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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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11/33

不吉な瓶



 その朝、望来は起きてすぐに言った。


「きょうも、あの子おる?」


 まだ少し寝ぼけた顔のまま、つよし号に手をかけている。


 創磨は一瞬だけ意味がわからず、すぐに昨日の赤ちゃん村人のことだと気づいた。


「おるかもしれん」


「いく」


「朝ごはん食べてから」


「いく」


「先に食べる」


 創磨が言うと、望来は少しだけ口をとがらせたが、すぐに「じゃあ、はやく」と言い直した。


 芽依がその様子を見て笑う。


「みく、もう友達んとこ行く気まんまんやん」


「ともだちやもん」


 望来は当然みたいに言った。


 昨日までは、村は生き延びるための場所だった。

 でも今は少し違う。

 畑がある。井戸がある。ベッドがある。たいまつがある。家の中で薬も飲める。

 それに、望来にはもう、ここで会いたい相手までできている。


 創磨はそれを考えながら、焼いたじゃがいもを三人で分けた。

 食べ終わると、望来はすぐにつよし号へ座る。もう自分の足みたいな顔をしている。


「いく」


「行くばってん、村の中だけやけんね」


「うん」


 返事はよかった。

 けれど、こういうときの望来は、返事と動きが別々なことがある。創磨はロープを手に巻きつけながら、念のためもう一度つよし号の結び目を確かめた。


 家を出ると、朝の村には昨日と同じように、ゆっくりした動きがあった。

 畑の近くにいる村人。井戸のそばを歩く村人。家の前で立ち止まっている村人。

 昨日よりも、少しだけその違いが見える。


 創磨はつよし号を引きながら、村の外れへ目をやった。

 空気は穏やかだった。けれど、何かが引っかかった。


 風の音でもない。

 村人の足音でもない。


 から、と乾いた音がした気がした。


「そうま?」


 芽依が創磨の顔をのぞく。


「……なんかおる」


「村人?」


「違う」


 その時だった。


 村の外れの低い丘の向こうから、灰色っぽい影がひとつ、ふたつ、みっつと現れた。


 鼻の長い村人とは違う。

 顔色が悪く、手には見たことのある形の武器――クロスボウがある。


 その真ん中に、旗を背負ったやつがいた。


 黒っぽい旗に、不気味な模様。

 動画で見たことがある。

 何度も見た。


 創磨の背中がぞくっとした。


「……ピリジャー」


「なにそれ」


 芽依の声が少しだけ硬くなる。


「襲うやつ」


「え」


 創磨はすぐに村のほうを見た。

 ここまで来られたらまずい。

 村人も、畑も、井戸も、家も、望来の友達も、全部巻き込まれる。


 頭の中で、知っていることが一気につながった。


 旗持ち。

 隊長。

 倒すと、変な瓶を落とす。

 それを飲んで村に入ると――


 そこまで考えて、創磨ははっとした。

 今はまだ、その先じゃない。

 とにかく、ここへ入れたらだめだ。


「芽依、みく、家ん中!」


「え、今すぐ?」


「今!」


 珍しく創磨が強く言うと、芽依もすぐに顔色を変えた。


「みく、入るよ!」


「えー」


「えーじゃなか!」


 芽依がつよし号の向きを変える。創磨はロープを引いて、望来ごと家のほうへ急いだ。


 その途中、ちょうど畑の近くで、昨日の赤ちゃん村人がいた。

 望来がそれを見つけて、体を乗り出す。


「あ」


「みく、だめ!」


 芽依が肩を押さえる。


 赤ちゃん村人の少し向こうで、大人の村人もこちらを見ていた。まだ何が起きるのかわかっていない顔だ。


 創磨は家の前を通り過ぎて、村の中央へ走った。


 あった。

 鐘だ。


 今まで気にしていなかったけれど、村の広場の柱の下に、金色っぽい鐘が吊られている。


 創磨は腕を伸ばし、思い切り叩いた。


 ごん、と重い音が村じゅうへ響いた。


 もう一回。

 ごん。


 その音と同時に、村人たちの動きが変わった。

 畑の村人が家へ走る。井戸の近くのやつも走る。赤ちゃん村人も、大人に引っ張られるようにして消えていく。


「そうま!」


 芽依が叫ぶ。


 振り向くと、村の入口近くの道へ、白くて大きな影がぬっと現れていた。


 今まで遠くで何度か見た気もする。

 でも、ちゃんと見るのは初めてだった。


 鉄ゴーレム。


 四角い体の、巨大な番人。

 村の守り手。


「……おるやん」


 創磨は思わずつぶやいた。


「なにあれ」


「味方」


「ほんとに?」


「たぶん」


「また!」


 芽依が怒るみたいに言う。

 でもその顔は、少しだけ安心していた。


 ピリジャーたちはもう、村のすぐ近くまで来ていた。

 クロスボウの構え方が見える。

 この距離なら、撃たれたら危ない。


 創磨は鐘のそばの柱の影にしゃがみこんだ。

 心臓が速い。

 手のひらが汗で滑る。


 どうする。

 逃がすな。

 でも正面からは無理だ。


 その時、視線の端につよし号が入った。

 いや、つよし号じゃない。家の横に、まだ使っていない小さな木のボートが立てかけてある。昨日、板材の残りで試しに作ったやつだ。


 動画で見たことがある。


 ボートは、陸でも使える。

 人間だけじゃない。

 モブもはまる。


 創磨は息をのんだ。


「芽依」


「なに」


「みくば家に入れて、扉閉めて」


「そうまは」


「ちょっとだけ行く」


「やだ」


「隊長ば、止める」


 芽依の顔が真っ白になる。


「ひとりで!?」


「ゴーレムおるけん。他のやつは、あれがやるかもしれん」


「かもしれんて!」


 その時、矢が柱に突き刺さった。


 ぱん、と乾いた音がして、芽依がびくっと肩を縮める。

 創磨も心臓が跳ねた。


「行く!」


 返事を待たず、創磨はボートをつかんで走った。


 怖い。

 足がすくみそうだった。

 けれど、村の中に入れたらもっとまずい。そう思ったら、止まれなかった。


 旗持ちが先にいた。

 後ろに二人。

 クロスボウの音がまた鳴る。


 創磨は家の角を使って体を隠しながら、旗持ちの進む道の前へ、思い切ってボートを置いた。


 すとん、と木の船が地面へ収まる。


「こっち!」


 思わず叫んだ瞬間、自分でもしまったと思った。

 でも遅い。旗持ちが創磨を見た。灰色の目がまっすぐ向く。


 創磨は反射みたいに家の角へ飛び込んだ。

 矢が壁に刺さる。


 足音。

 近い。


 次の瞬間、旗持ちが一歩踏み出し、そのまま木のボートへはまり込んだ。


「……入った」


 創磨の口から声が漏れる。


 旗持ちはボートの中でもがいている。

 完全じゃない。でも、止まった。


 その瞬間、白い大きな影が横から飛び込んできた。


 鉄ゴーレムだ。


 残りのピリジャーへ向かって、その巨大な腕を振るう。

 鈍い音。土の上を転がる影。クロスボウが跳ねる。


 創磨はそれを見たあと、ボートの中の旗持ちへ駆け寄った。

 石の剣を握る手が震える。

 怖い。

 でも、やるしかない。


 ひと振り。

 ふた振り。


 旗持ちが暴れる。

 創磨は歯を食いしばって、もう一度振った。


 ようやく、旗持ちの体が崩れ落ちる。


 音もなく、いくつかの物が地面へ落ちた。


 旗。

 クロスボウ。

 そして、小さな瓶。


 中に、どろりとした暗い色の液体が入っている。


 創磨の背中が冷たくなった。


「……やっぱり」


 それだった。


 不吉な瓶。

 飲んだら、よくないことが起きるやつ。


「そうま!」


 芽依の声が飛んでくる。


 振り向くと、残りのピリジャーは鉄ゴーレムに弾き飛ばされ、村の外のほうへ逃げるように散っていったところだった。

 ゴーレムはしばらくその場に立ち、敵が消えたのを確かめるみたいに動きを止める。


 創磨は、そのあいだに瓶を拾った。

 ガラス越しに見える液体の色が、朝の光の中でも不気味だった。


「そうま、だいじょぶ!?」


 芽依が走ってくる。

 その後ろから、望来の顔も家の扉のすき間に見えた。


「そうま!」


「出てきたらだめ!」


 創磨が言うと、望来はびくっと止まった。


 芽依は創磨の腕をつかんだ。


「けがしとらん?」


「しとらん」


「ほんと?」


「ほんと」


 答えながら、創磨は自分の鼓動がまだ速いのを感じていた。

 けがはしていない。

 でも、足は少しだけふらついていた。


 望来がつよし号から身を乗り出して、泣きそうな顔をする。


「そうま、こわかった」


「うん」


 創磨は瓶を後ろに隠して、できるだけ普通の声で言った。


「もう大丈夫」


「ぐるる、おった?」


「ぐるるやなかった。ばってん、もうおらん」


 望来は少しだけ安心したように、つよし号のへりを握り直した。


 その時、創磨の視線の先を、小さな影がよぎった。

 昨日の赤ちゃん村人だった。家の陰からそっと顔を出して、こちらを見ている。


 望来もそれに気づいて、小さく手を振る。


「おった」


 その一言に、創磨は胸の奥の緊張が、少しだけほどけるのを感じた。


 村は守れた。

 少なくとも、今日は。


 けれど、手の中の瓶は、守れたで終わらせてくれない感じがした。


 家に戻ってから、創磨はそれをチェストの奥ではなく、誰にも触られない高い棚の上へ置いた。

 望来の手も、芽依の手も届かない場所。


 芽依がそれを見上げる。


「なに、それ」


「……よくない瓶」


「毒?」


「たぶん、もっとやだやつ」


「飲まんがよかと?」


「絶対飲まん」


 創磨は即答した。


 芽依はそれ以上聞かなかった。

 その代わり、少しだけ真顔になってうなずく。


「なら、さわらんどく」


「うん」


 望来はつよし号の中から棚を見ていたが、創磨が「だめ」と言う前に、もう興味をなくしたみたいに赤ちゃん村人のほうを見た。


「また、あそべる?」


「……遊べる」


 創磨はそう答えた。

 答えながら、自分の中では別のことを考えていた。


 この瓶を持ったまま、村へ入るのがまずい。

 飲んだらもっとまずい。

 でも、いつかは使うかもしれない。


 使うなら、その前に準備がいる。


 もっと火。

 もっと食べ物。

 もっと守り。

 望来と赤ちゃん村人が隠れられる場所。

 村人を守る手。

 たまたまみたいに見える形で、ちゃんと備えておかなければならない。


 創磨は窓の外を見た。

 畑の村人が、また土の列のあいだを歩いている。

 鉄ゴーレムは、何事もなかったみたいに村の端をゆっくり回っていた。


 さっきまでと同じ村の朝のはずなのに、もう少しだけ違って見える。


 ここは、放っておけば守られる場所じゃない。

 守るために、知っておかなければならない場所だ。


 創磨は棚の上の瓶を見上げて、小さく息を吐いた。


 ――村の外にも、敵はいる。次は、備えだ。


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