第16章 幸せな結末
【届いた朗報、一喜一憂の先に】
閉じられたラップトップを前に、修汰は固まっていた。
合格発表の画面を見る恐怖から逃げ出し、一人静まり返った部屋で浅い呼吸を繰り返す。
その時、机の上のスマートフォンが静かに振動した。画面には「大原雅子」の文字。
『金子ちゃん、今また電話してもええ……?』
数日前と同じ文面だったが、通知を見た修汰はハッとした。
自分が自分の合否に怯えている間も、彼女は現実と戦っている。修汰は意を決して通話ボタンを押した。
「もしもし、雅子さん。どうしましたか……?」
身構える修汰の耳に届いたのは、前回の暗い声とは打って変わった、どこかすがすがしく弾んだ声だった。
『金子ちゃん! 聞い頂戴! 新しい仕事が決まったんよ!』
「えっ……!? 本当ですか!?」
『うん! 深夜枠なんやけどね、うちの新しい冠番組が始まることになってな。それに、今年全国を回ってるコンサートのチケットが意外と好調で、来春の追加公演まで決まったんよ!』
電話の向こうで、雅子は嬉しそうに笑った。
『先週は冠番組が終わるって落ち込んで、みっともない姿見せてごめんね。でもな、この歳になってつくづく思ったわ。人生、目先の出来事に一喜一憂するのはほんまに損やね。一つのドアが閉まっても、前を向いて歩いてたら、絶対に次のドアが開くんよ』
雅子の言葉が、修汰の震える心にすっと染み込んでいく。
『金子ちゃん、確か今日が合格発表の日やろ? もし……万が一、大阪府庁がアカンかったとしても、気にしたらあかんよ。あんたは他のでも試験進んでるんやろ? どこか一つでも、あんたの価値を分かってくれる場所と縁があれば、それで大成功なんやから』
数々の修羅場を潜り抜け、何度も立ち上がってきた大歌手の言葉には、何物にも代えがたい重みと説得力があった。
「……雅子さん、ありがとうございます。俺……今から発表、見てみます」
『うん! どんな結果でも、うちはずっとあんたの味方やからね!』
【開かれた画面、刻まれた番号】
電話を終えた修汰は、深く息を吐き出した。
胸を支配していた嫌な緊張感は消え去り、静かな覚悟が宿っていた。
(一喜一憂しない。どんな結果であれ、受け止めて前に進むだけだ)
修汰はラップトップの画面をゆっくりと開いた。
そして、トラックパッドを操作し、大阪府のホームページの更新ボタンをタップした。
画面が読み込まれ、ずらりと並ぶ合格者の受験番号一覧。
修汰は建築職の合格番号欄へ視線を走らせた。
1012…… 1018…… 1025……
そして、その数字は確かにそこにあった。
『1034』
修汰の受験番号だった。
「……あった……! 俺の番号だ……!」
何度も画面と受験票を見直す。
間違いなく自分の番号だった。
面接官が言った『今までそういう人はいなかった』という言葉は、進の言った通り、前例のない異色の経歴と熱量を高く評価してくれた、最大級の賛辞だったのだ。
「おかん! 親父! 受かった……! 大阪府庁に受かったよ!!」
リビングへ駆け出すと、両親は歓声を上げ、母親は涙を流して修汰の手を握りしめた。
実家に戻り、遠回りをして掴み取った夢の第一歩だった。
【届いた箱、背中に注がれる光】
落ち着いた修汰は、すぐに雅子へLINEで報告を入れた。
『雅子さん! 大阪府庁の建築職、最終合格しました! 本当にありがとうございました!』
送信してすぐに、雅子から「おめでとう!!!!! ほんまによかったねぇ!!!」と大量のスタンプとともに喜びのメッセージが返ってきた。
それから数日後の朝、修汰の実家に大きな段ボール箱が届いた。
差出人は「大原雅子」。
驚きながら箱を開けると、そこには高級な本革製のブランドもののビジネスバッグと、一着仕立ての美しいスーツ、そして一枚の手紙が添えられていた。
『金子ちゃんへ
合格、本当におめでとう。
うちの大切な命とプロとしてのプライドを守ってくれた金子ちゃんは、うちの誇りです。
これからは、その素晴らしい手と情熱で、大阪の街とたくさんの市民の安全を守ってください。
新しいスーツとカバン、役所に乗っていきなさいね。
ずっと応援しています。
大原雅子』
手紙を握りしめ、修汰は目頭を熱くした。
大学時代の挫折。東京での迷走。
深夜の工事現場での修羅場や、酒に溺れた恩人との葛藤。
遠回りだと思っていたすべての経験が、今、自分という人間を創り上げる強固な「構造」となり、新たなスタートラインへと導いてくれた。
雅子から贈られたスーツに袖を通し、修汰は鏡の前に立った。
かつて定規を捨てた男は今、市民の命と未来を支える建築公務員として、堂々と新しい街の現場へと歩み出していく。
(『設計図の行方』――金子修汰編・完)




