第13章 大物歌手の落選
【華やかなニュースの陰、届かない悲報】
寒さが身に染みる十二月。実家での勉強と建築事務所でのアルバイトを両立させながら、修汰は翌年の公務員試験に向けた対策に追われていた。
そんなある日の昼休み、スマホで何気なくニュースサイトを開いた修汰の目が、ある芸能記事に釘付けになった。
『大原雅子、今年のNHK紅白歌合戦は落選――連勝記録途絶える』
記事によれば、司会やバラエティ番組での「ご意見番」としての活動は依然として絶好調だったものの、近年ヒット曲に恵まれていなかったことが落選の理由とされていた。
記事の最後には、テレビ局の前で記者たちに囲まれた雅子のぶら下がり取材の様子が記されていた。
『「あら、年末年始にまとまった休みがもらえるなんて何十年ぶりやわ! 温泉でも行ってのんびりさせてもらうわよ!」と豪快に笑い飛ばした』
強気なコメントで記者たちをあしらったように見える文章。
しかし、すぐ隣で彼女の繊細な素顔を見てきた修汰には、それが精一杯の「強がり」であることが痛いほど分かった。
(そんなわけない……。雅子さんがどれだけ紅白という舞台を特別に思っていたか……!)
ミリオンセラー歌手としてのプライド、そして酒を断ち、重圧と戦いながら歌を守り続けてきた彼女にとって、紅白落選のショックは計り知れないはずだった。
【震える通知、受話器越しの悲鳴】
マネージャーを辞める際、雅子は「プライベートの番号、消したらあかんよ。困ったことや悩みがあったら、いつでも連絡してきなさい」と、プライベートの直通番号を修汰に渡してくれていた。
直接電話をかけるべきか迷った修汰は、まずLINEで一言、メッセージを送った。
『雅子さん、ニュースを見ました。お体、無理されていませんか? いつでも味方ですからね。』
送信して数分も経たないうちに、既読がつき、画面に返信が届いた。
『金子ちゃん、今電話してもええ……?』
画面の文字を見た瞬間、修汰は迷わず通話ボタンを押した。
「もしもし、雅子さん! 金子です!」
『……金子ちゃん……っ……』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、カメラの前で見せる豪快な「ご意見番」の声ではなかった。
今にも消え入りそうな、震える声だった。
『うち……やっぱりダメだったわ……。バラエティでどれだけ笑われてもな、歌だけは……歌手としてのプライドだけは守ってきたつもりやったのに……世間からはもう「昔の歌手」って思われてたんやね……』
ぶら下がり取材で見せた笑顔の裏で、彼女は自宅でひとり、ボロボロに泣き崩れていたのだ。
【届ける言葉、かつての相棒として】
「雅子さん……そんなことありません! 雅子さんの歌がどれだけの人を救ってきたか、俺が一番知ってます!」
修汰は受話器を強く握りしめ、言葉を紡いだ。
「あの世田谷の修羅場の時も、お酒をやめようと苦しんでいた時も、雅子さんの根底にあったのは『応援してくれるファンやスタッフに誠実でありたい』っていう、プロとしての誇りだったじゃないですか。ヒット曲があるかないかなんて関係ありません。大原雅子は、今でも最高の歌手です!」
『……金子ちゃん……』
「年末年始、温泉に行ってゆっくり休んでください。それは逃げでも落選の惨めさでもないです。これまで休む間もなく走り続けてきた雅子さんに、神様がくれたご褒美ですよ。……お願いです、自分を責めないでください」
修汰の必死の励ましに、受話器の向こうで長い沈黙が流れた。
やがて、小さく鼻をすする音が聞こえ、雅子の声に少しだけ温かみが戻ってきた。
『……ふふ、あんたはほんまに優しい子やねぇ。マネージャー辞めてからも、そんな風にうちの心配してくれて……。……おおきに、金子ちゃん。あんたの言葉で、ちょっと胸のつかえが取れたわ』
「またいつでも電話してください。俺はどこにいても、雅子さんの一番のファンですから」
『うん……ありがとう。金子ちゃんも、勉強頑張るんよ。合格の知らせ、楽しみに待ってるからね』
電話を切った後、修汰は深く息を吐き出した。
元マネージャーとして、一人の人間として、傷ついた彼女の心を少しでも支えることができた実感。
(人の心に寄り添う経験は、絶対に無駄じゃない)
窓の外に広がる枚方の冬空を見上げながら、修汰は再びテキストを開いた。
自分の大切な人たちが胸を張って生きられるような「安全で温かい街」を創るために、彼はペンを握り直した。




