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26 付会

 心内トゥールビヨン――回転する時計の夢の酩酊の、砂の男の魔術たる、揺籃めいた肉の檻、遠雷如しミスティフィカシオン、有為の牙城と砂漠の魔王、果ての夢砂時計の機構、僕は囚われ……夜魔の言う事を失明的契約するようにウツラウツラと頷くだけの「僕」にも夢の終わりがやってくる。“ミスティフィカシオン”の鉱石ノイズを遠くに聞きながら、機械化した蝸牛殻に砂を撒くという夢の――即ち処刑装置のプルスイッチへ我が手を伸ばす、そんな夢の終わり。

 荷物が傾くような頭痛がする。僕は眠りながら歩行を続けていたようだ。頭部を揺らしながらの夢中行は洗面器から水をこぼす具合に、ユラユラと夢の砂水を減らすらしい。力の抜けた膝が折れそうな歩行は、僕の意思とは離れたところの機械的なプレッシングだった。眠砂男が頭に腰掛けつつ機械化運動をする僕は即席の夢を視る機械――時計機構を気取っていた。秒短なく長針のみだが、それは足の形をしている。変形したグレープの左足首をふと思い出した。思えば鍵のようなフォルムだが……。

 僕は二人の眼前を歩いていた筈だ。グレープ妹の子守唄を聴きながら、背負われた単眼児が、いなくなったクレープ姉に御詠歌の補正で変身する夢を視ながら眠ったのだった。未だ振り返りもせず、僕は睡夢境を漂っていた。

 夢寐しつつ機械化する身体運動は幼時の眠りを想起させた。家人の気配を感じつつ夢想舟に乗ったり降りたりするような、ある種の遊戯を味わうところの不自然な眠り。身体拡張した今となっては現実の軋轢からくる孤独によって眠りの岸辺に不眠の花が咲き、効きの悪い睡眠導入剤が毒粉めいて体を回るばかりだが、昔に帰ったような精神縮小の夢は額で白いマユを渦巻きつつ、真っ暗なグロッタを簡易的失明にて歩月する。

 幼時と機械化と半覚睡による充足は精神安定としての労働を求める僕の逃避なのだが、“重力解放”という語を遣えと“姉さん”が怒るので、現実的な言及はすまい。実物大の解釈は即物的な僕を的確に暴き出すので惨めだ、というような言い訳を夢の中でわざわざ挿れる僕の顔を砂男が魔法の鏡で映している――この世で一番美しいものはアナタ様の夢遊境でゴザイマス。クッスリ。

 左右に分かれた自己を映しながらフランと幽霊行を続ける僕の足はおぼつかないのだが、なぜ前に進むのか、その力の出どころは分からない。意思が乖離し、単一電池の切れかかった長針のように痙攣的機構で時間を刻む……歩を刻む。

 そこへ鳴き砂男の魔鏡が気まぐれに光を反射する。気にも留めなかったが、まだ手にしていたらしい懐中電灯の射を受けて、ボンヤリとした白いシルエットが瞳に浮かぶが……或いは目を閉じていたのかもしれない。チラキラとする反射の明滅が単眼的にマバタキすると、僕の奥処にくすぶる蝋燭めいた自己が呼応するように揺らいで、分かれた像が重なり合った(個性なんか無いくせに)。僕は目を覚まし立ち止まった。

 振り向き、真眼灯を差し向けた。グレープはついてきているだろうか。とうに時間の感覚は麻痺している。どのくらい歩いていたのだろうか。

 グレープは背後にいた。レンブラン灯に浮かび上がる顔は殊更不気味であった。くすんだ電球の狂った配光は濃淡二重の円を描いている。その瞳のような象形に双頭が照らされゾッとする。グレープの肩口から覗く巨眼の子と、うつむき気味なグレープ――まさか眼球がない――しかし、垂れた前髪が双眸に掛かり、一瞬眼球を失ったように見えただけの事と分かれば、今度はその貌状に目がいく。

 双蛾を歪めて涙している。ハナが垂れ、引き結んだ唇を汚し、恨めしそうに僕を見ている。彼女の目鼻立ちは広がって幼時のように思われたが、双然と肩越しから覗く巨眼児は最早一体となり何とも惶惑たる様だ。さるにても、なぜグレープは泣いているのか。負ンブしている小児に異変が起きたのだろうか。充血灯を近づけてみる。

 奇眼児は音もない。明かりを近づけても瞼を閉じる事はなかった。魚眼のように張り出している眼球はわずかに白濁し、観音開きの瞼の縁に大きな目ヤニができていたので、まるで仏壇に生えたキノコだった……無意識にそれを爪で剥がしていた……と思いきや、なぜかグレープの眼元を引っかいていた……血が滲んだ。

 眼元を擦るのは目玉を取り出す仕草みたいだなあ、彼女の目球をほじくりだしてアメ玉の代わりにウットリとしゃぶる僕――そんな幻想が砂の鏡に映し出され――砂男と姉さんが指差して笑っていると、

 「この児が……もう死んでしまいそうです」

 グレープが突然に言った。

 「妾も足が痛くてイタくて……」

 つらそうに声を潰した――と思う間もなく僕の腕にすがってきた。咄嗟に支えきれず、腰が引けた形でしゃがみ込むと、膝をつき苦しそうに頭を垂れる彼女の肩越しからヌッと巨眼がせり出す。肉迫する濁った巨眼と縁取る睫毛が、まるで食虫植物のように果肉的で気味が悪かった。僕はウワッとなった。

 たまらず果肉児の首を払うと、ゾオリとグレープの背から剥がれて頭から床に落ちた。その時、

 「ギャオオオ」

 子が叫ぶ。女のような声で――本来口から発声する筈だった空気が裂眥裂帛したのだ。チューバの発声重音法のような低く高く、定形容易ならぬ断末魔だった。目縁からは声が出ない。ならば、架空の母親に虚実したグレープの裂帛かもしれなかった。が、螺旋グロッタでは目の前で起こる常識的な事が、ともすれば疑わしく、声の出どころすら不詳の幻に吸い込まれていく。狐目のような懐中電灯がガラス児の体躯に奔る重大なダメージを照らし――瞬く間に消えた。もう何も見えなくなった。科学の産物はすっかり魔術知へ先祖返りし、母に捨てられた不遇の兄弟としてともども死んでしまったのだ。僕のせいで。

 一層しがみつくグレープは僕の胸で蝸牛のように固まり、声もなかった。挙児ではなく螺旋グロッタの回転・アナモルフォーシスによって重なり合っただけの虚実の子に何の感慨があろう。僕には分からなかった。断末魔がアナモルフォーシス的運動で周辺をコダマし僕を責めたてた。或いは幻聴かもしれないが、耳を奪われ視界も閉ざし、いずれにせよ僕は鳥葬然として仰向けに転がっている筈の哀れな遺児をそこに視るつもりで、茫然とするしかなかった。親になる前に子供を殺してしまったのだ……。

 しかし、愚惑する間もない。目線の先にかそけき光が生じた。光の塊がボオオと現れた。光は遺児の体から血の代わりに湧き出しているようだ。日だまりのような血だまりが自らの損壊を晒している。グレープの肩口からわずかに落下しただけなのに、玻璃質の胴体から首が離れ、その生身であった頭部はもはや形だけを残して元の無機物に戻り、光を透かして熱く溶けたように――例の膨張然として見える。ハエトリソウのような巨眼も目縁から漏れ出る声も鉱物的に凍りつき失われた。

 深く亀裂した胴体をつなぎ合わせるかのような光の血液は周囲に影を作った。いや増す光に影が立ち現る様子は幽鬼の如く、それが複数囲繞して舞踏――徐々に回転していくさまを僕は視ていた。まるで焚き火が洞窟の壁に悪魔の踊りを映すような後景は、太古の幻灯魔術のヴィジョンであった。山師的な義眼である種々の装置を通さず裸眼でこのヴィジョンを視る僕は、魔術的な観客――原始人に戻っているのだろうか。

 焚き火のように光炎立ち、ゾエトロープのように明滅回転する光源は、わずかな時間で形を変え始め――やがて鳥の形になった。

 鳥は引き続き輝いていた。これの足元に哀れな裸眼児の鳥葬は見当たらず、僕はともかく硬直したままの優しいグレープには良い事かもしれない。どのような作用で鳥が現れたのかは分からないし、きっと“ミスティフィカシオン”の気まぐれなのだろうけれど、せめて人魚メルジーナの魚眼児たる名残りを鳥に見出すならば、頭部の畸形だろうか……光に覆われ細部の輪郭はなかったが、全体のシルエットとりわけトサカや肉ひげ、尾羽は鶏のそれだった。その頭部が肩で別れ双頭状になっていた――やや輝きを落ち着かせて直立しているものの、非現実な光の作用で周囲の影もまた回転を続けている。幻燈の鶏。

 心内トゥールビヨン――夢で視た動力不在の時計。夢の終わり。回転する奇妙な影は音もなくダチュラ的に踊るが、僕とグレープの影だけではない。砂男と不在の姉さんを数えても足らない。変幻自在の蔭藹たる影が次々に現れ、像を象り、時計盤のようで、夢の続き、なのだろうか。ウツラウツラと砂男の腰掛けになっていた僕の、さっきの夢……その通りならば、夢の歯車に砂を撒かなければならない。そうして、僕はプルスイッチを引くように死ななければならないだろう。

 畸鶏が光学的ゾエトロープ時計をこのまま気取るなら、きっと僕らは砂男(思えば誰だろうか)もろとも身体を長針化して時計機構に組み込まれる筈なのだ。次々と現る影は文字盤の数字を形作るつもりに違いない。機械魔術的な影に閉じ込められ、延々と時計を気取るという不死の夢を視るのも悪くはない。鳥葬少年の恨みを甘受して、自己の死――つまり、身体の機械化を迎えるという事か……。

 “韜晦天使”の予言ノイズも、草馬高校下の“螺旋教父域”も、どことも知れないこの螺旋グロッタも、現実とは何かというもっともらしい疑問も、どれも意義はないのだ、きっと。僕自身に意義も価値もないのだから、どこで死のうと顧みる人はいない。繰り返してきたイメージとヴィジョンによって機械化の言い訳は済んでいる。個室的グロッタの暗闇でヒッソリ消えるのが、僕にはふさわしいのだ。

 一方で抱きついたままのグレープがこのままというのは可哀想に思えた。逃がす場所など思いつかないが、せめて最期にセンパイらしい事をしたくなって、名を呼び肩を揺すってみる。そうしながら、「本当にどこへ逃げるというのか」と夜魄たる思いを禁じ得ない。

 彼女は生きているべきで、貴重な若い女だ。国の将来を考えれば少子化を打破するために少しでも若い女を――、

 「将来? 少子化? ……僕は……」

 畸鶏の光を浴びていると余計な事を思い出してしまいそうで――時計郷……これも探していたユートピアに違いないのだ。そうだ、僕のお粗末な冒険・人生の終点は眼前にある。このために僕はここまで来たのだ。これで現実からの逃亡は終わる。重力解放装置など嘘っぱちのデタラメ、どうでもいい。現実と等身大の醜い自分から逃げ出すためならどんな手段でもいい。安楽死装置と重力開放装置は同義なのだ、けれども電気椅子は痛いので嫌なのだ……そんな自身。

 しかし、畸鶏の作用なのかなあ。光が強まるほどに僕の陰も強まるようで、ユートピアへと向かう精神に反して自虐的で現実的な自分が思い出されるというか……すごく危険な光だなあ。パルックみたいに眩しい……。

 この愛すべき孤独な時間、自慰的読書、洞穴の冒険以上に危険な本当の自分――湿った布団に潜り込んでひたすら社会から目を背ける、現実の醜いリアルな自身をまざまざと見せつけられ(思い出し)白目を剥く僕は、そっと腕から抜けるグレープを引き止めなかった。彼女は片足でケンケンしながら、畸鶏へと近づいていった。

 すると、双頭を自在に伸縮し蔓のように自らを束縛する輝鶏はヘルメスの杖よろしく変化した。互いを縛りつけ、なお光り増す様子は激切する双子のようで、仰向けに倒れた僕の目に奇妙なものを見せた。グレープとクレープ姉妹がキスを交わし溶け合い形を失うと、陽根めいた光の柱に変じ、最後に光の螺旋へと終息する――激しい輝きに白眼を剥く半失明の僕が何を目撃しようと、何を目撃しようと……。

 「今助けるからね」

 と、グレープが言った。僕の事か……嬉しいなあ。

 「お姉ちゃん……妾と一緒になればいいよね」 

 光の紡錘へ語りかける彼女。僕ではなかった。僕ではないのだ。光は両腕を広げるようにグロッタの前後を覆い尽くしたので、もう僕は目を閉じ委順する。どうせ、これからの世代は「いかに適度に綺麗に死ぬか」世代なんだ……このまま死んでしまえばいいんだ。

 「――最初の階段を降りている途中で離ればなれになって、“ミスティフィカシオン”の奴を妾が呼び出した訳だけど、世界真実の歌を聴いている途中だったから体がどこかへ行ってしまったんだよね」

 説明的口調の彼女。

 「ピーチ先輩はどうしてるのかな。お姉ちゃんの夢の中には混じっていないみたい。夢の回転力に弾き出されたのかな、無事だといいけど。あの人がイチバンまともで……もうここには戻ってこないね、きっと。自分の力で生きていける人だから、もう妾達の事は視えないと思うの。タバコを吸うから、本当は嫌いだったけれど、幸せになってくれるといいね。普通に結婚して……それまでに妾達へサヨナラできるし、ああ若い時の思い出なんだって、そんな時期もあったよねって過去にできる生き方の人だよ。好きなお仕事を見つけて、自分の居場所を見つけて、家にはたくさんの雑貨を集めて、テラスで家庭菜園して、お料理して、旅行に出かけて、異文化に触れて、一人で何でもできて……豊かでお友達に囲まれた幸せな未来が訪れるといいよね」

 総括的口調の彼女。ヒカリの中。

 「次にね、妾とセンパイは悲しい裁判に立ち会ったの。時代錯誤かもしれないけど、数百年もあんな事をやっていたんだね。自白を迫る心と逃れたい心とが黒い渦を描いて螺旋のユートピアを造ろうとしていたけれど、妾が蹴飛ばしちゃった。見てよ、この左足……強烈な魔力で変形しちゃった。すごく痛いけど、でもね、いいの。ユートピアはどんな形でもユートピアで、ホントはエリザベータの夢を壊しちゃいけなかったんだけど、これでお姉ちゃんとひとつになれそうだもの。遠い昔に失くしちゃった妾達の大事な鍵。産まれる前の、ユートピアのスペア・キー――」

 遺書的口調の彼女。ヒカリの中。イン・キー。

 「産まれた弟・単眼ニウスは――この児を恨まないでいようね、お姉ちゃん。生臭坊主に吹きこまれただけなのよ。息を吹き込まれ――悲しく産まれて夢の輝きに魅せられて、寄り道したくなっただけなの。この児の哀しい心がなかったら、こうしてお姉ちゃんへの夢の扉を開けなかったと思うの。人と引き合う力――引力の優しい作用で、今妾達は雑踏の中から抜け出そうとしているよ。今度はどんな夢にしよう。けれど、思いつく事は限られている。妾達がいた生活圏の延長で、牧歌的にも、無重力にもなれない。妾達の限界。大量消費的な幸福を求めた反復の物語で――人が人間の形を保つ限り、光のマユは限定されて、命の開放・“彼の女”の重力解放は限界にあるけれど――」

 ニューエイジ的口調の彼女。ヒカリの中。イン・キー(夢の国に)。止まり木。

 「――引き合う優しさがなければ機械工場と同じだわ」

 ケン・ケン・パ。

 ……。

 そこでグレープの気配は消えたように思う。変形した鍵足をかばい、その都合ポーズそのものも鍵形になった彼女のイメージが瞼に映った。円光を湛えて苦悩から解放された恍惚の表情――タロットカードの「ハングドマン」逆位置のような、重力から決別しきれないダイダロス的バランスに浮かぶ天使的微笑。ドロテア・パラエストラの風に二度逆巻く髪に吊るされて、自らに捧げる磔刑紡錘のユートピア。背に腕を隠した擬似的な欠損、失くした鍵を握り自身をも騙す錬金的韜晦、そして砂男の呼び声……個人的な願望と重力の合いの子たる振り子的バレリーナには、よくよく考えれば両腕の重量は負担であり、その着脱の夢を砂男は呼びかけている……。

 今や頭上から注ぐ滝のような光は目を閉じる僕の視神経を圧迫している。コウモリが羽撃くようなギザギザの波長に押し寄せられ、もう瞼の厚みに遮断力はない。顔をしかめるほど瞼に力を込めても、羽毛で差すような痛痒感は瞳を貫いた。たまらずうつ伏せになって頭部を抱え込むが、眩しさは変わらず、まるで下からも照らされているような、朝焼けの空に浮いているような――ラハハ、宙に浮いてらあ――僕は眩燿から逃れるために、額を擦りつけて穴を掘る動物になってもがき、暴れ、呻いた。ボクタチ、イツモ……。

 まるで赤子がむづかるようだと思いつつ、顔を洗う子猫(*´艸`*)を気取りつつ、奇声を上げる僕を一向に助けてくれない砂男と姉さんが視えた。苛烈光によって肉眼どころか精神すら内臓に焼きつき、僕はその焼きついたものを視ていた。眼ではなく、イメージの焼きついた個々の細胞を通して、正体不明の二人を視ていた。僕を見下ろしているが、その表情は分からない。顔が失くなっている。眩輝のために消失している……そもそも顔を知らなかった。

 輝鶏はヒカリの紡錘へと変じ、紡錘はもはや全てを透過する強烈な光へと化けた。螺旋様のグロッタ迷宮もグレープも透過的消失し、チヨロズの光光光――影の消失した世界で、溺れるような、ワラジムシめいた手足の蠢動は苦痛だけで残像を残さず、身体消失の夢を明示した。それが魂に及ぶまでは……苦痛だけ、苦痛だけ、真っ白な苦痛だけで……。

 最後に何かが顔を触った気がした。生成り色の何かが降りかかった。

 砂男と姉さんの退場――。


 ボクタチ……イツモ……ユメノナカ……。


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