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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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白い糸の地図





 花の道を戻る時、創磨は何度も振り返りそうになった。


 赤ちゃん村人の家。


 入口の横に置いたたいまつ。


 望来が置いたことにした白い花。


 芽依が並べた白い石。


 そして、屋根の端に揺れていた、あの細い白いもの。


 見間違いだったと思いたかった。


 でも、見間違いなら、どうして胸の奥がこんなに冷たいのか。


 創磨はつよし号の持ち手を押しながら、足元の白い花を見た。


 花の道。


 通っていい場所。


 白い石。


 止まる場所。


 それは、芽依と望来が決めた小さなルールだった。


 けれど、その小さなルールがあるだけで、さっきまでただの村の道だった場所が、少し違って見える。


 戻る道。


 逃げる道。


 守る道。


「そうま」


 芽依が横から呼んだ。


 声が低い。


 さっきからずっと、何かを我慢している声だった。


「なに」


「帰ってから言うって言ったやろ」


「うん」


「もう帰りよるやん」


「まだ家じゃなか」


「それ、ずる」


 芽依はすぐに言った。


 創磨は答えられなかった。


 芽依は創磨の顔を見ている。


 創磨が何かを隠していることに、たぶん気づいている。


「そうま、なんか見たやろ」


 創磨はつよし号を押す手に少し力を入れた。


 つよし号の中では、望来が赤ちゃん村人の服の端を握っている。


 望来は花の道を指さしながら、赤ちゃん村人に何度も同じことを言っていた。


「ここ、花。ここ、よか」

「石、だめ」

「赤ちゃん、石だめよ」


 赤ちゃん村人は何も答えない。


 ただ、小さな顔をときどき自分の家の方へ向けている。


 そのたびに、望来が服の端をぎゅっと引く。


「赤ちゃん、帰るよ」

「あとで、おうち見る」

「くもしゃん、だめよ」


 創磨は、その声を聞きながら言った。


「赤ちゃんの家の屋根にも、糸あった」


 芽依の足が止まった。


 望来も、声を止めた。


「……ひも?」


 望来が聞く。


 創磨はしまったと思った。


 言うなら、家へ戻ってからにしたかった。


 つよし号を止めて、薬袋と水と床下の場所が近くにあるところで、ちゃんと話したかった。


 でも、もう言ってしまった。


「細いやつ」


 創磨は言った。


「くもしゃんの?」


 望来の声が小さくなる。


「たぶん」


「赤ちゃんのおうちにも?」


「うん」


 望来は赤ちゃん村人を見た。


 赤ちゃん村人はまだ、自分の家の方を見ている。


 望来はその手を両手で握った。


「赤ちゃん、だめよ」

「屋根、だめ」

「くもしゃんのひも、だめ」


 赤ちゃん村人は答えない。


 でも、望来は真剣だった。


 自分が理解している範囲で、ちゃんと守ろうとしている。


 芽依は創磨をにらんだ。


「なんで先に言わんと」


「みくと赤ちゃんがおったけん」


「めいもおった」


「芽依も、すぐ登るって言うやろ」


「言わんし」


「言う」


「言わん!」


 芽依は強く言った。


 けれど、その目は屋根の方を見ていた。


 創磨の家ではない。


 赤ちゃん村人の家でもない。


 村の中にいくつも並ぶ、木と石でできた家の屋根。


 昼の光を受けているはずなのに、屋根の端には影が残っている。


 たいまつのない家。


 窓の上が暗い家。


 屋根の下に草がからまっている家。


 全部が急に、何かが隠れられる場所に見えた。


「……じゃあ、どうすると」


 芽依の声は、さっきより小さかった。


「もう一回見る」


 創磨が言うと、芽依はすぐに振り向いた。


「登らんよ」


「まだ登るって言ってなか」


「顔が言っとる」


「下から見るだけ」


「下から見えんやん」


「見えるとこだけ見る」


「そうま、さっき足ふらふらやった」


「今は少しまし」


「ましじゃなか。さっき、はしご持った手もぷるぷるしとった」


 芽依はよく見ていた。


 創磨は言い返せなかった。


 たしかに、まだ足に力が入りきっていない。


 朝から床下を出て、薬を飲ませて、家の横と裏を見て、屋根に登って、赤ちゃん村人の家まで来た。


 まだ昼にもなっていないのに、体の奥はもう夕方みたいに重い。


 薬は減っていない。


 朝に飲ませたあとの二十九回のまま。


 でも、時間は進んでいる。


 体力も減っている。


 たいまつも減っている。


 そして、糸は増えていない。


「……今日は、登らん」


 創磨は言った。


 芽依は少しだけ安心した顔をした。


「ほんと?」


「ほんと」


「約束」


「うん」


「破ったら、めい怒るけん」


「もう怒っとるやん」


「もっと怒る」


 芽依はそう言って、花の道の先を見た。


 家はもう近い。


 自分たちの家。


 床下の扉がある家。


 薬袋がある家。


 でも、その家の屋根にも、糸があった。


 安全な場所なんて、どこにもないのかもしれない。


 創磨はそう思いかけて、首を小さく振った。


 安全な場所は、最初からあるものではない。


 作るしかない。


 土穴もそうだった。


 家もそうだった。


 柵も、盾も、からんも、たいまつも、花の道も。


 全部、最初から安全だったわけではない。


 少しずつ、そうしようとしてきただけだった。


     *


 家の前に戻ると、芽依はすぐに地面にしゃがみこんだ。


「なにしよると?」


 創磨が聞くと、芽依は返事をしないままポケットを探った。


 出てきたのは、小さな白い石。


 灰色の石。


 細い木片。


 葉っぱ。


 しおれかけた白い花。


 また、いつの間に拾ったのかわからないものばかりだった。


「芽依」


「待って」


 芽依は地面に木片を一つ置いた。


「これ、うち」


「家?」


「うん」


 次に、少し離れたところへ小さな木片を置く。


「これ、赤ちゃんのおうち」


 創磨はしゃがんだ。


 芽依はさらに石を置いていく。


「ここ、井戸」

「ここ、畑」

「ここ、さっき通ったとこ」

「ここ、白い花の道」


 白い花を、木片と木片の間に並べる。


 家と赤ちゃん村人の家をつなぐ、小さな道。


 それを見て、望来がつよし号の中から身を乗り出した。


「みくの花?」


「そう。みくの花の道」


 芽依が答える。


「赤ちゃんのおうち?」


「これ」


 芽依が木片を指した。


 望来は赤ちゃん村人の手を引いて見せる。


「赤ちゃん、ここ」

「赤ちゃんのおうち、ここよ」


 赤ちゃん村人は地面の木片を見ている。


 わかっているのかはわからない。


 でも、望来はうれしそうだった。


「地図?」


 創磨が言った。


 芽依は少しだけ得意そうに顔を上げた。


「そう。見えんけん、ここに作ると」


 創磨は言葉が出なかった。


 屋根の上は見えない。


 村全体も見えない。


 だから、地面に作る。


 芽依らしい考え方だった。


 拾った石や花で、見えないものを見える形にする。


「それ、いい」


 創磨が言うと、芽依の顔が少し明るくなった。


「やろ」


「うん」


「めい、すごか?」


「すごか」


「もう一回」


「すごか」


「よし」


 芽依は満足したように、また地面の地図へ向かった。


 創磨はその横にしゃがみ、村を見回した。


 自分たちの家。


 赤ちゃん村人の家。


 井戸。


 畑。


 村の入口。


 屋根の影。


 たいまつの場所。


 まだ見ていない家。


 それらを地面の上に置き直す。


 それだけで、頭の中の怖さが少しだけ形になる。


 怖さは消えない。


 でも、どこが怖いのか、少しだけわかる。


「ここ」


 創磨は自分たちの家の屋根の横に、白い石を置いた。


「そこ、なに」


 芽依が聞く。


「糸あったとこ」


「じゃあ、石」


「うん」


「赤ちゃんのおうちは?」


「ここ」


 創磨は赤ちゃん村人の家の木片の横にも、白い石を置いた。


 望来がすぐに口を出した。


「そこ、だめ?」


「だめっていうか、危ないかもしれん」


「赤ちゃんのおうち、だめ?」


 望来の声が不安そうになる。


 創磨は少し迷った。


 言い方が難しい。


 赤ちゃん村人の家がだめなのではない。


 屋根が危ないかもしれないだけだ。


「おうちは、赤ちゃんのおうち」


 創磨はゆっくり言った。


「でも、屋根の上は、まだわからん」


「わからん?」


「うん。だから石」


 芽依が引き継いだ。


「白い石は、止まる」


 望来は芽依を見た。


「白い花は?」


「通ってよか」


「白い石も、白いやん」


「石はだめ」


「なんで?」


「めいが決めた」


「みくも決める」


「みくは花係」


「花係?」


「そう。花は、みく」


 望来は少し考えた。


 それから、赤ちゃん村人の手を握ってうなずく。


「みく、花係」

「赤ちゃんも、花」


「赤ちゃんは、おうち係」


 創磨が言うと、望来は目を丸くした。


「おうち係?」


「うん。赤ちゃんのおうち、教えてくれたけん」


 望来は赤ちゃん村人の顔をのぞきこんだ。


「赤ちゃん、おうち係やって」


 赤ちゃん村人は何も言わない。


 でも、小さな顔を、自分の家の方へ向けた。


 望来はそれを見て、勝手に満足したようだった。


「赤ちゃん、わかった」


 芽依が小さく言う。


「みくが言いよるだけやん」


「わかったもん」


「赤ちゃん、しゃべっとらんやろ」


「みく、わかる」


「またそれ」


 いつものやり取りだった。


 けれど、今はそのやり取りの真ん中に地図がある。


 木片と石と花でできた、小さな村。


 ただの遊びではない。


 でも、遊びみたいにしか作れない。


 それが、今の三人にできることだった。


     *


 地図を作っていると、村人の足音が近くを通った。


 創磨は顔を上げた。


 大人の村人が、畑の方へ歩いていく。


 別の村人は井戸の近くで立ち止まっている。


 少し離れた家の前では、また別の村人が扉の前を行ったり来たりしていた。


 今までは、ただ村人がいると思っていた。


 でも、赤ちゃん村人の家を見てからは、違って見えた。


 あの人にも家がある。


 あの人にも戻る場所がある。


 畑へ行く人。


 井戸へ行く人。


 家の前にいる人。


 赤ちゃん村人だけではない。


 村人は、ただ村にいるだけではなかった。


 それぞれが、何かの場所につながっている。


「そうま、なに見よると」


 芽依が聞いた。


「村人」


「村人がどうしたと」


「みんな、行く場所ある」


「そりゃあるやろ」


「うん。でも、ちゃんと見てなかった」


 芽依は少しだけ村人たちを見た。


「じゃあ、村人の家も石置く?」


「全部はまだわからん」


「わからんとこは?」


 芽依が白い石を持ち上げた。


「石?」


「うん。わからんところも、危ないかもしれんやろ」


 創磨はその言葉に、少しだけ息を止めた。


 わからないところも石。


 それは怖い。


 地図が白い石だらけになる。


 でも、たぶん正しい。


 わからない場所を、安全だと思ってしまう方が危ない。


「そうする」


 創磨は言った。


「まだ見てない家は、小さい石」


「見た家は?」


「糸があったら白い石」


「たいまつあるところは?」


「木片か、花?」


「たいまつは、これ」


 芽依は細い木片を立てようとした。


 すぐ倒れる。


「あ」


「倒れた」


「もう一回」


 芽依は木片の根元に小石を寄せて、どうにか立てた。


「これ、たいまつ」


「いい」


「めい、すごか?」


「すごか」


「さっきも言った」


「でもすごか」


 芽依は満足そうにした。


 望来も手を伸ばす。


「みくもする」


「みくは花係」


「石する」


「石はだめ」


「みくも石」


「石は危ない印やけん」


「みく、できるもん」


 望来はつよし号の中から小さな白い石を取ろうとした。


 芽依があわてて止める。


「それ、そこ置いたら赤ちゃん通れんやろ!」


「みく、置く!」


「花係って言ったやん!」


「石もしたかったとに!」


 望来の声が震えた。


 泣く少し前の声だった。


 創磨はすぐに間へ入った。


「みく」


「みくも、したかった」


「うん。わかる」


「めいばっかり」


「芽依は石係」


 創磨は言った。


「みくは花係」


「花、少なか」


「じゃあ、花増やす」


「ほんと?」


「ほんと」


「赤ちゃんは?」


「赤ちゃんは、おうち係」


 望来は赤ちゃん村人を見た。


 赤ちゃん村人は地図の中の木片ではなく、本物の自分の家の方を見ている。


「赤ちゃん、おうち係」


 望来はもう一度言った。


 少しだけ機嫌が戻る。


「みく、花係」


「うん」


「めい、石係」


「そう」


「そうまは?」


 望来が聞いた。


 創磨は少し考えた。


 屋根を見る係。


 そう言おうとして、やめた。


 それを言えば、また屋根へ登ることになる気がした。


「考える係」


 創磨が言うと、芽依がすぐに言った。


「ずる」


「なんで」


「考えるだけやん」


「見る係もする」


「屋根登らんよ」


「登らん」


「じゃあ、下から見る係」


「うん」


 望来は納得したようにうなずいた。


「そうま、見る係」

「めい、石係」

「みく、花係」

「赤ちゃん、おうち係」


 それを言うと、望来は少し得意そうだった。


 役がある。


 自分にも役がある。


 そのことが、望来には大事なのだろう。


     *


 地図が少しずつ大きくなるにつれて、別の問題も見えてきた。


 花の道は、たしかに赤ちゃん村人の家までつながっている。


 でも、本物の道を思い出すと、途中に小さな段差があった。


 つよし号が少し引っかかった場所。


 望来が身を乗り出して、赤ちゃん村人を押さえようとした場所。


 あそこは、花を置いただけでは通りやすくならない。


「ここ」


 創磨は地図の花の道の途中に指を置いた。


「段差あった」


「段差?」


 芽依が顔を上げる。


「つよし号、引っかかったところ」


「ああ」


「花の道だけじゃだめかもしれん」


「なんで」


「つよし号が通れんかったら、みくも赤ちゃんも行けん」


 望来はすぐに言った。


「つよしくん、行く」


「行くけど、がたんってなったやろ」


「がたん、した」


「危なかった」


「みく、落ちんかった」


「落ちんかったけど、危なかった」


 望来は口を曲げた。


 危なかったと言われるのは嫌そうだった。


 でも、創磨は今回は引かなかった。


 落ちなかったからよかった、では済まない。


 次は落ちるかもしれない。


 赤ちゃん村人が落ちるかもしれない。


「低くせんば」


 芽依が言った。


「何を?」


「道」


「うん」


「土、削る?」


「削るか、階段みたいにするか」


「階段?」


「半分の高さのブロックがあった気がする」


「はんぶん?」


「ハーフブロック」


「はーふぶろっく?」


 芽依が聞き慣れない言葉を繰り返す。


 望来も真似した。


「はーふ?」


「半分の高さのやつ」


「作れると?」


「たぶん」


「またたぶん」


 芽依は言ったが、今度は馬鹿にした感じではなかった。


 必要なものを確認する声だった。


「でも、今は作らん」


 創磨は言った。


「なんで」


「場所だけ決める」


「作った方がよかやん」


「疲れる」


 創磨は正直に言った。


 芽依は少しだけ創磨の顔を見た。


 さっきなら「弱い」と言ったかもしれない。


 でも、今日は言わなかった。


 たぶん、創磨の足がまだ少しふらついているのを見ている。


「じゃあ、ここも石?」


 芽依が聞く。


「危ない石じゃなくて……直す石」


「直す石?」


「あとで直す場所」


 芽依は少し考えて、白ではない灰色の石を置いた。


「じゃあ、灰色」


「うん。灰色は、あとで直す」


「白は危ない」


「花は通っていい」


「木片は家」


「立っとる木片はたいまつ」


 芽依は指で一つずつ確認した。


 その様子を見ながら、創磨は少しだけ息を吐いた。


 頭の中だけで考えている時より、ずっとわかりやすい。


 怖いものが、石になる。


 通れる場所が、花になる。


 家が、木片になる。


 たいまつが、小さな立った木になる。


 地面の上に、村ができていく。


 小さい。


 頼りない。


 風が吹けば崩れる。


 望来が手を伸ばせばすぐ動く。


 でも、それでも。


 何も見えないより、ずっとよかった。


     *


 赤ちゃん村人が、ふいに動いた。


 つよし号の中から小さな手を出し、地面の地図を指した。


 望来がすぐに身を乗り出す。


「赤ちゃん?」


 赤ちゃん村人は、自分の家を表す木片に触れようとした。


 望来があわてて支える。


「赤ちゃん、おうち係やもんね」


 赤ちゃん村人は木片に触れた。


 それから、顔を上げた。


 本物の赤ちゃん村人の家を見る。


 そして、その少し向こう。


 別の小さな家の方を見た。


 創磨も、その視線を追った。


 赤ちゃん村人の家より少し奥にある家。


 窓が小さい。


 屋根の端が少し低い。


 昼の光は当たっている。


 でも、屋根の下に影が濃く残っている。


 糸は見えない。


 白いものは、今は見えない。


 でも、見えないだけかもしれない。


「……あそこも?」


 芽依が小さく言った。


 創磨は答えられなかった。


 赤ちゃん村人が何かを教えているのか。


 ただ見ているだけなのか。


 それもわからない。


 でも、わからない場所は、石だった。


 芽依は何も言わずに、小さな白い石を一つ取った。


 そして、地図の上で、赤ちゃん村人の家の向こう側に置いた。


「まだ、わからん家」


 芽依が言った。


「うん」


 創磨はうなずいた。


 望来も地図を見た。


「そこ、だめ?」


「まだ、わからん」


「わからんは、石?」


「うん」


 望来は少しだけ黙った。


 それから、花を一つ持った。


「じゃあ、あとで花にする」


 創磨は望来を見た。


「うん」


 芽依も、少しだけ口を結んでうなずいた。


「あとで、花にする」


 今は石。


 でも、いつか花にする。


 危ない場所を、通れる場所に変える。


 その言葉は、三歳の望来が思いついたにしては、あまりにもまっすぐだった。


 望来はたぶん、そんな難しいことは考えていない。


 ただ、石より花の方が好きなだけかもしれない。


 赤ちゃん村人の家の周りにも、花を置きたいだけかもしれない。


 でも、創磨の胸には、その言葉が残った。


 あとで、花にする。


 今は怖い場所でも。


 今はわからない場所でも。


 いつか、通れる場所にする。


 創磨は地面の地図を見た。


 自分たちの家。


 赤ちゃん村人の家。


 井戸。


 畑。


 花の道。


 白い石。


 灰色の石。


 木片のたいまつ。


 まだ見ていない家。


 それは、子どもが作っただけの地図だった。


 風で崩れる。


 雨が降れば流れる。


 村人が歩けば踏まれる。


 それでも、創磨には初めて、村を少しだけ見ている気がした。


 ただ怖い村ではない。


 ただ逃げる場所でもない。


 守る場所が、少しずつ形になっていく。


 けれど、顔を上げると、地図にはまだない屋根がいくつも並んでいた。


 白い石を置いていない屋根の方が、創磨には急に怖く見えた。

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