第5章 芸能リポーターの影
【建築学科の論理と、泥をかぶる覚悟】
静まり返る応接室の中、修汰はまっすぐに佐藤の目を見つめ、深々と頭を下げた。
「佐藤さん、おっしゃる通りです。工事現場の備品が一つ消えるだけで、夜間の視認性が下がり、作業員の方々や通行人の命に関わる重大なリスクが生じる。現場の安全管理を何より優先されてきた佐藤さんのお怒りは、当然のものです」
理系学科で学んだ知識を背景に、単なる謝罪ではなく「現場のリスク」を正確に理解している言葉を口にした修汰に対し、佐藤の目がわずかに動いた。修汰はそのまま膝をつく勢いで言葉を重ねる。
「消えた備品の補填はもちろん、本日作業が中断したことによる人件費や損害の全額補償、そして今後の防犯対策費として、私どもの事務所から相応の賠償を責任を持ってさせていただきます。そして……今後は二度と現場に近づけないよう、私が24時間体制で雅子さんの管理を徹底します。どうか……どうか今回の件、ご容赦いただけないでしょうか!」
隣で社長も必死に床に頭をこすりつけた。
「佐藤さん、頼みます! 彼女の軽率な行動は決して許されるものではありませんが、どうか……もう一度だけ、チャンスをいただけないでしょうか!」
二人の鬼迫のこもった懇願に対し、雅子はただうなだれたまま、ボロボロと涙をこぼしていた。
「……申し訳ありません……もうしません……本当に、反省しています……」
前回までの雅子は、酔っていた時の言い訳や「綺麗に見えたから」といった経緯を弁明しようとし、それがかえって佐藤たちの神経を逆撫でしていた。
しかし今日の雅子は、テレビで見せる大物としてのプライドなど微塵もなく、ただ一人の過ちを犯した人間として深く傷つき、完全に憔悴しきっていた。
その真に迫った姿と、新米マネージャーである修汰の真摯で芯のある対応に、佐藤は長く重い溜め息を吐き出した。
「……ハァ。大原さん、もういいです。これ以上、あなたを責めるつもりはありません」
佐藤は机の上の写真を片付けると、苦笑いを浮かべた。
「マネージャーさん、あんたいい着眼点してるよ。現場の理屈が分かってる。……今回は損害の補償と備品の返却で示談にしましょう。警察にも届けません。ただし、今度こそ本当に最後ですよ」
「……っ! ありがとうございます!!」
【安堵の出口、待ち受けていた影】
壊れかけた芸能生命が、危機一髪のところで繋ぎ止められた。
示談の手続きを終え、事務所のプレハブを出た三人の胸には、怒濤の修羅場を潜り抜けた猛烈な安堵感が広がっていた。
「よかった……本当によかった……金子ちゃん、社長、ありがとう……」
雅子は修汰の手を握りしめ、何度も涙を拭った。
社長も「金子、お前の機転に助けられたよ」と胸を撫でおろしていた。
しかし――プレハブの敷地を出て、ワンボックスカーへ向かおうとしたその時だった。
「大原さん! 今日のこんな朝早くから、工事会社の事務所で一体何をされていたんですか!?」
物陰から突如として姿を現したのは、バインダーとICレコーダーを手にした中年男性――芸能界でも顔の知られた一癖ある芸能リポーターだった。
その後ろには、望遠レンズを構えたカメラマンの姿もある。
「え……!?」
雅子の顔から、一瞬で血の気が引いた。
「近隣の住民から『大原さんが深夜に工事現場のコーンを持ち去っていた』という目撃情報が入っているんですが、事実ですか!? 警察とのトラブルですか!? コーンを持ち帰る癖があるというのは本当ですか!?」
矢継ぎ早に浴びせられる、鋭く執拗な質問の数々。
一歩間違えれば、先ほど回避したはずの不祥事が、明日のワイドショーや週刊誌のスクープとして全国に爆発的に拡散してしまう。
せっかく繋ぎ止めた未来が、再び闇へと引きずり込まれようとしていた。
フラッシュの光とリポーターの怒声の中で、修汰は大原雅子の前にすっと立ちふさがり、その背中を庇うように庇護の体制をとった。
大原雅子の危機は、まだ終わっていなかった。




