第12章 恩師からの救い
【重い優しさ、恩師の差し伸べた手】
合格発表までのカウントダウンが刻まれる中、陽雅はまさに生きた心地がしていなかった。
居酒屋のアルバイトをしていても手が震え、アパートで一人になると、あの手ごたえのなかった最終面接の冷ややかな光景が何度も脳裏にフラッシュバックする。
食事が喉を通らず、不眠と焦燥感で心身ともに削り取られていった。
耐えかねた陽雅は、助けを求めるように母校の吉岡先生のもとを訪ねた。
「先生……俺、アカンかもしれません。京都市消防の最終面接、何のリアクションもなくて……完全に手ごたえゼロでした。今年10月での採用の道が、途絶えてしまうかもしれません」
うなだれて弱音を吐く陽雅を、吉岡は責めることなく静かに見つめていた。
そして、温かい缶コーヒーを陽雅の手に握らせると、落ち着いた声で語りかけた。
「陽雅、よく頑張ったよ。もし……万が一、不合格だったとしても、絶望する必要はない」
吉岡は手帳を開き、一つの提案を口にした。
「もしダメだった場合は、次の春の試験まで、母校の大学のボクシング部で短期間コーチをやらないか? 後輩たちの指導を手伝ってくれ。監督には俺から話を通しておく。もちろん無給というわけにはいかんから、俺のポケットマネーと部からの指導謝礼という形で、生活費の足しになるよう最低限の支援はする。だから、路頭に迷う心配はしなくていい」
「先生……っ」
陽雅の胸に、激しい感謝と同時に、身を切られるような「申し訳なさ」が込み上げた。
吉岡先生が自分のためにどれほど頭を下げ、気を遣ってくれているかが痛いほど伝わってきたからだ。
定年を控えた恩師に、引退した元教え子の面倒まで看させようとしている不甲斐なさ。
自分の力不足のせいで、周りの大人たちに余計な負担をかけているという罪悪感が、陽雅の心を重く締め付けた。
【申し訳なさと焦燥、運命の前夜】
(俺は……いつまで人に助けてもらいっぱなしなんだ)
ボクシングを奪われた時も恩師に助けられ、勉強で行き詰まった時も現役消防官や予備校の進に救われ、骨折した時も周りに支えられた。
それなのに、最後の最後に自分で結果を出せず、また恩師の情けにすがろうとしている。
「ありがとうございます、吉岡先生……。でも、俺……」
「いいんだ、陽雅。お前がもう一度立ち上がろうと必死に戦ってきた姿を、俺はずっと見てきた。お前は俺の自慢の教え子だ。だから最後まで見捨てるわけがないだろ。だがな、一番いいのは、明日笑って『合格しました』と報告に来てくれることだ。それを信じて待ってるぞ」
吉岡の言葉に、陽雅は目頭を熱くしながら、何度も深く頭を下げた。
アパートへ戻る夜道、京都の風はすっかり秋の冷たさを帯びていた。
引き出しから取り出した心斎橋の老占い師の名刺。
心強い筆記のアドバイスをくれた予備校の進の顔。
そして、自分のために必死で裏方に回ってくれた吉岡先生の温かい手。
(みんなが俺のセコンドになってくれた。俺をもう一度、リングの上に立たせてくれたんだ……!)
恩師にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
自分の力で「吉報」を掴み取り、恩返しをするしかないのだ。
【運命の午前十時、未来は開かれるのか】
そしてついに、合格発表の当日の朝がやってきた。
発表時間の午前十時。
陽雅は自室のデスクで、震える手でスマートフォンを握りしめていた。
画面には「京都市消防局 採用試験合格者発表」のページが開かれている。
呼吸が浅くなり、心臓が肋骨を突き破らんばかりに激しく脈打つ。
ボクシングの全日本タイトルのゴングを待つ瞬間すら、これほどの恐怖と緊張を感じたことはなかった。
「頼む……頼むから……っ!」
スマートフォンの時計が「10:00」に切り替わった。
陽雅は意を決して、画面を更新するリロードボタンをタップした。
ぐるぐると回る読み込みのアイコン。
その数秒の静寂が、永遠のように長く感じられた。
やがて画面が切り替わり、ずらりと並んだ合格者の受験番号の一覧が、陽雅の目に飛び込んできた――。
スクロールして受験番号を探す陽雅。
その結果は…
補欠合格。
誰かが辞退すれば順位が繰り上がる。
辞退する者がいなければ、内定は出ない。
陽雅は、呆然としていた。
喜んでいいのかさえ分からなかった。




