第4章 謝罪と冷たい応対
【重い車内、後部座席の積載物】
世田谷の住宅街を、一枚のワンボックスカーが静かに走り出した。
運転席には修汰、助手席には青ざめた顔の社長。
そして後部座席には、小さく肩を丸めた雅子が乗っていた。
雅子のすぐ隣の荷室には、彼女が昨夜「持ち帰ってしまった」真っ赤なカラーコーンと、電源の切られた誘導灯が、黒いシートに包まれて重々しく鎮座している。
建築学科で学び、現場での備品の重要性を知る修汰にとって、それらはただのプラスチックの塊ではなく、誰かの安全を守るための「命の道具」だった。
(現場からこれが消える意味を、雅子さんは分かっていない……。だが、それを責めても今は始まらない)
バックミラー越しに見る雅子は、テレビでの「ご意見番」の面影など微塵もなく、ただ自分の犯した罪の重さに怯えていた。
「金子ちゃん……ごめんな……。うちのせいで、あんたにまでこんな思いさせて……」
「雅子さん、今は喋らなくて大丈夫です。俺と社長で、絶対になんとかしますから」
修汰の力強い言葉に、社長は苦笑いを浮かべつつも、緊張でハンドルを握る修汰の手元をじっと見つめていた。
【建設事務所の静かな威圧】
車は二十分ほどで、世田谷区内にある建設会社のプレハブ事務所に到着した。
修汰は車を停めると、社長とともに雅子を挟むようにして受付へ向かった。
受付の女性社員に身分を明かすと、相手はハッとした表情を見せ、すぐに奥の部屋へと消えた。
数分後、作業着を着たガッチリ体型の男性――現場責任者の佐藤が現れた。
佐藤の顔には、激怒というよりも、完全に冷め切った呆れ顔が張り付いていた。
「……来ましたか。奥へどうぞ」
通されたのは、図面や安全標語のポスターが壁一面に貼られた殺風景な応接室だった。
修汰たちがパイプ椅子に腰掛けると、佐藤は腕を組み、静かに、しかし地を這うような低い声で切り出した。
【失われた「安全」、突きつけられた通告】
「大原さん。あなたにとっては、ただの酒の席のイタズラや『可愛い持ち帰り』のつもりなのかもしれませんがね」
佐藤は机の上に、現場の写真資料をポンと叩きつけた。
「夜間の工事現場からカラーコーンや光る誘導灯が十数個も消えたらどうなるか、分かりますか? 車が作業掘削溝に突っ込むかもしれない。通行人が足元を取られて大怪我をするかもしれない。僕らは近隣住民の命と安全を預かって現場を動かしてるんです。今朝、現場監督から『備品が消えて危険だから作業を中断している』と連絡が入った時、どれだけの損失が出たか……」
こんこんと語られる現場のリアルな被害とリスク。
元・建築学科の修汰には、佐藤の言っている言葉の一言一言が痛いほど胸に刺さった。
雅子はただ「申し訳ありません……申し訳ありません……」と何度も深々と頭を下げ、涙をこぼしていた。
佐藤は溜め息をつき、ポケットから一冊の手帳を取り出した。
「前回の二回目の時、社長さんと『次は絶対にない』と約束しましたよね。念書も書いた。だけど、これで四度目だ」
佐藤の目が、鋭く三人を見据えた。
「今日という今日は、もう『ごめんなさい』では済ませられません。この後のあなた方の対応次第では……今この場で警察に連絡し、被害届を提出させていただきます。示談には一切応じません」
静かな、しかし決定的な宣言。
応接室の空気が凍りついた。
社長の顔から完全に血の気が引き、雅子の身体がガタガタと震え出す。
警察沙汰になれば、大原雅子の芸能生命は完全に途絶えるかもしれない。
その絶体絶命の沈黙の中、運転席で思考を巡らせ続けていた修汰が、スッと立ち上がった。




