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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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18/33

糸がいる



 夜は、長かった。


 外で骨の音がしなくなってからも、創磨はすぐには眠れなかった。家の中には、たいまつの火がある。床下の扉もある。盾もある。柵もある。最初の夜、土の穴の中でただ息をひそめていた時とは違う。


 それでも、怖いものは怖かった。


 目を閉じると、矢の音が戻ってくる。


 ひゅっ。


 そのあとに、かん、と盾が鳴る。腕に衝撃が来る。頬のすぐ横を、冷たいものが通る。柵に刺さった時の、ざく、という音まで思い出す。


 あれが、もし望来に当たっていたら。


 もし芽依に当たっていたら。


 もし、赤ちゃん村人に当たっていたら。


 創磨は布の中で、左手をそっと握った。力が入りにくい。指を曲げると、肘の奥がじんとした。


 盾を持ったのは、そんなに長い時間ではなかった。けれど、体はちゃんと覚えている。あれを何度も続けるのは無理だ。一回、二回なら止められるかもしれない。でも、ずっとは無理。


 そのことが、創磨には一番怖かった。


 望来は真ん中のベッドで眠っている。芽依はその横で、望来に背中をくっつけるようにして丸まっていた。赤ちゃん村人は床下ではなく、部屋の隅に座ったまま眠っている。望来が「ここ」と言って、どうしてもそばに置きたがったからだった。


 本当は、床下の方が安全かもしれない。けれど、望来が手を伸ばせる場所に赤ちゃん村人がいることで、望来は安心して眠れた。


 今夜だけは、それでよかった。


 創磨は天井を見上げた。


 遠くから守る方法。


 弓。


 弓がいる。


 スケルトンみたいに撃ちたいわけではない。倒したいわけでもない。でも、近づかれる前に止められるものがいる。近づかなくても、向こうに「来るな」と言えるものがいる。


 弓を作るには、棒と糸。


 棒は作れる。木はある。


 問題は、糸だった。


 糸。


 たぶん、クモ。


 創磨はそこまで考えて、布の中で顔をしかめた。


 クモは嫌いだ。小さいやつでも嫌いなのに、この世界のクモは、きっと小さくない。ゲームの中のクモは、夜に足音を立てて近づいてくる。壁も登る。赤い目で、こっちを見る。


 創磨は思わず、家の壁を見た。


 ここに、あれが張りついたら。


 窓の外から、赤い目がのぞいたら。


 ぞわっとして、創磨はすぐに考えるのをやめた。


 でも、やめても必要なものは変わらない。


 糸がいる。


     *


 朝になった。


 窓の外が白っぽくなり、村の屋根に光が当たる。それだけで、家の中の空気が少し軽くなった。


 けれど、創磨の左腕は重いままだった。


「そうま」


 芽依が先に起きて、創磨の腕を見た。


「まだ痛かと?」


「ちょっと」


「ちょっとじゃなか顔しとる」


「昨日よりはまし」


「ほんとに?」


「ほんと」


 芽依は信じきっていない顔だった。それでも、今日は無理に言い返さなかった。


 望来が布の中でもぞもぞ動いた。


「みく、あさ?」


「朝」


 芽依が答える。


「おくすり?」


 望来は目を半分しか開けないまま、いつものように言った。


 創磨は薬袋を手に取った。昨日より、また軽い。


 中身を出す。一つ。今朝の分。


 それを見た瞬間、昨日の夜の数字が頭に戻った。


 残り三十八回。十九日分。


 今から一つ飲ませる。


 そうしたら、残り三十七回。


 十八日と半分。


 創磨は少しだけ息を止めた。


「そうま?」


 芽依が見ている。


「大丈夫」


 創磨はそう言って、薬を望来の口元へ持っていった。


「みく、口」


「にがい」


「水あるけん」


 芽依がバケツを引き寄せる。望来は口を開けた。


 薬を入れる。水を飲ませる。


 こくん。


 小さな喉が動いた。


 創磨はその動きを、最後まで見た。


「飲めた」


「飲めた」


 芽依も横で言った。


 飲めた。


 それだけで、胸の奥が少しだけゆるむ。


 でも、薬袋はまた軽くなる。


 残り三十七回。


 十八日と半分。


 創磨はその数字を、声には出さずに胸の中だけで数えた。


 望来は少し顔をしかめてから、いつものように言う。


「あと、パン」


「薬のあとすぐパンて」


 芽依があきれた声を出した。


「みく、パンがよか」


「焼きじゃがいももあるやろ」


「パン」


「またパン」


 少しだけ、いつもの朝みたいな声だった。それがありがたくて、創磨は何も言わずに小さなパンを分けた。


 望来に一つ。芽依に一つ。自分にも一つ。


 望来はすぐに自分の分を食べて、創磨の手元を見た。


「そうまの、ちょっと」


 創磨は一瞬、パンを見た。いつもなら、少しだけ割っていたかもしれない。


 でも、左腕の重さが先に来た。昨日、自分が倒れそうになったことを体が覚えている。盾を持つにも、走るにも、妹たちを床下へ入れるにも、腹が減っていたら動けない。


「今日は、だめ」


 創磨が言うと、望来は口を曲げた。


「また?」


「また」


「そうま、けち」


「けちでよか」


 芽依が少し笑った。


「そうま、ちゃんと食べるようになったやん」


「食べんと動けんけん」


「うん。それでよか」


 芽依の言い方は、少しだけ母に似ていた。


 創磨は返事をせず、自分のパンをちゃんと食べた。腹に入る。それだけで、体の奥に少しだけ力が戻る。


 食べ物は、武器と同じくらい大事だった。


 いや、たぶん、武器より先だった。


 動けなければ、守れない。


     *


 朝食のあと、創磨は扉の前に立った。


 外に出る前に、窓から村の入口を見る。昨日立て直したたいまつは、まだ立っていた。芽依のポケットから出てきた小さな木片が、根元に挟まったままになっている。


 火は消えていない。


 その少し奥の柵には、矢が何本か刺さっていた。


 森の影は、朝の光を受けても暗い。スケルトンの姿は見えない。でも、いないとは言い切れない。


「外、行くと?」


 芽依が聞いた。


「入口だけ見る」


「めいも行く」


「みくは」


「みくも」


 望来がすぐに言う。


「だめ」


「なんで」


「昨日、矢来たけん」


「こーんってする?」


「今日は、こーんってせんようにする」


 望来はよくわからない顔をした。赤ちゃん村人は望来の足元に立っている。望来はその小さな手を取ろうとして、うまく取れず、服の端をつまんだ。


「あの子もいく」


「だめ」


 創磨と芽依が同時に言った。


 望来はむっとした。


「ともだちやもん」


「だから、家」


 芽依が少し強い声で言った。


「あの子も、みくも、ここ。そうまとめいが見てくる」


「みく、見る」


「窓から見る」


「いや」


「いやでも」


 芽依は望来の前にしゃがんだ。


「昨日、あの子も矢に当たるかもしれんかったとよ」


 望来の顔が少し変わった。


「あの子、いたい?」


「当たったら痛い」


「いや」


「やけん、家」


 望来は赤ちゃん村人を見た。それから、少しだけ不満そうにしながらも、うなずいた。


「みく、まつ」


「うん。えらい」


「あとで、パン」


「それは別」


 芽依がすぐに言う。望来は口をとがらせた。


 創磨は少しだけ笑いそうになったが、すぐに顔を引き締めた。


 盾を持つ。


 左腕に重さが戻る。昨日ほどではない。でも、やっぱり重い。


 扉を少しだけ開ける。朝の空気が入ってきた。冷たい。けれど、昨日の矢の音はない。


「行くよ」


「うん」


 創磨が先に出て、芽依がすぐ後ろにつく。


 家の前。柵。門。たいまつ。昨日走って戻った道を、今度はゆっくり歩く。


 地面には、矢が一本落ちていた。


 創磨はしゃがもうとして、左腕が少し痛んだ。


「めい、拾って」


「うん」


 芽依が矢を拾う。


 細い。まっすぐ。先が冷たい。


 昨日、盾に刺さっていたものと同じだった。


「これ、ほんとに当たったら危なかね」


「うん」


「怖」


「うん」


 創磨は柵を見る。


 矢は、柵の上の方に刺さっていた。


 柵は敵の足を止める。でも、矢は止められない。門も同じだ。ゾンビやピリジャーなら、道をふさいだり、ボートで止めたり、鉄ゴーレムに近づけたりできる。でも、スケルトンは違う。


 見えたら撃ってくる。


 距離があっても撃ってくる。


 こっちが小さい子どもでも、関係なく撃ってくる。


「線やね」


 創磨は小さく言った。


「なにが?」


「矢。まっすぐ来る」


「そらそうやろ」


「だから、まっすぐ見えんようにしたら、ちょっと違うかもしれん」


 芽依は柵と家を交互に見た。


「壁?」


「うん。高いやつ。あと、曲がる道」


「曲がる道?」


「入口から家まで、まっすぐ見えんようにする」


 創磨は昨日のことを思い出した。


 望来を家へ。


 赤ちゃん村人を家へ。


 床下へ。


 そのあいだ、村の入口から家までが見えていた。だから、矢が飛んできた。


 もし途中に壁があれば。


 もし、走る道がまっすぐではなく、何度か曲がれば。


 矢は通りにくくなるかもしれない。


 弓を作る前に、できることがある。


「遠くから守るのもいるけど、その前に、見えんようにする」


 創磨が言うと、芽依は少しだけ考えたあとでうなずいた。


「隠れる道やね」


「うん」


「床下だけじゃなくて、家までの道も隠すと」


「そう」


 芽依は矢を手に持ったまま、村の入口から家までを見た。


「じゃあ、ここに土置く?」


「うん。あと木も。窓みたいにすき間は作らん。見えたら撃たれるけん」


「でも見えんかったら、こっちも見えんやん」


「芽依が横から見る」


「まためい?」


「うん」


「まあ、見るのはできるけど」


 芽依は少し得意そうに言った。


 その声を聞いて、創磨は少しだけ安心した。自分一人では、全部見えない。盾を持てば前が見えない。壁を作れば向こうが見えない。けれど、芽依が横を見るなら、少しは違う。


 役割がある。


 それだけで、怖さの形が少し変わる。


     *


 二人は家に戻って、望来と赤ちゃん村人に「外に出ない」ともう一度言い聞かせた。


「みく、つよし号におる」


 望来は不満そうに言いながらも、つよし号の中へ入った。赤ちゃん村人もその横に座る。二人が並ぶと、つよし号は少し狭そうだった。


「けんかせんでよ」


 芽依が言う。


「せん」


「パン勝手に食べんでよ」


「たべん」


「ほんとに?」


「ほんと」


 返事はいい。


 けれど、望来の目はすでにチェストの方を見ていた。


 芽依がすぐに気づく。


「今、パン見たやろ」


「見とらん」


「見た」


「見ただけ」


「やっぱ見たやん」


 創磨は二人のやり取りを聞きながら、土と木材を取り出した。


 土はある。最初の穴を掘った時のように、崩して積めばいい。木材もある。完全な壁には足りないかもしれないが、少しだけ線を切るくらいならできる。


 でも、創磨はすぐには外へ出なかった。


 作業台の前に座り、まず木材を置いた。


「なに作ると?」


 芽依が聞く。


「ブロックだけじゃ、積むの大変やけん。板とか、フェンスとか、使えるかもしれん」


「フェンス、昨日のやつ?」


「うん。でもフェンスは矢、通るかもしれん」


「じゃあだめやん」


「敵の足止めにはなる。でも、矢よけにはならん」


 創磨は木材を手にしたまま考えた。


 昨日までは、敵が来ないようにすることだけを考えていた。


 でも、矢は違う。


 来なくても届く。


 近づかなくても当たる。


 だから、道をふさぐだけでは足りない。


 見えなくする。


 そのためには、すき間のない壁がいる。


「土がいいかもしれん」


「木じゃなくて?」


「木は燃えるかもしれん。土なら、たぶん燃えん」


「火、つけられると?」


「わからん。でも、燃えん方がよか」


 芽依は少し真面目な顔でうなずいた。


「じゃあ土」


「でも、全部土だと暗くなる」


「暗いのもいや」


「うん。だから、曲がるところだけ高くする」


「めんどくさ」


「めんどくさくせんと、矢が来る」


 創磨が言うと、芽依は黙った。


 矢。


 その一言だけで、昨日の音が戻ってくる。


 ひゅっ。


 かん。


 ざく。


 芽依も覚えているのだと思う。口をとがらせたまま、それ以上は文句を言わなかった。


「めい、見る係する」


「うん」


「でも、そうまも前に出すぎんでよ」


「わかっとる」


「ほんとに?」


「ほんと」


「昨日、たいまつ直しに行ったやん」


 創磨は少し言葉に詰まった。


「あれは……」


「行ったやん」


「行った」


「今日も、行きすぎんでよ」


 芽依の声は、少し怒っていた。


 でも、ただ怒っているだけではない。


 心配している声だった。


 創磨は手の中の木材を見た。


「うん。行きすぎん」


「約束」


「約束」


 芽依はそれでようやく少しだけうなずいた。


 創磨は土ブロックを持ち上げた。


 重い。


 ゲームなら一マス、二マスと簡単に置けるものでも、ここでは両手で抱えなければならない。何度も運べば、腹も減る。腕も痛くなる。


 昨日の盾で左腕はまだ重い。


 それでも、やらなければならなかった。


 望来がつよし号の中から、二人を見ている。


「そうま、また外?」


「うん。でも近く」


「みくは?」


「つよし号」


「また?」


「また」


 望来は不満そうに赤ちゃん村人の袖をつまんだ。


「あの子も、また?」


「うん。赤ちゃんも、つよし号」


 望来は赤ちゃん村人に向かって、少し得意そうに言った。


「みくたち、つよし号係」


 赤ちゃん村人は何も答えない。


 でも、望来の隣でちゃんと座っていた。


 創磨はその姿を見て、胸の奥で小さく息を吐いた。


 守るものが増えた。


 でも、昨日よりは少しだけ、守る形も増えた。


 盾。


 床下。


 柵。


 たいまつ。


 つよし号。


 そして、これから作る見えない道。


 どれも完全ではない。


 でも、何もないよりはいい。


「行く」


 創磨は土を抱えた。


「めい、右見て」


「うん」


「森の方、音したらすぐ言って」


「わかっとる」


 芽依は矢を一本、手に持ったまま立った。


「それ、持ってくと?」


「持っとく」


「危なかよ」


「投げん。見るだけ」


「ほんとに?」


「ほんと」


 返事はいい。


 けれど、創磨は芽依の「ほんと」も、望来の「ほんと」と同じくらいには信用しすぎないようにした。


 外へ出る。


 朝の光はまだ明るい。


 けれど、森の影はやっぱり暗い。


 昨日のスケルトンはいない。


 それでも、いないと決まったわけではない。


 創磨は土ブロックを家の前の道に置いた。


 どすん、と鈍い音がした。


 一つ置いただけでは、何も変わらないように見える。


 けれど、村の入口側から見ると、その土が家の扉の一部を隠した。


「ちょっと見えん」


 芽依が入口の方へ少し回って言った。


「家、全部は見えん」


「うん」


 創磨は息を吐いた。


 たった一つでも、意味はある。


 それなら、増やせばもっと意味がある。


「次、ここ」


 創磨は二つ目の土を抱えた。


 腕が重い。


 腹も少し空いてきた。


 でも、今は少しだけ動ける。


 朝ごはんを食べたから。


 望来に分けなかったから。


 そう思うと、胸の奥が少し痛んだ。


 でも、これでいい。


 守るために、自分も食べる。


 守るために、自分も動く。


 創磨は二つ目の土を置いた。


 道が、少しだけ曲がった。


 まっすぐではなくなった。


 芽依が家の方へ戻ってきて、土の位置を見た。


「ここ、つよし号通れる?」


 創磨ははっとした。


 道を隠すことばかり考えていた。


 でも、つよし号が通れなければ意味がない。


 望来を乗せて逃げる道がふさがったら、ただの邪魔な壁になる。


「……通してみる」


「今?」


「今、試さんと夜に困る」


 創磨はつよし号を少しだけ動かした。


 望来と赤ちゃん村人を乗せたまま、家の入口から土の間を通す。


 ぎりぎりだった。


 角で引っかかる。


「そうま、ぶつかる」


「わかっとる」


「こっち押す?」


「ちょっとだけ」


 芽依が後ろからつよし号を押す。


 創磨は前から引く。


 望来は中で少し揺れて、赤ちゃん村人の服をつかんだ。


「つよし号、せまい」


「今、試しよる」


「みく、こわくなか」


「動かんでよ」


「動いとらん」


 望来はそう言いながら、少し身を乗り出した。


「みく」


 芽依がすぐに言う。


「乗り出さん」


「見よるだけ」


「見るだけも、出すぎ」


 望来は少しだけ口をとがらせた。


 それでも、つよし号はどうにか土の間を通れた。


 曲がれる。


 でも、もう少し広くした方がいい。


「ここ、広げる」


 創磨が言うと、芽依はすぐに地面を見た。


「じゃあ、この土はちょっと右?」


「うん」


「こっちに石置いたら、曲がる場所わかるかも」


「石?」


「めい、持っとる」


 芽依はポケットに手を入れ、小さな白っぽい石を出した。


「また拾っとったと?」


「なんかいるかと思ったもん」


 いつもの言い方だった。


 家なら、洗濯の前に怒られるやつ。


 でも、今は違う。


 その白い石を置けば、曲がる場所の目印になる。


 夜でも、たいまつの近くなら見えるかもしれない。


「それ、いい」


 創磨が言うと、芽依は少し得意そうにした。


「やろ」


「ここ、置いて」


「うん」


 芽依は白い石を、土の壁の角に置いた。


「ここ、曲がる」


「うん。つよし号の道」


「みくの道?」


 望来がすぐに聞いた。


「みくの道」


 芽依が答える。


「つよし号の道」


「つよし号の道」


 望来は嬉しそうに赤ちゃん村人へ言った。


「あの子も、ここ」


 赤ちゃん村人はわからない顔をしていた。


 けれど、望来が満足しているからか、そのままつよし号の中に座っていた。


 創磨は白い石を見た。


 土の壁。


 曲がる道。


 つよし号。


 白い目印。


 全部、小さい。


 全部、頼りない。


 でも、昨日の自分たちにはなかったものだった。


「今日は、ここまで形を決める」


 創磨は言った。


「夜までに全部できる?」


 芽依が聞く。


「全部は無理」


「じゃあ?」


「入口から家がまっすぐ見えんくらいまで」


「ちょっとでも?」


「うん。ちょっとでも」


 芽依は少しだけうなずいた。


「ちょっとでも、ないよりよか」


「うん」


 創磨も同じようにうなずいた。


 弓はまだ作れない。


 糸もない。


 クモは怖い。


 でも、今できることはある。


 矢が通る線を切る。


 つよし号が通れる道を作る。


 望来と赤ちゃん村人が家へ戻れる時間を作る。


 勝つためではない。


 逃げるため。


 守るため。


 夜を越えるため。


 創磨は森の方を見た。


 朝なのに、木の下だけは暗い。


 あの奥に、昨日のスケルトンがまだいるかもしれない。


 そして、別の夜には、クモが来るかもしれない。


 弓がいる。


 糸がいる。


 でもその前に、今日やることがある。


 創磨は土をもう一つ持ち上げた。


 腕が重い。


 左腕はまだ痛い。


 でも、昨日の盾よりはましだった。


「めい」


「なに」


「森、見とって」


「見とる」


「みく」


「なに」


「つよし号から降りんで」


「降りん」


「赤ちゃんも」


「赤ちゃんも降りん」


 望来は赤ちゃん村人の袖をぎゅっとつかんだ。


 創磨は土を抱えて、家と村の入口のあいだへ向かった。


 まっすぐ見える道を、少しずつ曲げる。


 矢が通る線を、少しずつ消す。


 遠くから守る方法は、まだない。


 でも、遠くから狙われにくくする方法なら、今から作れる。


 創磨は土を置いた。


 どすん。


 その音は小さかった。


 けれど、創磨には、昨日の矢の音より少しだけ強く聞こえた。


 次は、見えない道を作る。

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