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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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12/33

ひみつきち



 朝から、創磨は何度も棚の上を見てしまった。


 家のいちばん奥、高い場所に置いたあの瓶。

 暗い液体が入った、小さなガラスの瓶。


 触らなければ何も起きない。

 たぶん、今はまだ。


 それでも、そこにあるだけで落ち着かなかった。


 朝の光が家の中へ差し込み、くっつけた三つのベッドを照らしている。壁際のチェスト、かまど、たいまつ。つよし号は入口のそばに置いてあった。


 見た目だけなら、ちゃんと暮らしている家だった。


 けれど創磨の頭の中では、昨日の灰色のやつらと、村の外れに残った足跡がまだ消えていなかった。


「そうま、また見よる」


 芽依が、じゃがいもをかじりながら言った。


「なにを」


「棚のやつ」


 創磨は返事をしなかった。


 望来はそんな空気に気づいていないみたいに、つよし号の中で足をぶらぶらさせている。


「みく、きょうも、あの子んとこ行く」


「食べてから」


「もう食べた」


「半分しか食べとらんやろ」


 望来は焼きじゃがいもの残りを見て、少しだけ口をとがらせた。

 それでも言い返さず、ちびちび食べる。昨日の赤ちゃん村人とまた会えると思っているからか、今日はやけに素直だった。


 芽依がそれを見て、ふっと笑う。


「みく、ほんと好きなんやね」


「ともだちやもん」


 当然みたいに答える。


 創磨はそれを聞いて、また棚を見た。


 もし、また昨日みたいなのが来たら。

 今度は村の中まで入ってきたら。

 望来と、あの赤ちゃん村人を、どこに隠す。


 家の中へ入れるだけでは足りない気がした。

 窓もある。扉もある。もし壊されたら終わりだ。


 村人たちは鐘で走った。

 でも赤ちゃんは遅い。

 望来だって遅い。


 創磨は手の中のじゃがいもを見つめたまま、小さく言った。


「芽依」


「なに」


「床ん下、掘る」


 芽依が瞬きをした。


「は?」


「隠れる場所」


「どこに」


「この家の中」


「床の下に?」


「うん」


 芽依は少しのあいだ黙っていた。

 それから、じゃがいもを飲み込んでから、低い声で言う。


「……昨日のやつのため?」


 創磨は、今度はごまかさなかった。


「たぶん、あれで終わらん」


「瓶のせい?」


「たぶん」


「たぶんばっかり」


「でも、なんもせんよりよか」


 芽依は膝を抱えて少し考えた。

 口を開きかけて、閉じて、また開く。


「みく、入れると?」


「入れるようにする」


「……あの子も?」


 創磨は芽依の顔を見た。


 あの子、で通じるのが、もう少しだけ不思議だった。

 昨日まではただの村人の赤ちゃんだったのに、今日はもう、それで通じる。


「入れたかったら、入れらるるようにしたい」


 芽依は鼻を鳴らした。


「じゃあ、ちっちゃめじゃだめやん」


「うん」


「狭すぎてもみく泣くよ」


「うん」


「暗すぎても泣く」


「……うん」


 そこまで聞いて、芽依は立ち上がった。


「じゃあ、掘る」


「え」


「決めたっちゃろ。なら、はよやらんば」


 創磨は少しだけ目を丸くした。

 芽依はそういう時、意外と早い。


「みく」


 芽依が声をかける。


「なん?」


「今日は、ひみつきち作るよ」


 望来の顔がぱっと明るくなった。


「ひみつきち!」


「そう。めいとそうまが作る」


「みくも!」


「みくは……」


 創磨が言いかけると、芽依が先に言った。


「みくは、見とる係」


「みる!」


 望来はそれだけで満足したらしく、つよし号のへりをぽんぽん叩いた。


 創磨は三つくっつけたベッドを少しずらした。

 完全に離すのではなく、片側だけ持ち上げる。床板代わりに敷いていた木をどけると、下は土だった。


 やっぱりここだ、と創磨は思った。


 外からはわかりにくい。

 ベッドの陰にもなる。

 もし隠れるならここがいちばんいい。


「そこ掘ると?」


 芽依が隣にしゃがむ。


「うん。入口はベッドの下」


「みく、入りやすか?」


「少し広げる」


「そうま、ちゃんと考えとったね」


「昨日からな」


 創磨は石のシャベルを土へ入れた。

 ざく、という音がする。まだ朝で体力もある。掘る手は思ったより進んだ。


 芽依も反対側から掘る。


「どんくらい深く?」


「みくが座れて、頭ぶつけんくらい」


「それじゃエンダーマン……」


 言いかけて、芽依は止まった。

 創磨も止まる。


 望来が聞いている。


「なに?」


 創磨はすぐに土を崩しながら答えた。


「なんでもなか。高すぎたら暑かろって話」


「ふーん」


 望来は深く追わず、またつよし号の上で足を揺らした。


 しばらく掘ると、想像していたより空間が取れそうだった。

 大人が立つのは無理だが、子どもならしゃがんで入れる。

 望来と赤ちゃん村人なら、並んで座れるかもしれない。


 創磨は途中で手を止めた。

 土のにおいが上がってくる。


 このにおいは、最初の夜を思い出させた。

 あの狭い穴。暗さ。外のうなり声。芽依にしがみつく望来。


「そうま、どうしたと」


「……いや」


 創磨は首を振って、また掘った。


 同じ穴でも、今度は違う。

 朝が来るまで震えて耐えるための穴じゃない。

 守るために、先に作る穴だ。


 そこが前と違った。


 昼近くになったころ、入口と中の形が見えてきた。

 創磨が下へ降りてしゃがむ。

 芽依も横へ入る。

 肩が少しぶつかるが、二人なら余裕がある。


「みく、入ってみる?」


 望来は待ってましたみたいに、つよし号から降りた。


「はいる!」


「ゆっくりな」


 芽依が手を貸すと、望来はちいさな足で穴へ入った。

 目を丸くして、きょろきょろする。


「ひみつきち」


「どう?」


「いい」


 短い返事だったが、声はうれしそうだった。


 望来はそのまま座り込み、壁をぺたぺた触る。


「ここ、みくんち」


「みくんちじゃなか」


 芽依がすぐにつっこむ。


「みんなの」


「みんなの、みくんち」


「どっちやねん」


 創磨は少しだけ笑った。

 その時、家の外から、小さな足音が聞こえた。


 入口のほうを見ると、昨日の赤ちゃん村人がいた。


 扉のところで立ち止まって、家の中をのぞいている。


「あ」


 望来がすぐに反応する。


「あの子」


 望来は穴の中から、ちいさく手を振った。


「おいで」


 赤ちゃん村人はしばらくじっとしていたが、やがて、とてとてと家の中へ入ってきた。

 警戒しているというより、様子を見に来た感じだった。


 芽依が創磨を見る。


「ほんとに来た」


「うん」


「みくの友達、すご」


 望来は穴の中から顔を出して、もう一度手を振った。


「ここ、ひみつ」


 言葉が通じているのかはわからない。

 けれど赤ちゃん村人はその近くまで来て、床の穴をのぞき込んだ。


 創磨は少し迷ってから、手を差し出した。


「……落ちんなよ」


 もちろん村人は創磨の手を取らない。

 でもその代わり、望来が先に両手を伸ばした。


「おいで」


 赤ちゃん村人は、ちょっと考えるみたいに首を傾け、それから、よたよたと穴の中へ降りてきた。


「うわ」


 芽依が声を漏らす。


 穴の中で、望来と赤ちゃん村人が並んで座る。

 二人とも足が短くて、土の床にちょこんと乗っているだけだった。


「……入れた」


 創磨は小さくつぶやいた。


 望来はうれしそうに、赤ちゃん村人へ小さな花を見せた。赤ちゃん村人も、それをじっと見ている。


 この空間は、急ごしらえの避難場所のはずだった。

 なのに今は、ほんとうに秘密基地みたいに見えた。


「これなら、いけるかも」


 芽依が言う。


「なにが」


「みくも、あの子も、ここなら少しは落ち着く」


 創磨はうなずいた。


「まだ足りん」


「なにが」


「水。食べるもん。たいまつ。薬」


「……ああ」


 芽依の顔も、少しだけ真面目に戻る。


 午後はその準備に使った。


 小さな木箱を置く。

 焼きじゃがいもを入れる。

 パンも少し。

 たいまつは壁際。明るすぎず、でも暗くならない位置。

 水はすぐ手の届くところへ置く。

 薬は最後まで創磨が迷った。


 手元に置きたい気持ちもある。

 でも、隠れる時に間に合わなかったら意味がない。


 創磨は薬袋を見つめたまま、しばらく動けなかった。


 芽依がその横で、小さく言う。


「中に入れたがよかよ」


「……うん」


「怖かばってん」


「わかっとる」


「でも、みくが中に入る時、薬なかったらもっと怖か」


 創磨は黙ってうなずいた。

 薬を小箱のいちばん奥ではなく、すぐ見える場所へ置く。


 望来がそれを見て、しゃがみこんだ。


「みくのおくすり」


「そう。ここにあるけんね」


「なくならん?」


 その問いに、創磨の手が止まった。


「……なくさんようにする」


 望来は意味まではわかっていない顔で、それでも「うん」と言った。


 夕方前、創磨たちは一度、隠れる練習をした。


「みく、鐘が鳴ったら、ここ」


「ここ」


「あの子もおったら、一緒でよか」


「いっしょ」


「大きい声出さん。待つ」


 望来は真剣な顔で聞いていた。

 遊び半分なのか、本気なのか、その間の顔だった。


 赤ちゃん村人も、たまたまいた。

 創磨が鐘を軽く鳴らすと、村人たちが家へ走る。

 それに混じって、赤ちゃん村人もこちらへ来た。


「……ほんとに来る」


 芽依が言う。


「みく、あの子、こっち」


 望来が穴の入り口から呼ぶと、赤ちゃん村人はまたするっと中へ入った。


 望来が満足そうに笑う。


「ひみつ」


「ひみつやね」


 芽依も今度は笑った。


 床板を戻して、ベッドをずらし直すと、ぱっと見ただけではほとんどわからなくなった。

 下に空間があるなんて、知らなければ気づかない。


 創磨はその上に座って、しばらく何も言わなかった。


「そうま」


 芽依が隣に座る。


「なに」


「まだ、あれ使うつもり?」


 棚の上の瓶を見ないまま、芽依が聞く。


 創磨はすぐには答えなかった。


 使うつもり、ではない。

 でも、使う日が来るかもしれないとは思っている。


「……わからん」


 ようやくそう言う。


「ばってん、もしもの時、今日みたいに何もないままよりはよかやろ」


「うん」


「みくと、あの子も、ここなら隠れらるる」


「うん」


 芽依は膝を抱えて、少しだけ顎を乗せた。


「なんか、ほんとにひみつきちみたいやったね」


「みく、喜びよったしな」


「そうやなくて」


 芽依は小さく首を振った。


「そういう顔させんために作ったっちゃろ」


 創磨は返事をしなかった。

 その通りだったからだ。


 夜になり、三つのベッドをくっつけた寝床にまた三人で入る。

 望来はすぐに真ん中へもぐり込み、眠たそうに目をこすった。


「また、あした、あそぶ」


「誰と」


「ともだち」


 そう言って、もう半分眠っている。


 創磨は望来の頭を軽くなでた。

 その向こうで、芽依も目を閉じる。


 家の中にはたいまつの灯りがあった。

 床の下には、水と食べ物と薬のある、小さな隠れ場所がある。


 まだ何も始まっていない。

 でも、ただ待っているだけでもない。


 創磨は暗い天井を見ながら、小さく息を吐いた。


 ――隠れる場所はできた。次は、扉だ。


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