第11章 運命の最終面接
【静まり返る面接室、冷たい手ごたえ】
秋の気配が漂い始めた京都市消防局の本庁舎。
緊迫した空気の漂う最終面接室の扉を開けた陽雅を待っていたのは、厳格な面持ちで並ぶ数人の局幹部たちだった。
枚方寝屋川と大阪市での失敗を猛省し、進とともに想定問答を完璧に練り直してきた陽雅は、心臓の鼓動を抑えながら深く一礼し、椅子に腰掛けた。
「では、松田さん。志望動機と、これまでの経歴について手短にお話しください」
中央に座る幹部からの問いかけに、陽雅はハキハキとした声で答えた。
ボクシングで培った不屈の精神、網膜剥離という挫折、そして人の命を救う消防官という職務への熱い想い。進の指導通り、特定の自治体を軽視せず、公務員の身分に甘えるような言葉も一切排除して、完璧な受け答えを披露した。
しかし――面接官たちの反応は、拍子抜けするほど淡々としていた。
「……はい、分かりました。では、次の質問ですが……」
こちらの回答に対して深掘りされることも、鋭い突っ込みが入ることもない。
圧迫面接のような厳しい追求どころか、雑談のような和やかさすらなく、ただ用意された質問項目を順番に消化していくような冷ややかな時間が流れる。
「以上で面接を終了します。お疲れ様でした」
わずか十数分。
何の手ごたえも、手応えのなさすら掴めないまま、陽雅の最後の挑戦はあまりにもあっけなく幕を閉じた。
(……アカン。完全に流された。俺に興味すら持ってもらえんかったんか……?)
本庁舎を出た陽雅の足取りは、鉛のように重かった。
全力を出し切ったという感覚すらないまま、ただ虚無感と強烈な不安だけが胸を押し潰した。
【進の心理分析、沈黙の裏のロジック】
不安で居ても立ってもいられなくなった陽雅は、そのまま予備校の個別面談室へと駆け込んだ。
「伊崎先生……駄目でした。京都市消防の最終面接、何の突っ込みもありませんでした。淡々と質問されて、淡々と終わって……。完全に消化試合として処理された気がします……」
頭を抱えてうなだれる陽雅に対し、進は驚く様子もなく、いつもの平静な手つきでメモ用紙にペンを走らせた。
『松田さん、まだ勝負が決まったわけではありませんよ。面接官の態度だけで合否を判断するのは早計です』
進は新しい用紙に、面接官の心理パターンをさらさらと書き出していった。
『突っ込みが少なかった理由は、主に二つの可能性が考えられます。一つは、あなたの回答があまりにも隙がなく完璧だったため、あえて突っ込む必要(疑問点)がなかったというケース。突っ込んでも模範回答が返ってくることが最初から分かっている受験生には、面接官は無駄な質問をしません』
陽雅は思わず目を見開いた。
進のペン先はさらに次の項目へ向かう。
『そしてもう一つは、面接官たちが「この受験生を合格ラインに乗せるべきか否か」を慎重に見極めようと、じっくり観察していたケースです。合格か不合格かの瀬戸際にいる時ほど、余計な誘導を避けるために口数が少なく、淡々とした進行になりがちです』
【消えない暗雲、祈る日々】
進はメモ用紙の最後に、力強く大きな文字でこう締めくくった。
『手ごたえがないこと自体が、不合格の証拠にはなりません。あなたは枚方寝屋川と大阪市での反省を活かし、完璧な準備をして臨んだのです。自分と、これまで積み重ねてきた努力を信じることです』
「……はい……」
進のロジカルな解説を聞き、頭では「まだ分からない」と理解できたものの、陽雅の胸のざわつきは収まらなかった。
(そう言ってもらえたら救われるけど……でも、やっぱりあの冷たい空気は……)
これまでボクシングの試合であれば、打ち合った感触や判定の手ごたえが必ず手に残っていた。
しかし、面接という言葉のリングでは、その手ごたえが一切掴めない。
バイトの仕込みをしている最中も、アパートで一人布団に入っている時も、脳裏に浮かぶのは面接官たちの無表情な顔ばかりだった。
心斎橋の老占い師が残した『最高にラッキーで、光に満ちた未来』という言葉と、あの静かすぎる面接室の記憶が、頭の中で激しく交錯する。
「頼む……受かっていてくれ……っ!」
合格発表の日まで、あと数日。
松田陽雅は、祈るような心地で、人生で最も長い「結果待ち」の時間と戦うのだった。
陽雅は進から、「不安ならこれから募集する消防官の試験を探して受けたらいい」と言われていた。
でも、陽雅にはそれ以上に気になることがあった。
それは、来年以降の収入だ。
「アルバイトをどうしよう…」
そんな時、陽雅のスマホが鳴った。




