依頼人
僕たちにお呼びがかかったのは、そのすぐ後だった。
通されたのは、よくドラマとかで依頼人が晩餐会とかしてそうな広い部屋。僕ら以外に雇われたであろう先客の強面さんが二人、すでに座っている。
大きなテーブルの反対側には細見の老紳士が一人。この人が僕らの依頼人である、シーゲル・レッテン氏だ。
仕事中だったのだんだろう、着替えて来た服には汚れ一つない物の、テーブルの上で組まれた指にはぬぐい切れなかった絵の具の汚れがついている。その表情は真剣そのもので、今回の事件の深刻さが見て取れる。
「まずは、私の依頼を受けて頂き、感謝いたします。本来ならもう少し盛大にもてなしたい所なのですが、事情が事情なので失礼を許していただきたい」
全員が頷く。ぶっちゃけ世間の魔道猟兵の扱いなんて雑も良いところなので、高級なお茶とお菓子が出てる時点で依頼人としては最上級だし、文句なんて出ようもない。
「さて、依頼ですが……事前に貴方方にお伝えした通り、この屋敷で奇怪な事件が発生いたしました」
その後の説明は大体事前に聞いたものと同じ。
深夜、屋敷の見回りに出ていたメイドの一人が、急に倒れた。
それだけなら急病で済んだんだろうけど、急いで病院に搬送されたメイドさんが、呪殺系統に属する魔法をかけられていることが判明。僕らに呪いの発生源の調査と、事件の解決が依頼されたという流れである。
確認が終わってすぐ、エロイーズが控えめに手を挙げる。
「被害にあわれた方のご様子は、こちらに来る前に確認させて頂きました。シーゲル様が治療の為にお呼びしていた聖術士様のお力もあり、現状は呪殺の進行は阻止されています。ですが、呪いそのものは解呪できない……というより、解呪するたびに新しい呪いが上書きされ続けるため、現状維持が手一杯となっております。意識もまだ、戻っておりません」
僕含めて、全員が重い表情。
つまり、呪いの現況をどうにかしなければ、いずれは哀れな被害者は呪殺される。今は一人だから解呪できる人間を付けて拮抗できているが、今後被害者が増えるか、シーゲル氏の出資が滞れば手が足りなくなり、犠牲者が出る。
そもそも、出資しているシーゲル氏が呪いに倒れれば、煩雑な手続きが必要になり、人を雇うのすら間に合わなくなる可能性もある。
「呪殺……それも、解呪されるたびに更新されるような厄介な代物なら、犯人が人間であれ、魔物であれ、相当強力かつ陰湿です。失礼ですがシーゲルさん、貴方の周囲に、怪しい呪物……ないしは、それらを手に入れてまで貴方を殺したいと望むほど恨みを抱いた人間はおりますか?」
不躾な僕の質問に、シーゲルさんは硬い表情で応える。
「お恥ずかしながら、この年まで芸術一辺倒で生きておりまして、ここまでの恨みを買う覚えが全くないのです。呪物に関しても、消耗品や食料を除けば、新たに購入したものと言えば、先週行われた孫娘のエミリアの誕生会のプレゼントの品くらいなのです」
今度はジグルドが口を挟む。
「解った! そのプレゼントの中に、正体不明の呪いの骨董品が入っていたとか!」
シーゲル氏は、彼の言葉に苦笑で応える。
「目に入れても痛くない孫娘の誕生日に、曰くも分からない中古の骨董品を買い与えるなどという事は致しませんよ。それに、用意してないはずの品が入っていた……などという恐怖映画のような展開もありませんでした。ご心配なら後程、購入品と購入先のリストをお渡ししましょう」
「んぐ……まぁ、そりゃそうか、すんません、失礼しました」
僕らと会話して気でも抜けたのかな、甘いぞジグルド君。さっきの時点で大分無理してた口調が今じゃ殆ど素じゃないか。僕らが先輩としての態度というものを――
「ふまり、あふぁふぃたちのふぃごとは呪いのげんひょうをふぉめるっふぇふぉと……でいいんふぁおね?」
頭痛い。
ジグルドが歴戦のエリートサラリーマンに見える位に失礼極まりない生物がいた。しかも何が最悪って、それが一応僕の相棒ってことだ。
一人で全員分を食い尽くす勢いでお茶菓子を頬袋に詰め込んだ相棒が、なんかもごもご言ってやがる。
――先客の雇われさんたちの、信じられない者見たかような驚愕と憐みの視線が痛い。
……ついでに依頼人の後ろで手を握りしめて肩振るわせてるメイドさんと、同じく目を反らして肩振るわせてるエロイーズも心に刺さる。
マジ恥ずかしさで消えたくなる、早くこの会議を終わらせたい。そしてこの恥知らずのハムスターチキンを屋敷の庭園の肥やしにして何事もなく仕事を続行したい。
「まぁ……そうなりますな。で、魔道猟兵の皆様にはまず、我々家族がどうするべきか、ご教授頂ければと考えております。暴漢や災害であれば自主的に対応できるのですが、呪いとなると、恥ずかしながら皆目見当もつかず」
ああ……心なしか、シーゲル氏の表情もなんか緩んでる。……ん? 考えようによっては良いことなのかな? これ。
魔道猟兵たちがお互いに顔を見合わせ、頷きあう。『この中で呪いに一番精通していいるものに判断を任せる』という暗黙の了解を受け、エロイーズが静かに口を開く。
「まず、調査に当たり、一番先に知らなければならないのは、この呪いが『シーゲル氏、および周辺人物』にかけられたものであるか『この屋敷、ないしはこの屋敷内にある何か』にかけられたものであるかを判別する必要があります。
後者であれば、呪いの発生源を我々が無力化するまでシーゲル氏とご家族が避難して頂ければ、難を逃れることができます。ですが、前者の場合でしたら、たとえシーゲル氏が地の果てまで逃げた所で、呪いは貴方に憑いて行きます。
今、この屋敷に関係する者全員と一緒に、教会の大聖堂など強力な結界を持つ施設で暮らせば呪殺は免れるでしょうが、それらの施設で一般人が暮らすのに、莫大な必要な資金と複雑な根回しが必要である事。そして、呪いが結界で阻まれ、表に出ないことによって調査が進展せず、結果的にかなりの長期間、結界内で過ごさなければならない可能性が出てくる……という事を考慮すると、現実的な策とは言えません」
シーゲル氏が政治家や宗教関係の大物として財を成したなら、話はまた変わってきたのだろうけど、彼はあくまで芸術家に過ぎず、そこら辺の政治的発言力は無い、無茶を通すのは難しいだろう。
「なるほど、理解いたしました。つまり、調査が進むまで、この屋敷に逗留する……というおが一番良いですかな?」
「ご理解が早く、助かります」
エロイーズが丁寧に頭を下げる。しかし、シーゲル氏の顔には、疑問の表情。
「しかし、それなら例えば、私が護衛のあなた方を連れて、いったん別荘やホテルに避難し、数日間様子を見る……などの手段をとればよいのでは? 何も無ければ屋敷、何かあれば私と判断ができるはずだ」
「もちろん、その手段でも判断はできます。ですが、私としては既に被害者が出ている現状、調査を少しでも進展させるべく、なるべく早急に屋敷を調べるべきだと考えております。
呪い……特に今回のように人為的であると疑われるものであれば、必ずしも真夜中の丑三つ時に発動する……というものではありません。
調査と身辺警護を両立するのであれば、全員が即座に駆け付けられるように、シーゲル氏に屋敷に逗留して頂きながら、我々が調査と護衛を行うのが、最も早く、確実だろうと考えます。
我々魔道猟兵であれば、全員が大なり小なり、呪いに対する対抗呪文を習得しております。隠れ家と調査で分散するよりも、むしろ安全性と調査の確実性が上がるものかと」
もちろん、手放しで賛同できる手段ではない。むしろ、シーゲル氏の安全だけを考えるなら、氏のアイデアの方が確実なくらいだ。
しかし、エロイーズは倒れたメイドさんの事も考え、あえて多少のリスクを取ってでも調査を急ぐ案を出した。
その瞳は熱く、まっすぐだ。だけど、まだまだ交渉としては甘いと言わざるを得ない。
まぁ、隣に座ってるのがコレの時点で、僕に交渉ごと関して偉そうに言う権利なんか欠片もないで、大人しくこの会話の顛末を見届けることにする。
他の雇われが沈黙する中で言葉を重ねるエロイーズの顔には、目の前で呪いに倒れた人を救いたいという、聖職者の使命感がありありと浮かんでいた。
「もちろん、一番の安全策として、調査を一旦切り上げ、数日間護衛全員を引き連れて様子を見る……という手段が一番安全なのは間違いありません。ですが、目の前の被害者がその間に手遅れになってしまうかもしれない……なので、私からは」
猟兵と聖職者の間で、エロイーズの言葉が揺れて、止まった。
少し重い沈黙の中、全員の視線が、今度はシーゲル氏に向かう。
彼のこの後の発言が、僕らのこの後の行動と運命を決めるのだ。
シーゲル氏はゆったりとした仕草で指を組みなおすと、やさしく微笑みながら口を開いた。
「お話は分かりました。そして、まず、謝罪をさせて下さい。私は恥ずかしながら、魔道猟兵というのは金……あるいは仕事の効率の為なら手段を選ばない人間が集まっていると、この年まで勘違いをしておりました。
まさか、使用人一人の為にそこまで真摯に考えて下さるとは、思いもしませんでした」
出てきたのは、思いがけない言葉。少し空気が緩む中、氏の言葉が続く。
「彼女は、もうこの屋敷でもう数年、身を粉にして働いてくれておりましてな。孫娘も大変なついている。こんな所で失うのは惜しい人材です。
さらに言うなら、私は老い先短い自分の生存率を上げるために、まだ若く、未来のある他人の生存率を下げるという事を容認できる性質では無い。そして、それを決して曲げない、という位の意地が無ければ、一生を芸術に捧げて生きるなど、到底できないのです」
一つ一つ、語り掛けるように老人の言葉が続く。それは、自分の人生を生き切った人間の、老成し達観した言葉だ。
「そして何より、今私には描きかけの絵がありましてな、画材道具の一切合切を持って隠れ家に行くわけには行かないでしょうし、私の創作意欲がそこでぷっつり折れてしまうかもしれません。……それは困る、非常に困る。
……と、言う訳で、エロイーズさん、貴方の案を受け入れ、しばらくはこの……残念なことにお化け屋敷となってしまったこの屋敷に、逗留させて頂きましょう」
最後は少し悪戯っぽく、氏が決断を告げる。同時にエロイーズの肩からも力が抜け、机に突っ伏しそうになる。そこ口からは大きな安どのため息が漏れた。
「ただし! 一つ、条件を付けさせて頂きます」
「ひゃいっ!」
その緊張をとがめるような、強い一言。緩みかけたエロイーズの肩が、びくりとはねた。
「もし、孫娘のエミリアに危機が迫ったら、私や使用人よりも先に、エミリアを優先して助けて頂きたい。使用人達には、その覚悟が無いものにはしばらく休みを与え、それぞれの家に避難させます。それでよろしいか?」
「はいっ! エミリア嬢だけでなく、この屋敷の誰も、これ以上犠牲になることが無いように、尽力させて頂きます」
力強く応えるエロイーズの横で、笑みを浮かべたジグルドも大きく頷く。隣で僕とイリスも首肯。
他の雇われも『依頼主の意向には逆らう理由は無い』という形で賛成を入れた。
――さぁ、今後の方針は固まった。ここからは命の懸かった、狩りの始まりだ。




