望来は泣きそうではなかった。


 怒っていた。


 赤ちゃん村人の家が見えているのに、行けない。


 赤ちゃん村人がそっちを見ているのに、止められる。


 それが、望来には納得できない。


「みく」


 創磨はできるだけゆっくり言った。


「帰りたかとは、わかる」


「じゃあ行く」


「でも、危なかったら、赤ちゃんも怖か」


 望来は赤ちゃん村人を見た。


「赤ちゃん、怖か?」


 赤ちゃん村人は何も言わない。


 ただ、家を見ている。


 その横顔は、怖いのか、帰りたいのか、創磨にはわからなかった。


 どちらもあるのかもしれない。


「みくが守る」


 望来が言った。


 芽依が少し眉を寄せる。


「みくは、まずつよし号から落ちんようにせんば」


「落ちん」


「さっき落ちそうやった」


「落ちとらんもん」


「落ちそうやったと」


「めい、うるさい」


「うるさくても言う」


 芽依の声も強くなりかけた。


 創磨は二人の間に入るように、つよし号を少し止めた。


「一個ずつ」


 創磨は言った。


「今日は、家の前まで」


 望来が創磨を見る。


「前?」


「うん。おうちの前まで。中には入らん」


「なんで」


「中が安全かわからんけん」


「見ればよかやん」


「見るために、今日は前まで行く」


 望来は口をとがらせた。


「中、見らんとわからん」


「うん」


「じゃあ」


「でも、中に入ってから危なかったら、逃げられん」


 創磨は自分で言いながら、赤い目を思い出していた。


 夜、家の外にあった気配。


 白い糸。


 屋根の端。


 かさ、という音。


 クモは、まだはっきり目の前にはいない。


 でも、いないわけではない。


 道を作っても、花を置いても、クモが屋根から来るなら、それだけでは足りない。


「赤ちゃんのおうちを、赤ちゃんが怖い場所にしたらだめやろ」


 創磨が言うと、望来は黙った。


 赤ちゃん村人の家。


 帰りたい場所。


 でも、怖い場所。


 その二つが、望来の中でぶつかったようだった。


 望来は赤ちゃん村人の手を握り直した。


「……前まで」


「うん」


「中、入らん?」


「今日は入らん」


「明日は?」


 創磨は少しだけ困った。


 明日。


 その言葉は簡単に言える。


 でも、明日になれば薬はまた減っている。


 夜を越えなければならない。


 花の道が夜に見えるかもわからない。


 何かがまた、からんを鳴らすかもしれない。


「準備できたら」


 創磨は言った。


「準備?」


「うん。もっとちゃんと見て、たいまつ置いて、逃げる道も決めてから」


 望来は完全には納得していない顔だった。


 でも、赤ちゃん村人を見てから、小さくうなずいた。


「じゃあ、前まで」


     *


 赤ちゃん村人の家へ近づく道は、思ったより静かだった。


 井戸を過ぎると、村人の声が少し遠くなる。


 畑の葉が風で揺れる音がする。


 つよし号の底が、草の角をこする音がする。


 それから、望来が時々、赤ちゃん村人に小さく話しかける声。


「赤ちゃん、もうちょっと」


「ここ、花」


「だめの石、さわらんとよ」


「みく、おるけん」


 望来は、自分に言い聞かせているようでもあった。


 家に近づくほど、白い花は増えた。


 花の道は、まっすぐではない。


 少し右へ曲がり、井戸の近くを通り、屋根の影を避けて、たいまつのある場所に寄る。


 遠回りだった。


 でも、創磨にはその遠回りが大事に見えた。


 まっすぐ行けば早い。


 でも、早い道が安全とは限らない。


 ゲームなら、最短距離で走れるかもしれない。


 でも、ここには望来がいる。


 赤ちゃん村人がいる。


 つよし号がある。


 そして、見えないものがいるかもしれない。


「ここ、白い石」


 芽依が言った。


 赤ちゃん村人の家の少し手前。


 隣の家との間に、細い影が落ちている場所だった。


 昼でも暗い。


 壁と壁のすき間。


 何かが通ったとしても、すぐには見えない。


 創磨はうなずいた。


「そこは近づかん」


 芽依は白い石を置いた。


 それから、少し離れたところに灰色の石を置く。


「ここから見る」


「うん」


「めいの見る場所」


「うん」


「みく、ここから出んとよ」


 望来はつよし号の中で、真面目な顔をしてうなずいた。


「出ん」


「ほんとに?」


「ほんと」


「赤ちゃんも」


「赤ちゃんも出ん」


 望来は赤ちゃん村人の服をつまんだ。


 でも、赤ちゃん村人は家を見ていた。


 小さな家。


 扉は閉まっている。


 窓も静かだった。


 入口の横には、消えたたいまつの跡があった。


 黒くなった木の先。


 もう火はない。


 創磨は持ってきたたいまつを一本取り出した。


 昼の光の中でも、火をつけると少しだけ安心する。


 でも、その火は同時に、そこに影があることもはっきりさせた。


 入口の横。


 屋根の下。


 窓の上。


 暗いところが、火に照らされて形を持つ。


「そうま」


 芽依が小さく言った。


「屋根」


 創磨は顔を上げた。


 赤ちゃん村人の家の屋根。


 低くて、四角い木の屋根。


 その端に、何か白いものが引っかかっていた。


 とても細い。


 風で揺れたのか、光で揺れたように見えたのか、わからない。


 でも、創磨にはわかった。


 糸。


 屋根の端に残った、白い糸。


 創磨の背中が冷たくなった。


「また、糸」


 芽依の声が小さくなる。


「うん」


「赤ちゃんのおうちにも?」


「うん」


「じゃあ、やっぱり中はだめやね」


「うん」


 望来が、二人の声を聞いていた。


「ひも?」


 創磨はゆっくりうなずいた。


「くもが通ったあとかもしれん」


 望来は一瞬、家を見た。


 それから、赤ちゃん村人を抱き寄せるようにした。


 今度は少しだけ優しく。


「赤ちゃん、だめ」


 小さな声だった。


「今日は、だめ」


 さっきまで行くと言っていた望来が、そう言った。


 芽依は何も言わなかった。


 創磨も、すぐには何も言えなかった。


 望来が全部わかったわけではない。


 糸が何なのか。


 クモがどこから来るのか。


 薬があと何回なのか。


 そういうことを、ちゃんとわかったわけではない。


 でも、赤ちゃん村人の家に、怖いもののあとがある。


 それだけは、望来にも伝わったのだと思った。


 望来は、白い花を一つ持った。


「ここ、置く」


「そこ?」


 創磨が聞く。


 望来はつよし号のへりから、家の前を指した。


 扉の真正面ではない。


 少し横。


 たいまつの光が届く場所。


 白い石からは離れている。


 糸のある屋根の真下でもない。


「ここ」


 望来は言った。


「赤ちゃん、ここまで」


 創磨は花を受け取らずに、つよし号の位置を少しだけ近づけた。


 芽依がすぐに望来の背中を支える。


「落ちんで」


「落ちん」


 望来は手を伸ばした。


 届かない。


 もう少し。


 体が前に出る。


 芽依が服をつかむ。


「みく」


「届く」


「危なか」


「届くもん」


 望来は必死だった。


 創磨は止めようとした。


 けれど、その時、赤ちゃん村人が動いた。


 望来の手の中の白い花に、小さな手を重ねた。


 二人の手で、白い花を持つ。


 望来は赤ちゃん村人を見た。


「赤ちゃんも?」


 赤ちゃん村人は答えない。


 でも、手は離さなかった。


 創磨はつよし号をほんの少しだけ押さえた。


 動かないように。


 芽依は望来の背中を支えた。


 望来と赤ちゃん村人は、二人で白い花を地面へ落とした。


 花は、家の前にふわっと落ちた。


 土の角に当たり、少し跳ねて、たいまつの光が届く場所で止まった。


 赤ちゃん村人の家の前。


 でも、扉の前ではない。


 中へ入るための印ではなく、今日はここまでという印。


「できた」


 望来が小さく言った。


「赤ちゃんの花」


 赤ちゃん村人は、その花を見ていた。


 そして、ゆっくり家の扉へ手を伸ばした。


 届く距離ではない。


 ただ、空に向かって手を伸ばすみたいに。


 家の方へ。


 扉の方へ。


 帰りたい場所へ。


 望来はその手を見た。


 さっきまでなら、きっと「行こ」と言った。


 でも、今は言わなかった。


 屋根の端の白い糸を、もう一度見たのかもしれない。


 創磨と芽依の顔を見たのかもしれない。


 赤ちゃん村人の手が少し震えているように見えたのかもしれない。


 望来は、赤ちゃん村人の手を両手で包んだ。


「また来るけん」


 声は小さかった。


 でも、はっきりしていた。


「みく、赤ちゃんとまた来る」


 赤ちゃん村人は、望来を見た。


 何も言わない。


 けれど、手を引っ込めて、望来の服の端をつかんだ。


 望来はそれを見て、少しだけ泣きそうな顔になった。


「今日は、だめ」


 自分に言い聞かせるように、もう一度言う。


「くもしゃんのひも、あるけん」


「うん」


 創磨はうなずいた。


「今日は、ここまで」


 芽依も、白い石と白い花を見た。


「帰ろう」


 創磨はつよし号の縄を握った。


 引き返す。


 白い花の線をたどって。


 帰る道は、来た時より少しだけ違って見えた。


 白い花がある。


 白い石がある。


 灰色の石がある。


 自分たちで決めた道がある。


 でも、それは安全になったという意味ではなかった。


 危ない場所が見え始めたという意味だった。


 望来はつよし号の中で、何度も振り返った。


 赤ちゃん村人も、同じ方を見ていた。


 小さな家。


 閉まった扉。


 屋根の端の白い糸。


 たいまつの光のそばに落ちた、二人で置いた白い花。


「赤ちゃん」


 望来が小さく言った。


「また来るけんね」


 返事はない。


 それでも、赤ちゃん村人の手は、望来の服の端を離さなかった。


 創磨はつよし号を引きながら、白い花の線を見た。


 花は、帰る場所を教えてくれる。


 でも、同時に、まだ帰れない場所も教えていた。


 赤ちゃん村人の家は、すぐそこにある。


 でも今日は、帰れない。


 夕方の光が少しずつ傾き、白い花の影が地面に細く伸びていく。


 その影を踏まないように、望来はつよし号の中からじっと見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ