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第1話「年の差って、どう思う?」

人との出会いは、いつだって不思議なものだ。 「あのとき」が二人の始まりだったのだと気づくのは、すべてが過ぎ去った何年も後になってからだった。

あの頃の私は、転勤のある仕事をしていた。 新しい土地へ行き、新しい職場で働き、慣れた頃にはまた別の街へ向かう。そんな、根を下ろすことのない生活を繰り返す中で、彼女もまた同じように転勤のある仕事に就いていた。 だから、お互いに「次はどこへ行くんだろうね」と笑い合うことが、一種の共通言語のようなものだった。

住む街は違う。 会いたいと思っても、車を走らせなければすぐには会えない距離だった。 それでも不思議と、私たちは心の距離を感じることはなかった。仕事が終わると、どちらからともなくスマートフォンに手が伸びる。画面をタップし、コール音が数回鳴ったあとに聞こえてくる相手の声。

「今日はどうだった?」 「忙しかったよ。そっちは?」

そんな何気ない会話を交わすだけで、一日の終わりに張り詰めていた心の緊張が、まるでお湯に溶ける氷のように少しずつほどけていくのを感じた。電話を切る頃には、「また明日ね」という言葉が、当たり前で、そして何よりも心強い約束になっていた。

ある日の夜のことだった。 すでに部屋の明かりを落とし、眠りにつく前の静寂に包まれた時間。いつものように耳にスマートフォンをあてながら、私たちは他愛のない話で笑い合っていた。 けれど、ふとした瞬間、電話の向こうの空気がわずかに変わった。

「ねぇ。」

いつもより少しだけトーンの低い、真面目な声だった。 私は何か仕事でトラブルでもあったのかと、胸の奥が少しだけざわつくのを感じながら、「どうしたの?」と問い返した。

電話の向こうで、彼女が小さく息を呑む気配がした。言葉を選ぶように、ほんのわずかな沈黙が流れる。 そして、彼女はゆっくりと、けれど意を決したように口を開いた。

「年の差って、どう思う?」

突然の質問だった。 十歳という年の離れた私たち。彼女がその事実をずっと心の中で気にしていたことは、なんとなく分かった。世間の目、家族のこと、そしてこれから先訪れるかもしれない現実の壁。きっと彼女は、一人で何度もその問いを頭の中で反芻し、怖くなっていたのだろう。 電話の向こうの彼女はきっと、困ったような、切なそうな、少し泣き出しそうな顔をしているに違いなかった。その声には、相手を好きになっていくことへの戸惑いや、臆病さが隠しきれずに滲んでいた。

(どうしてそんな不安そうな顔をするんだろう……)

彼女は自分の気持ちに蓋をして、好きになることを必死に躊躇していたのだ。そのときの彼女はきっと、年齢という目に見えない数字の重さに一人で怯えていたのだ。

私は少し考えてから、できるだけまっすぐな思いを込めて答えた。

「私は、気にならないよ。」

そして、こう付け加えた。 「それにね、愛情表現はしたとしても、実際に振り向くか振り向かないかは貴女次第なんだよって思ってる。私は好きになったら、好きって素直に言うタイプだからさ」

自分の気持ちを隠さず、笑いながらそう伝えた。 その言葉を聞いた瞬間、電話の向こうの空気がふっと緩んだのが分かった。 しばらくの沈黙のあと、小さく安堵するような笑い声が聞こえてきた。どこか肩の力が抜けたような、照れくさそうに、でも心から安心したような笑い方だった。

「……よかった。」

彼女はふっと息をつきながら、少しだけからかうようにこう言った。 「本当にあなたって、愛情表現はすごくストレートにするのに、肝心なところは不思議な人だなあ……。自分から告白はしないんだもんね」

その言葉に、私は思わず電話越しに苦笑いした。 年齢なんて関係ない。そう本気で信じて疑わなかった当時の私は、歳上ならではの悩みだろうなと思いつつも、どこかで「大の大人に可愛いだなんて言ったら、馬鹿にしてんのかって怒られたらどうしよう」という小さな不安も抱えていた。だからこそ、「気にしないよ、年齢なんて!」と、少し強気に、堂々と言い放ったのだ。

電話を切ったあと、電気を消した真っ暗な部屋には、静けさが戻っていた。 スマホを机の上に置いて充電しながら、自分でも「よくあんなこと言ったよな」と苦笑交じりに振り返る。少しの気恥ずかしさと、でも確かな温かい余韻に包まれながら、私はスマホを手に取り、画面に向かって「おやすみ、愛してるよ」と一言LINEを送った。

それから、目覚まし時計のアラームを明日の朝にセットして、深い眠りへと落ちていった。

あの日の電話が、私たちの本当の意味での始まりだった。 あの恋が、私の人生の中で何年もの時を越えて、これほど深く心に残り続けることになるなんて、そのときの私はまだ知る由もなかった。


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