お茶と石ころは如何ですか?
「はぁ~~」
僕の口からため息が漏れる。
お金持ちの屋敷に入るのは別に初めてじゃないんだけど、普段足を踏み入れることの無い世界だけに、来るたびに驚きと……何となくの疎外感を感じる。
この応接間まで僕を案内してくれた人も……何て言うんだろう? とりあえずまさにテンプレって感じの執事服を一部も隙も無く着こなした、ザ・老執事って感じの男性だ。
僕らの事務所全体より広そうな応接間にはいくつもの絵画が飾られている。依頼主は有名な絵描きらしいし、その作品も混じっているのかもしれない。
待ってる間にと用意されたお茶に手を付ける。なんと本物のメイドさんが淹れてくれるサービス付き。
お茶はおいしそうなんだけど、たぶんこのカップ一つで僕らの月収が何か月か吹っ飛ぶので、緊張で手が震えそうに
「あっそびっましょ~~っ!」
元気一杯の声が聞こえ、同時に後頭部に衝撃。
「熱うう!」
盛大にお茶を顔面と服にこぼす。反射的に声が出てしまった物の、前衛である僕はノーダメージ。もちろん、声の主もそれを解ってる。
「おいおい……ここは依頼人の屋敷なんだよ? 何考えてるんだい? お茶一杯で追い出されたいのかい?」
後頭部をさすりながら(もちろんこれもノーダメージだけど)恨み言と一緒に振り返る。
「あははははははっ! 本当に当たっちゃった!」
「でしょでしょ!? ケイってばさ、こういう時は鈍いというか、油断しちゃうんだよね」
……ん? 何で二人いるの?
一人は解りきっている。金の髪の下に、中性的な可愛らしい顔一杯の笑顔。その下には動きやすさを重視した、胸元の横線と中央の縦線で十字を描く戦闘用のワンピース。
頭の上には淡く輝く輪と、その背には白くきらめく翼が嬉しそうにぱたぱたしてる。
要するに、見慣れた相棒のイリスが楽しそうに足をばたつかせながら宙に浮いている。
……で、僕の視線が向かったのはもう一人。知らない方だ。
飾りは少ないものの、ロクな育ちをしてない僕ですら一目で「あ、これ高級品だ」って解る白いブラウスと紺色のロングスカートの女の子だ。
年のころは十歳前後かな? 背中まで伸ばした黒髪の下に、喜びと困惑と申し訳なさがブレンドされた、なんとも言えない表情が浮かんでいる。
そして、手には僕の後頭部に一撃お見舞いした凶器……イリスが使用しているスリングがしっかりと……。
誰がどう見たって依頼主の関係者だろ、何やってんだオマエ。
「誰なんだい、その子ってうわっ! 大丈夫、大丈夫ですから! 自分で拭けるんでタオルだけ貸して下さい!」
文句の途中でタオル片手に僕の体を拭いてくれそうになったメイドさんを制止しつつ、タオルだけ受けっておく。
ふわっふわのタオル一つとっても、家のゴワゴワタオルとの経済格差に一抹の虚しさを覚える今日この頃。
「あ~~! ケイってメイドさん相手にして照れてるの? やらし~」
くっそ、本当なら拳骨の一撃でも叩き込みたいんだけど。これ以上情操教育に悪い事をしたら間違いなく追い出されるので、理性を総動員してこらえる。
「あ……あの、ごめんなさい。やっぱり、痛かったし、熱かったですよね?」
心配そうに女の子はこちらの顔を覗き込む。
「いや、大丈夫だよ。あと、そこの天使のフリしたダメ人間の言葉は今全部忘れてね……え~~っと」
孤児院の子供を相手にするときの癖で、しゃがみ込んで目線を合わせる……けど、名前がわかんないな。
「あ、わたしはエミリア・レッテンと申します。どうぞよろしくお願いいたします。ケイさん」
スカートの端をつまみ、丁寧にエミリアが礼をする。うん、屋敷の主とファミリーネームが同じだし、やっぱり屋敷の関係者だったか。
「ありがとう、エミリアさん。知ってると思うけど、僕はケイ、魔道猟兵だよ」
こちらの挨拶に、エミリアが顔を少し赤らめててとてとと走り出し、部屋から出ていく。
どうやら、屋敷の関係者以外の人にはあんまり慣れてないみたいだね。
エミリアが消えていった廊下の向こうから、「きゃっ」という小さな悲鳴。ついで「ごめんなさいごめんさないごめんなさい」という、エミリアの声。そして沈黙……というより聞こえてないだけで何かを離しているであろう間。どうやら彼女、慌てて部屋を出た拍子に、誰かとぶつかったみたいだね。
もちろん、この隙を逃す僕ではないので、隣の相棒に軽い拳骨をお見舞いする。
「いった! 叩くこと無いじゃん。乱暴だなぁ……ケイは」
べ~っとわざとらしく舌を出すが、もちろんそんなのに惑わされる僕じゃない。
「うるさい。よくもまぁこの短い時間と移動距離でトラブルの火種抱えるよね? 呪いの前に僕が心労で倒れる所だよ」
「あはは、じょ~だん。超絶鈍感、厚顔不遜、ストレス耐性の塊のケイが倒れる訳ないじゃん」
とりあえず、もっぱつゲンコしとく。
「あいたっ! 全くもう…………ほっとける訳ないじゃん。あんな小さな子がさ、悲しくて、怖くて、ふさぎ込んでたんだよ?」
「知ってるよ」
だから拳骨だって、いつも以上に手加減した。文句は言ってるけど、まったく痛くはないのだ。
僕だって当然、正面から顔を見た瞬間に解っていた。先に会ったのが僕だったら、きっと似たような事をしただろう。
「今回の依頼、早めに終わらせることにしようか?」
相方がこくりと頷く。
僕の隣の椅子にイリスが座ったくらいのタイミングで、先ほどエミリアが出て行った扉が開いて、次の来訪者が顔を覗かせた。




