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半径18mmの穴  作者: Bleuval
9/10

第九章 冬の終わり

こんにちは。いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。


四月に入り、新学期に入りました。

空気はまだ冷たいですが、風の中にほんの少しだけ春の匂いが混じり始めています。


第九章は、そんな季節の変わり目に、悠が駅のホームで老人と交わす「最後の対話」のお話です。

老人が悠の「穴」に向けて語る、静かで、けれど力強い言葉。

どうか、悠と一緒にその言葉を胸に刻んでいただけたら嬉しいです。


それでは、第九章「冬の終わり」をお楽しみください。

三月に入り、冬の終わりがようやく近づいていた。  

空気はまだひんやりと冷たいが、風の匂いの奥底に、土の湿り気や春の息吹がかすかに混ざり始めているのを感じる。  

悠は、期末テストを終えた解放感とともに、いつものように駅へ向かった。  


ホームの端。  


老人は、まるで風景の一部のように、いつもの場所に立っていた。

「こんばんは」  

悠が声をかけると、老人はゆっくりと振り向いた。気のせいか、いつもより顔色が少し蒼白に見えた。

「ああ。学生か」  

老人はかすかに微笑んだ。

「今日は少し遅いな。テストは終わったのか」

「はい、なんとか。これで二年生も終わりです」

「そうか。早いものだな」


生暖かい春一番のような風が強く吹いた。  

急行電車が、轟音を立ててホームを通り過ぎていく。風圧で老人の体が少しよろけたのを、悠は手を伸ばして支えようとしたが、老人は自分でしっかりと踏みとどまった。 電車の音が遠ざかった後、老人は悠の方をじっと見て言った。

「お前は」  

悠は顔を上げた。

「お前は、人をよく見ているな」

「え?」

「他人が何を考え、何を痛がっているか。それをちゃんと見ようとしている。いいことだ」  

悠は少し困ったように、頭を掻きながら笑った。

「そんなことないです。俺、今まで何も見えてなかった。自分のことばっかりで……最近やっと、少しだけ気づき始めたっていうか」

老人は静かに首を振った。

「いや」  

そして、優しい声で言った。

「それはな。お前の心に、傷があるからだ」  

悠はハッとした。胸の奥を見透かされたような気がした。  

胸の奥で、穴が小さく震えた。  


半径18ミリ。  


そこに吹き込むのは、もう冷たい空気ではなかった。どこか懐かしいような、少しだけ暖かい春の風が通った。

「傷はな」  

老人は、夕焼けの残滓が滲む空を見上げながら続けた。

「決して悪いものじゃない。痛い思いをした人間は、強くなるんじゃない。優しくなるんだ」

「……」

「その傷穴があるから、人は、他人の痛みに通じる風を感じることができる。お前は、そのままでいい。その傷を塞がずに、持ったまま大人になりなさい」

それが、悠が聞いた、老人の最後の長い言葉だった。  

悠は「はい」とだけ言い、深く頭を下げた。

第九章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


「痛い思いをした人間は、強くなるんじゃない。優しくなるんだ」

老人のこの言葉が、悠の胸に開いた「半径18ミリの穴」を初めてあたたかな春の風で満たしてくれました。傷を塞ぐのではなく、持ったまま生きていく。その肯定が、どれほど悠を救ったことでしょうか。


次回、第十章は「いない場所」。

物語は、予期せぬ局面へと向かいます。


もし今回の老人の言葉に何かを感じていただけましたら、ページ下部より「ブックマークに追加」や「ポイント評価」で応援していただけると、執筆の大きな支えになります!


変わらず3日に1話ずつのペースで更新してまいります。

次回の更新も、どうぞよろしくお願いいたします。

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