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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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10/32

村の役目



 朝、目を覚ましたとき、創磨は少しだけ戸惑った。


 どこだろう、と思って、すぐに思い出す。

 四角い村の家。三つのベッドをくっつけた寝床。壁際のチェスト。かまど。たいまつ。窓の向こうに広がる、見慣れ始めた村の朝。


 隣では、芽依がまだ眠たそうに布にくるまっていた。真ん中の望来は、二人に挟まれるようにして、小さく口を開けて寝ている。


 三人で寄り添って寝ると、少し狭い。

 でも、それでよかった。

 むしろ、離れて寝るほうが落ち着かない。


 創磨はそっと身を起こした。

 昨夜、家の中で薬を飲ませられたことを思い出す。たいまつの明かりの下で、すぐ手の届くところに水がある。その当たり前じゃないことが、まだ少しだけうれしかった。


 かまどのそばには、鉄のバケツが置いてある。

 中の水は、朝の光を受けて静かに揺れていた。


 そのとき、望来がもぞっと動いた。


「……そうま」


「起きた?」


「おきた」


 まだ半分眠っている声だった。

 けれど、創磨の姿を見ると、すぐ安心したみたいに目を細める。


 反対側では、芽依も目を開けた。


「……もう朝?」


「朝」


「はやか」


「いつもやろ」


 芽依は小さくふくれたあと、のそのそ起き上がった。

 その顔を見て、創磨はほんの少しだけ、いつもの朝みたいだと思った。家でも、朝に強いのは自分で、芽依と望来は起きるのが遅かった。


 けれど、次の瞬間には、目が薬の袋のほうへ向いた。


 ちゃんとある。

 でも、一日ごとに軽くなっていく。


 創磨はそれを見ないふりをして、先に窓を開けた。


 朝の村には、昨日までと違う動きがあった。


 井戸の近くを、鼻の高い村人がゆっくり歩いている。

 畑のほうには、また別の村人がいて、何かを見ているようだった。

 家の前に立ったまま、動かないやつもいる。


 ただうろうろしているだけにも見える。

 けれど、昨日より少し長く見ていると、なんとなく違いがある気がした。


「なに見よると」


 芽依が創磨の横に来る。


「村人」


「また?」


「……なんか、歩き方が違う」


「歩き方?」


「ほら、あっちの畑の近くのやつ。昨日もあそこおった気がする」


 芽依は目を細めて見た。


「ほんとや。あっちは井戸ん近くばっか歩きよる」


「たぶん、役目がある」


「やくめ?」


「仕事、みたいな」


 言いながら、創磨は頭の中の知識をたどった。

 村人には職業がある。

 畑を見るやつ。本を見るやつ。道具を扱うやつ。仕事場があって、それに結びついていたはずだ。


 ただ、それを今すぐ全部思い出せるわけじゃない。

 でも、ただの背景じゃないのは確かだった。


 望来は二人の会話なんて聞いていないみたいに、つよし号のほうへ歩いて行った。


「みく、のる」


「朝から?」


「のる」


 創磨は苦笑して、つよし号を引き寄せた。

 望来はすぐにちょこんと座り、へりをぽんぽん叩く。


「つよしくん、おきた」


「起きたね」


 芽依が言うと、望来は満足そうにうなずいた。


 村のことを知るなら、家の中で考えているより、歩いて見たほうが早い。

 創磨はそう思って、ロープを手に取った。


「ちょっと見てくる」


「どこまで?」


「村の中だけ。外には行かん」


「なら、めいも行く」


「みくも」


「みくはいつもおるやろ」


 芽依が言うと、望来はつよし号の中でえへへと笑った。


 三人で家を出る。

 朝の光の中では、村の道も、畑も、柵も、昨日よりちゃんと形を持って見えた。夜は守らなければならない場所だった村が、朝になると、働いている場所に見える。


 畑のそばまで行くと、村人が土の列のあいだをゆっくり歩いていた。

 しゃがみこそしないが、まっすぐ畑を見ている。少し離れたところには、木と草のようなものでできた四角い箱が置いてある。


「そうま、あれなん」


 芽依が指した。


 創磨は目を凝らした。

 見たことがある形だった。丸く口のあいた、木の箱。


「……コンポスター」


「こんぽすた?」


「たしか、畑の仕事のやつ」


「村人の?」


「うん」


 畑の村人は、その近くから離れず、土の列を見てはまた歩いていた。

 井戸の近くにいるやつは、畑には来ない。

 逆に、畑の村人は井戸のところで立ち止まらない。


 昨日まではみんな同じ顔に見えたのに、今日は少しだけ違って見えた。


「ほんとに仕事しよるとやね」


 芽依が言う。


「かもしれん」


「かもしれんばっかり」


「まだ確かめとらんし」


 創磨はそう返したが、内心ではかなり確信していた。

 村人にも役目がある。

 それなら、この村を自分たちだけで全部動かさなくてもいいかもしれない。


 その時、望来が急に身を乗り出した。


「あ」


「なに」


「ちっちゃい」


 望来の見ている先に、小さな村人がいた。


 大人の村人よりずっと背が低い。畑の端のあたりを、よたよた歩いている。村人の赤ちゃんだった。


 創磨と芽依が見るより先に、望来はつよし号から降りようとした。


「みく、待って」


 創磨が慌ててロープを止める。


 けれど望来は、「あの子」とでも言いたげに、まっすぐ赤ちゃん村人のほうを見ていた。


「いきたか」


「……逃げんかな」


 芽依が小さく言う。


 創磨も少し迷った。

 大人の村人は、近づくとじろっと見ることがある。敵意があるわけじゃないが、仲良しとも言えない。

 赤ちゃんも同じかもしれない。


 けれど、望来は気にしていなかった。


「みく、いく」


 そう言って、とてとて歩き出す。

 創磨と芽依も、その後ろについていくしかなかった。


 赤ちゃん村人は、望来が近づいても、すぐには逃げなかった。

 少しだけ足を止めて、じっと見る。


 望来も立ち止まって、同じように見つめ返した。


 その光景が、なんだか少しおかしくて、創磨は思わず息を止めた。


「……なにしよると」


 芽依が小声で言う。


「たぶん、見よる」


「見よるて」


「お互い」


 望来はしゃがみこんだ。

 そのへんに咲いていた小さな白い花を一本、ぷちっと取る。


「はい」


 赤ちゃん村人に差し出す。


 赤ちゃん村人はすぐには取らなかった。

 でも逃げもしない。鼻の長い顔を少し傾けて、それから、花のほうへ手を伸ばした。


「うわ」


 芽依が思わず声を漏らす。


 望来は嬉しそうに笑う。


「どうぞ」


 赤ちゃん村人は花を受け取って、しばらく見ていた。

 それから、望来のすぐそばにぺたんと座る。


「……友達なっとる」


 芽依がぽつりと言う。


 創磨も、言葉が出なかった。


 望来はもう警戒なんてしていない。

 薬袋をたすきみたいに肩にかけたまま、土の上にしゃがみ、今度は足元の草を触る。赤ちゃん村人も、それをじっと見てから、同じように地面のほうへ手を伸ばした。


「みく、これ、きのこみたい」


 望来が言う。


「草たい、それ」


 芽依がつっこむ。


「きのこみたい」


「ちがうって」


 望来は気にせず、赤ちゃん村人に見せる。

 赤ちゃん村人も、よくわからないまま見ている。


 そのぎこちないやり取りが、創磨には妙にやさしく見えた。


 危ない世界だ。

 薬の残りは減っていく。

 何も解決していない。


 それでも、望来はもう、ここで友達を作っている。


 少し離れたところにいた大人の村人が、こちらを見ていた。

 怒るでもなく、追い払うでもなく、ただ見ている。


 まるで、望来と赤ちゃん村人の様子を確かめているみたいだった。


「そうま」


 芽依が創磨の服を軽く引いた。


「なに」


「これ、よかと?」


「……たぶん」


「また」


「でも、追い払われんやろ」


 芽依は少しだけ考えてから、うなずいた。


「たしかに」


 そのあいだも、望来は赤ちゃん村人と隣同士で座っていた。

 話が通じているようには見えない。

 それでも、離れない。


 望来が花をもう一本取ると、赤ちゃん村人が今度は自分から近づいてきた。

 顔を見合わせて、二人ともなんとなく笑う。


「みく、すごかね」


 芽依が小さく言う。


「なにが」


「すぐ友達作る」


 創磨は、少しだけ笑った。


「みくやけんやろ」


 人を怖がらない。

 まず近づく。

 相手が誰でも、自分のほうから距離をなくしてしまう。


 それは望来の強さでもあった。


 しばらくして、畑の村人がまた動き出した。

 土の列を見て、コンポスターの近くへ行き、それから戻る。


 創磨はその姿を見ながら、頭の中で少しずつ形を作った。


 村人にも役目がある。

 役目があるなら、もっと畑を安定させられるかもしれない。

 自分たちだけで全部背負わなくても、この村の仕組みを使えばいいのかもしれない。


「芽依」


「なに」


「畑、もっと増やせるかも」


「おれらで?」


「おれらだけじゃなく」


 創磨は畑の村人を見る。


「村人にも、ちゃんと仕事させる」


 芽依が一瞬きょとんとしたあと、にやっと笑った。


「よかやん。村人も働かせれば」


「働かせるて」


「そういうことやろ」


「……まあ、そうやけど」


 言いながら、創磨は自分の中で少しだけ視界が広がるのを感じていた。


 家を作る。

 火をつける。

 水を運ぶ。


 今までは全部、自分たちの手で何とかしてきた。

 でも、この村には最初から人がいて、畑があって、仕組みがある。


 それを使えたら、もっと先へ行ける。


 もっと遠くへ。

 もっと早く。

 薬が尽きる前に、帰るための準備を進められるかもしれない。


「みく、帰るよ」


 芽依が声をかけると、望来はすぐには立たなかった。


「まだ」


「まだじゃなか。お昼なる」


「いや」


 珍しくはっきり言う。


 赤ちゃん村人も、望来の顔を見ている。


「みく」


 創磨が呼ぶと、望来はようやく振り向いた。


「……また来る」


 それは、赤ちゃん村人に向けた言葉だった。


 赤ちゃん村人は返事をしない。

 でも、望来が立ち上がると、一歩だけ前へ出た。


 望来は満足したみたいにうなずく。


「またね」


 つよし号に戻るときも、何度か振り返っていた。


 家へ戻る道すがら、望来はずっと嬉しそうだった。


「みく、ともだちできた」


「そうやね」


 芽依が言う。


「村人の赤ちゃんとかなかなかおらんやろ」


「みくの、おともだち」


「うん」


 創磨も、つよし号を引きながらうなずいた。


 異世界に来てから、望来はずっと守られる側だった。

 薬を飲むこと。歩けないこと。夜が怖いこと。そういうことで、いつも二人が先に考えていた。


 でも今は違う。

 望来自身が、この村にひとつつながりを作った。


 それはたぶん、小さいようでいて、すごく大きいことだった。


 家に戻ってから、創磨はもう一度窓の外を見た。

 畑の村人はまだ動いている。

 井戸のそばの村人も、同じ場所をゆっくり回っている。


 そしてどこかに、さっきの赤ちゃん村人もいるはずだった。


 この村は、ただの背景じゃない。

 ただの避難所でもない。


 人がいて、役目があって、暮らしがある。


 それを使えたら、ここはもっと強い拠点になる。


 創磨は胸の中で、次にやることを静かに並べた。


 畑を増やす。

 村人の仕事場をちゃんと見る。

 食べ物を止めない。

 もっと先へ行くために、村を育てる。


 つよし号の中で、望来がまだ嬉しそうに言った。


「また、あそぶ」


「うん」


 創磨は振り返って答えた。


「また遊べるように、ちゃんとここ守らんばな」


 芽依が、壁にもたれながら口元をゆるめる。


「いよいよ、村っぽくなってきたね」


 創磨は窓の向こうの畑を見たまま、小さく息を吐いた。


 ――村にも役目がある。次は、畑だ。

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