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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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赤い目

第十八話「赤い目」


 土を積むだけなら、すぐにできると思っていた。


 でも、実際にやってみると、全然違った。


 家から村の入口までのあいだに、ただ壁を作ればいいわけではない。まっすぐふさぎすぎると、今度は自分たちが走れない。村人も通れない。つよし号も曲がれない。


 それに、高くしすぎると向こうが何も見えない。


 低すぎると、矢が越えてくる。


 創磨は土のブロックを抱えたまま、何度も立ち止まった。


「ここ、置くと?」


 芽依が聞く。


「ちょっと待って」


「さっきから待ってばっか」


「変に置いたら、あとで困るけん」


 創磨は村の入口を見た。


 昨日、スケルトンがいた森の影。


 そこから矢が飛んできた。


 まっすぐ。


 家の方へ。


 だから、その線を切る。


 ただし、逃げる道は残す。


「ここに二つ」


 創磨はようやく言った。


「で、こっちは空ける」


「なんで?」


「曲がれるように」


「めんどくさ」


「めんどくさくせんと、矢が来る」


 芽依は少し黙った。


 そのあとで、小さくうなずく。


「じゃあ、めい、こっち置く」


「重かけん、一個ずつでよか」


「わかっとる」


 芽依はそう言いながら、土のブロックを両手で抱えた。


 顔が少しゆがむ。


「……重っ」


「だから言ったやろ」


「でも持てるし」


 芽依は意地みたいにそう言って、よろよろ歩いた。


 創磨は止めようとして、やめた。


 芽依は五歳だ。


 小さい。


 でも、ただ待つだけの子ではなかった。


 見る係。


 知らせる係。


 そして今は、壁を作る係だった。


 家の前では、望来がつよし号の中に座っていた。


 赤ちゃん村人もその横にいる。


 二人とも外へ出ないように言われているのに、つよし号は少しずつ入口の方へ近づいていた。


「みく」


 芽依がすぐに気づく。


「動かんって言うたやろ」


「見とるだけ」


「つよし号、動いとる」


「つよしくんが」


「つよしくんのせいにせん」


 望来は少しだけ口をとがらせた。


「みくも、かべする」


「だめ」


「ちょっと」


「だめ」


 創磨も言った。


「みくは、そこ。赤ちゃん村人もそこ」


「あの子も、かべしたいって」


「言ってなか」


「言った」


「言葉、わからんやろ」


「みく、わかるもん」


 望来は当然みたいに言った。


 赤ちゃん村人は、つよし号のへりを小さな手で握っている。


 何を考えているのかはわからない。


 でも、望来のそばにいることだけは、もう当たり前みたいになっていた。


 創磨はそれを見て、少しだけ胸が重くなった。


 守るものが増えている。


 でも、守る方法はまだ少ない。


 だから、今できることをやるしかない。


 土を置く。


 木を置く。


 曲がり角を作る。


 見えない道を作る。


     *


 最初にできた壁は、思ったより頼りなかった。


 土の色の四角いかたまりが、家と入口のあいだにぽつぽつ立っているだけに見える。


 でも、入口から家を見ると、少し違った。


 まっすぐ見えない。


 家の扉が、壁の陰に隠れる。


 途中で一度、右に曲がらないといけない。


 さらに、そこから左へ曲がる。


 それだけで、昨日のように一直線に矢が飛んでくる場所は減った。


「見えん」


 芽依が入口側から言った。


「家、ちょっとしか見えん」


「うん」


「でも、めいも見えん」


「横から」


「また横から」


 芽依はそう言いながら、壁の端へ走った。


 さっと顔だけ出す。


 すぐ引っ込める。


「ここなら見える」


「顔、出しすぎんで」


「わかっとる」


「矢、来るかもしれんけん」


「今は来とらんやろ」


「来てからじゃ遅か」


 芽依は少しむっとしたが、今度は言い返さなかった。


 代わりに、地面の小石を拾った。


「じゃあ、ここ、めいの見る場所」


「何すると」


「目印」


 芽依は白っぽい小石を壁の根元に置いた。


 それから、別の場所にも、小さな葉っぱを置く。


「ここ曲がる。ここ見る。ここ戻る」


 創磨は少し驚いた。


 芽依のポケットには、また何か入っていた。


「それ、いつ拾ったと」


「朝」


「なんで」


「なんかいるかと思ったもん」


 いつもの言い方だった。


 家でも、ポケットから石や葉っぱが出てきて、母に怒られていた。


 でも今は、その石が目印になっている。


 白い石。


 葉っぱ。


 小さな木片。


 どれも大したものではない。


 けれど、どこで曲がるか、どこで見るかを覚えるには、十分だった。


「芽依、それいい」


 創磨が言うと、芽依は少しだけ顔を明るくした。


「やろ」


「うん。夜でも、たいまつの近くなら見えるかもしれん」


「じゃあ、もっと置く」


「取りすぎんでよ」


「石くらいよかろ」


「まあ、石はよか」


 芽依は少し得意そうに、道の角ごとに目印を置いていった。


 望来がつよし号の中からそれを見ている。


「めい、なにしよると」


「道のしるし」


「しるし?」


「ここ通るよってやつ」


「みくも置く」


「みくはつよし号」


「みく、花ある」


 望来はいつの間にか、小さな白い花を握っていた。


 赤ちゃん村人へ渡そうとして、途中でやめたのかもしれない。


「これ、しるし」


 望来はそう言って、つよし号から身を乗り出した。


「だめ、落ちる」


 芽依があわてて近づく。


「みく、そこから置かんで」


「ここ」


 望来は白い花を、つよし号のすぐそばに置いた。


 家の入口の近くだった。


「みくのしるし」


 創磨はその花を見た。


 小さい。


 すぐに踏まれそうだった。


 でも、家に戻る最後の目印にはちょうどよかった。


「そこ、よか」


「よか?」


「うん。家の近くってわかる」


 望来はぱっと笑った。


「みく、えらい?」


「えらい」


「めいもえらい?」


 芽依がすぐに言う。


「めいの方が先にした」


「みくもした」


「めいの方がいっぱいした」


「みく、花」


「花一個やん」


「白いもん」


「白いけん何」


 また言い合いになりそうだった。


 でも、その声が少しだけ普通のきょうだいの声に戻っていて、創磨は止めなかった。


 この世界に来てから、普通の声は少ない。


 怒ったり、怖がったり、急いだりばかりだ。


 だから、少しの言い合いくらいなら、今は悪くなかった。


     *


 昼を過ぎると、創磨の腕はまた重くなった。


 盾ほどではない。


 でも、土を運び、木材を持ち、何度もしゃがんで立ち上がるだけで、体の中の力が少しずつ削れていく。


 お腹も減ってきた。


 朝、ちゃんとパンを食べたはずなのに、もう腹の奥が空っぽみたいだった。


 ゲームなら、空腹ゲージが減っとる感じ。


 そう思って、創磨は自分で少し嫌になった。


 でも、たぶんその言い方は間違っていない。


 食べないと、体が動かない。


 回復もしない。


 判断も悪くなる。


「休む」


 創磨が言うと、芽依はすぐに振り向いた。


「腕、痛かと?」


「腕も。あと腹」


「じゃあ休まんば」


 芽依はめずらしく、すぐにそう言った。


 家へ戻り、焼きじゃがいもとパンを少しずつ出す。


 望来はすぐに手を伸ばした。


「パン」


「じゃがいもも食べて」


「パンがよか」


「パン少なかけん」


「ちょっと」


「みくのちょっとは大きか」


 芽依が言う。


 望来は不満そうにしながらも、焼きじゃがいもを受け取った。


 赤ちゃん村人は、じっとそれを見ている。


 食べるのか、食べないのか、よくわからない。


 望来は自分のじゃがいもを見て、少し考えたあと、小さくちぎって赤ちゃん村人の前に差し出した。


「はい」


「みく、それ、みくの分」


 芽依が言う。


「ともだちやもん」


 望来は真面目な顔で言った。


 赤ちゃん村人はしばらく見ていたが、やがて小さく手を伸ばした。


 食べた。


 ほんの少しだけ。


 望来はうれしそうに笑った。


「あの子、食べた」


「うん」


 創磨も見ていた。


 守るだけではない。


 食べ物を分ける相手にもなっている。


 それはいいことなのかもしれない。


 でも、食べ物も薬も減っていく。


 何かを分けるたびに、何かが減る。


 それも本当だった。


 創磨は自分のパンを小さくかじった。


 今日は、望来にあげない。


 あげたくないわけではない。


 動くために、食べる。


 守るために、食べる。


 そのことを、何度も自分に言い聞かせた。


     *


 夕方が近づく頃、見えない道は一応の形になった。


 村の入口から家までは、まっすぐ見えない。


 家から入口を見る時も、壁の端から少しだけのぞく形になる。


 道は狭い。


 つよし号を通すには、創磨が前から引き、芽依が後ろから押さないと曲がりにくい。


 それでも、何もないよりはずっといい。


「できた?」


 芽依が聞いた。


「まだ直すとこあるけど、今日はここまで」


「まだすると?」


「明日、もう少し」


 そう言いながら、創磨は空を見た。


 太陽が傾いている。


 夕方の色が、村の屋根と土の壁を赤くしていた。


 その色を見るだけで、体が少し固くなる。


 夜が来る。


 夜になれば、スケルトンも、ゾンビも、たぶんクモも動く。


 糸。


 弓。


 遠くから守る方法。


 頭の中にはずっとある。


 でも、今の創磨の腕では、昨日みたいに盾を構え続けることすら苦しい。


 クモを探しに行くなんて、できない。


 今日は、出ない。


 出ないことも、決めることだった。


「戻ろう」


 創磨は言った。


「うん」


 芽依もすぐにうなずいた。


 家へ戻る。


 望来と赤ちゃん村人を中に入れる。


 つよし号も入口の近くへ寄せる。


 床下の扉を確認する。


 チェストを確認する。


 水のバケツを倒れない場所に置く。


 たいまつを見る。


 ひとつずつ。


 怖くても、ひとつずつ。


 父の声を思い出すと、創磨の胸が少しだけ落ち着いた。


「みく、おくすり」


 夜の分だった。


 望来は少し眠そうな顔をしていたが、薬という言葉には反応した。


「にがい」


「水あるけん」


 創磨は薬袋を手に取った。


 朝、三十七回になった。


 今から一つ飲ませる。


 残り三十六回。


 十八日分。


 その数字を考えた瞬間、喉の奥が少し詰まった。


 十八日。


 まだ十八日ある。


 でも、もう十八日しかない。


 創磨は薬を望来の口元へ持っていった。


「みく、口」


 望来は小さく口を開けた。


 薬を入れる。


 水を飲ませる。


 こくん。


 喉が動く。


 創磨は最後まで見た。


「飲めた」


「飲めた」


 芽依も言った。


 望来は少しだけ顔をしかめて、それから赤ちゃん村人の方を見た。


「あの子も、くすり?」


「この薬は、みくの」


 創磨が答える。


「みくの?」


「うん」


「なくなる?」


 その言葉に、創磨も芽依も止まった。


 望来は深く考えて言ったわけではないのかもしれない。


 ただ、薬袋が軽くなっていることや、創磨たちが数えていることを、少しだけ感じているのかもしれない。


 芽依が先に答えた。


「なくならんように、帰ると」


 創磨は芽依を見た。


 芽依は望来を見ている。


 強い声ではなかった。


 でも、ちゃんとした声だった。


「薬がなくなる前に、帰ると」


 望来はしばらく芽依を見て、それから小さくうなずいた。


「帰る」


「うん」


「とうちゃん?」


「とうちゃんとママのとこ」


「パパも?」


「とうちゃんやろ」


 芽依がすぐに突っ込む。


「パパ」


「とうちゃん」


「じいさん?」


「なんでじいさんなん」


 望来は少し笑った。


 芽依も、困ったように笑った。


 創磨も少しだけ笑いそうになった。


 でも、胸の奥は重いままだった。


 残り三十六回。


 十八日分。


 その数字だけは、笑っても消えなかった。


     *


 夜になった。


 たいまつの火が、家の壁に揺れている。


 外は暗い。


 でも、昨日までとは違って、家の前には土と木の壁ができている。


 見えない道。


 隠れる道。


 矢がまっすぐ飛んでこない道。


 創磨は窓の近くに座り、壁の向こうの暗さを見ていた。


 芽依は望来の隣に座っている。


 望来は赤ちゃん村人の服の端をつまんだまま、半分眠そうな顔をしていた。


「そうま」


 芽依が小さく呼んだ。


「なに」


「今日、弓作らんかったね」


「糸なかけん」


「クモ、探すと?」


「……いつか」


「今日じゃなかよね」


「今日じゃなか」


 芽依はほっとしたように息を吐いた。


「めい、クモいや」


「おれも」


「そうまも?」


「うん」


「じゃあ無理やん」


「無理でも、糸いる」


「いややね」


「うん」


 短いやり取りだった。


 でも、そこに嘘はなかった。


 怖いものは怖い。


 嫌なものは嫌だ。


 それでも必要なら、いつかやらなければならない。


 その時だった。


 外で、かさ、と音がした。


 創磨はすぐに息を止めた。


 芽依も体を固くする。


 望来だけが、眠そうに顔を上げた。


「なに?」


「しーっ」


 芽依が口に指を当てる。


 また、かさ。


 草を踏む音ではない。


 骨の乾いた音でもない。


 もっと細い。


 何かが、壁をこするような音。


 かさ。


 かさ。


 家の前ではない。


 土の壁の向こう側。


 創磨は盾に手を伸ばした。


 左腕がまだ少し痛い。


 それでも、手を伸ばさずにはいられなかった。


「スケルトン?」


 芽依がささやく。


「違うかも」


「じゃあ何」


 創磨は答えられなかった。


 答えたくなかった。


 でも、頭の中にはもうひとつの姿が浮かんでいた。


 低い体。


 たくさんの足。


 壁を登る。


 赤い目。


 かさ。


 今度は、家の横の壁の方から聞こえた。


 芽依の顔が青ざめる。


「そうま」


「動かんで」


「クモ?」


 創磨は小さくうなずいた。


 その瞬間、芽依が口をぎゅっと結んだ。


「いや」


「声出さんで」


「いや」


「芽依」


「虫いや」


「わかっとる」


 わかっている。


 創磨も嫌だった。


 小さいクモでも嫌なのに、この世界のクモは小さくない。


 たぶん、家の壁くらいなら登る。


 土の壁も越える。


 隠れる道は、矢には効くかもしれない。


 でも、上から来るやつにはどうだ。


 創磨はそのことに気づいて、背中が冷たくなった。


 柵。


 門。


 土の壁。


 曲がる道。


 全部、地面を歩く相手のためだった。


 でも、クモは壁を登る。


 上から来る。


 かさ。


 窓の外の暗がりに、何かが動いた。


 創磨は盾を持ち上げようとした。


 けれど、その前に、望来がぽつりと言った。


「あか」


 創磨と芽依が同時に望来を見る。


 望来は窓の方を見ていた。


「あかい」


 創磨はゆっくり窓へ目を戻した。


 暗がりの中に、赤い点が二つあった。


 高い位置ではない。


 窓の外、壁の端。


 低いところから、こちらを見ている。


 赤い目。


 創磨の喉が音を立てずに乾いた。


 クモだった。


 大きい。


 はっきり形は見えない。


 でも、そこにいる。


 足が動くたび、かさ、かさ、と乾いた音がした。


 芽依が望来を抱き寄せる。


「みく、見らんで」


「くも?」


「見らんで」


「くもしゃん?」


「しゃんじゃなか!」


 芽依の声が少し大きくなり、創磨はすぐに振り向いた。


「芽依」


 芽依は口を押さえた。


 外の赤い目が、少し動いた。


 家の壁に近づく。


 創磨は盾を構える。


 でも、窓がある。


 窓から入ってくるのか。


 壁を登るのか。


 屋根へ回るのか。


 わからない。


 わからないことが、怖い。


 かさ。


 クモの足音が、家の横へ移った。


 見えなくなる。


 見えなくなるのが、また怖い。


 芽依が震える声で言った。


「そうま、どこ行ったと」


「横」


「家、登る?」


「たぶん」


「いや」


 創磨は唇をかんだ。


 倒しに行くことはできない。


 外へ出たら終わりだ。


 盾も役に立つかわからない。


 剣もあるけれど、近づきたくない。


 何より、望来がいる。


 赤ちゃん村人もいる。


「床下」


 創磨は小さく言った。


「今?」


「うん。もし屋根とか壁に来たら、下」


 芽依はすぐにうなずいた。


「みく、下行くよ」


「くも見る」


「見らん」


「赤いの」


「下」


 芽依は望来を抱えるようにして、床下の扉へ向かった。


 赤ちゃん村人も、望来についていくように歩く。


 創磨は盾を構えたまま、窓と扉を見ていた。


 外の足音は、家の横から少し離れた。


 かさ。


 かさ。


 土の壁の方へ戻っていく。


 それから、しばらく聞こえなくなった。


 聞こえなくなるのも、安心ではなかった。


 そこにいないのか。


 見えないところにいるのか。


 それがわからない。


 創磨は長い時間、盾を下ろせなかった。


     *


 夜が明けるまで、三人は床下と部屋を行ったり来たりした。


 完全に眠れた者はいなかった。


 望来は途中で眠ってしまったが、芽依の服をつかんだ手はずっと離さなかった。


 赤ちゃん村人も、床下の隅に座ったまま、じっとしていた。


 朝の光が窓から入った時、創磨はようやく扉を少し開けた。


 外は静かだった。


 土の壁もある。


 見えない道もある。


 たいまつも、まだ何本か残っている。


 スケルトンはいない。


 クモも見えない。


「おらん?」


 芽依が後ろから小さく聞いた。


「見えん」


「見えんだけ?」


「うん」


 二人は家の外へ出た。


 望来と赤ちゃん村人は、今日はまだ家の中だ。


 芽依が何度も言い聞かせたから、望来も今はつよし号の中で待っている。


 創磨は盾を持ち、芽依は小さな石を握っていた。


「石でどうすると」


「投げる」


「クモに?」


「来たら」


「近かったら投げる前に逃げて」


「わかっとる」


 わかっていない顔だった。


 でも、何か持っていないと怖いのだろう。


 創磨も同じだった。


 家の横へ回る。


 壁を見る。


 昨日作った土の壁の端に、白いものがついていた。


「……あ」


 創磨は足を止めた。


 芽依も見た。


「なに」


「糸」


 細い。


 本当に細い。


 朝の光を受けて、少しだけ白く光っている。


 土の角から、木材の端へ、一本だけ伸びている。


 クモが通ったあとかもしれない。


 ただの草の繊維かもしれない。


 でも、創磨には、それが糸に見えた。


 弓に必要なもの。


 探していたもの。


 でも、手を伸ばす前に、体が止まった。


 あの赤い目を思い出した。


 かさ、かさ、という足音を思い出した。


 糸はある。


 でも、それを取るには、クモの来る場所に近づかなければならない。


 芽依も同じことを考えたのか、創磨の服を少しつかんだ。


「そうま」


「うん」


「今日、取ると?」


 創磨は、白い糸を見た。


 細い。


 頼りない。


 でも、たしかにそこにある。


 遠くから守るために必要なもの。


 スケルトンに近づかずに、妹たちを守るために必要なもの。


 創磨はすぐには答えられなかった。


 薬は残り三十六回。


 十八日分。


 時間は減っている。


 でも、怖いものへ近づけば、今日が終わる前に何かが起きるかもしれない。


 創磨は息を吸った。


「……すぐには取らん」


「うん」


「でも、ここに来たってことは、わかった」


「うん」


「次は、クモが来ても入れんようにする」


 芽依は目を丸くした。


「弓じゃなくて?」


「弓もいる」


 創磨は白い糸から目を離さずに言った。


「でも、その前に、上から来るやつを止めんば」


 芽依は家の壁を見た。


 土の壁を見た。


 そして、空を見た。


「上も、守ると?」


「うん」


 創磨は小さくうなずいた。


 地面の道だけでは足りない。


 矢を防ぐ壁だけでは足りない。


 この世界は、ひとつ作れば終わりではない。


 ひとつ作ると、次に足りないものが見える。


 土穴。


 家。


 水。


 パン。


 つよし号。


 床下。


 扉。


 柵。


 盾。


 見えない道。


 そして今度は、上から来る赤い目。


 創磨は、白く光る細い糸を見つめた。


 それは、弓への道に見えた。


 同時に、もっと怖い場所への入口にも見えた。


 ――糸はあった。


 でも、まだ取れない。


 次は、赤い目が来ても入れない家にする。

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