第15章 御意見番の弱音
【ご意見番の黄昏、途絶えた毒舌】
合格発表を目前に控え、自分の未来がどうなるか分からない不安で押しつぶされそうになっていたある日の夕方。
修汰のスマートフォンに大原雅子からLINEが届いた。
『金子ちゃん、今夜少しだけお話し相手になってくれへん?……悲しいことがあってな』
修汰がすぐに電話をかけると、雅子は弱々しく苦笑いを漏らしながら、日曜のゴールデンタイムに長年続いていた自身の冠番組が、この秋の改編で終了することになったと告げた。
高視聴率を誇った名物番組だったが、時代の変化とともに番組改編の波に飲み込まれたのだ。
『時代なんやろねぇ。最近はな、テレビ局からも「あまりキツい毒舌は控えてください」って言われててな。うちらみたいな昭和の芸風は、もう求められてへんのかもしれんわ』
さらに雅子は、ポツリと寂しげな胸の内を漏らした。
『昔はな、毎年「嫌いな女性芸能人ランキング」の上位にうちの名前が載ってて、見るたびに「失礼な!」って腹立ててたんよ。でもな……最近はそのランキングにすら名前が入らなくなってな。世間から嫌われることすらされなくなって、忘れられていくんやなって思うと……毒舌言ってた頃より、ずっと寂しいもんやね』
世間からのバッシングに怯え、酒に逃げていたあの頃。
世間と戦い続けてきた大歌手が迎えた「時代の黄昏」の寂しさに、修汰は胸が締め付けられる思いがした。
「雅子さん……寂しくなんてないですよ。時代が変わっても、雅子さんの歌や、テレビでみんなを元気づけてきた歴史は消えませんから」
修汰は傷ついたかつての相棒の言葉をじっと受け止め、優しい言葉でその心を温め続けた。
【それぞれの孤立、前夜の覚悟】
電話を終えた夜、修汰は自分の部屋のベランダに出た。
枚方の静かな夜風に当たりながら、ふと雅子の言葉を反芻する。
(俺は自分の合否のことばかり気にして、勝手に一人で怯えていた……)
芸能界の第一線で何十年も君臨してきた大原雅子ですら、時代の変化や自分の居場所の喪失に怯え、傷つき、不安と戦っている。
世の中の誰もが、それぞれの場所で人知れず恐怖や孤独を抱えて生きているのだ。
自分だけが特別に苦しいわけでも、不安なわけでもない。
(雅子さんだけじゃない。これから俺が出会う市民の人たちも、みんな何かしらの不安を抱えて生きてるんだ。だからこそ、俺は街の『安全』を守る公務員になりたいんだ)
自覚と覚悟が、修汰の胸の奥で静かに固まっていった。
【運命の午前十時、開けない画面】
そしてついに、大阪府庁の最終合格発表の日がやってきた。
発表時刻の午前十時。
実家の机に向かった修汰の目の前には、電源の入ったラップトップが置かれていた。
画面には、大阪府の採用情報ページが開かれている。
「10:00」
画面右下の時計が、静かに時刻を刻んだ。
ページを更新すれば、そこに自分の受験番号があるかどうかが一瞬で分かる。
だが――修汰の指は、トラックパッドの上でガタガタと激しく震え、どうしてもクリックすることができなかった。
(恐い……。もし番号がなかったら……)
面接官の『今までそういう人はいなかった』というあの和やかな笑顔が、脳裏に嫌な現実味を帯びて蘇る。
伊崎先生の「絶対に大丈夫」という言葉も、今の修汰には恐怖を和らげる気休めにすら思えなかった。
もし落ちていたら、もう一度あの暗闇に戻るのか。両親になんと報告すればいいのか。
自分の未来が決まるその瞬間を、どうしても正視することができない。
修汰は深く息を吐き出すと、勢いよくラップトップの画面をパタンと閉じた。
逃げ出したわけではない。だが、一人でこの現実を受け止める勇気が、今の修汰にはどうしても持てなかったのだ。




